未来予知 VS 最強空手女子
未来を語ることは誰もができることだ。
けれどその未来を勝ち得た者は少ない。
そしてまた未来を知る者もいなかった。
観測した者も、覗き見た者さえいない。
予測はできても予知することは不可能。
けれど。
それを知る者がいたとしたら?
「…………」
隣を通り過ぎた奴は、二秒後に鳥の糞を頭にもらう。
――ぴちゃっという音ののちに、男が空に向かって憤慨した。
俺を追い越していく女性は、路地裏から出てきた野良猫に驚いてヒールを折る。
――尻餅をついて、折れたヒールに目をやって口を開けていた。
そこの曲がり角から子供が飛び出てきて、俺とぶつかる。
――寸での所でブレーキをかけ、子供とぶつかることはなかった。その親はかなりいかつい顔をしている。子供もやんちゃくれな人相をしていた。
「……」
未来を見れる力。
誰もが欲する力だろう。
自分のとる行動によって未来をも変えられる、そんな多次元的な力。
けれどその恩恵を受けられるのは数秒先の出来事までだ。宝くじを当てたりテストの結果尾を知ることはできない。その場その場の部活なら大層活躍できそうな気はするが。
「さて……」
今日は転校初日の大事な日だ。
挨拶は肝心。もしも失敗すれば馴染めずに一人の時間を過ごす羽目になる。学校は狭い。
何度も頭の中でシュミレーションして、恥をかかないよう、浮かないよう必死で言葉を考えていた。
「ちゃんと言えるよな?」
少しして学校に到着した。
生徒たちが学校中に入っていく中で、俺も同じ制服で門を通り過ぎていた。職員室へ行って先生たちに顔合わせして、チャイムが鳴ると担任と一緒に教室へ移動。担任が俺を呼ぶと中に入る。一斉にクラスメイトになる彼ら彼女らの視線を浴びた。
教壇に立ち――口を開こうとして。
数秒後に起こる彼らの反応。
白けた顔。つまらなそうな顔。
――告げる挨拶を変更して、もう一度口を開こうとして。
バカにするように笑うのを見た。
――更に変更して、また口を開こうとして。
怒りを買った。
「宮田浩二です。これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
しんとする教室内。
仕方なしに拍手すらしないその静けさに。
俺は、終わったと、心の中で呟いた。
けれどこれを選んだのは俺だ。幾つも出した可能性の中から、俺は無難にコレを選んだのだ。保身も甚だしい選択だろう。
「……では宮田くん、あの開いている席を使いなさい」
後ろから二番目の列の真ん中だった。
微妙な位置。
俺は椅子に座って、荷物を下に置いた。
「ホームルームは以上だ。各自授業の準備をするように」
そして担任が教室を出ていく。
俺はというと。
誰も周囲に人は来なかった。
誰も俺には興味がないらしい。
「…………終わった」
二度目のそれ。今度は小さく呟いた。
授業が始まるまで少し時間がある。トイレにでも行って気を紛らわせるか。
教室から廊下に出て、途中で気づく。
「トイレの場所知らない……」
俺は何て馬鹿なんだ。
「はあ……」
初日からこんなんだと先が思いやられる。
ふと階段上に座った。
「何してんだ?」
後ろから声を掛けられた。
「別に……」
「そっけな。そんなんだから誰もあんたに興味持たないんだよ」
あまりに刺々しい言い方だった。
「家族にも言われた気がする」
「じゃあ末期だな」
冷たくそう言われた。
「あたいの名前は――」
――田沼みりあ。
「田沼みりあだ」
「へえ、見た目に反して可愛らしい名前だな」
言ったとたんに、階段から蹴り落とされそうになった。
「あっぶなっ」
「あんたって超失礼だな。誰も友達いなかった口だろ?」
睨まれた。
「まあ……」
「つまんねえ男だなあ」
「俺は結構自分のこと面白い男だなって思ってるけど」
「何処が? ウけるんだけどお」
と、鼻で笑われた。
「ほら後ろ」
「は?」
パッと振り返った田沼。
丁度その角から新しくクラスメイトになった女子たちが顔を出す。
「お、田沼っち~、いきなり出ていくからびっくりしたぞ、って何してんの? 求愛?」
「男に興味持つとか、田沼んも女の子になったんだねえ」
「そんなんじゃねえよ。こんなだっさい奴、誰も興味持たねえよ」
めちゃくちゃな言われようだった。
「女の勘でも働いた?」
「だからそんなんじゃねえって」
「ふーん。じゃあ終わったら話そうねえ」
「ばいばい……」
女子三人が教室へと戻っていく。
「……来るの解ったのか?」
「何となく?」
「ふーん。そういう意味じゃあ、その何となくってのは面白いな」
立ち上がり、俺も教室へ戻ろうとして。
「うおっ!?」
いきなりグーパンを放たれた。
「へえ、私の攻撃躱せるんだ」
ニヤリと笑う田沼を見て、俺は失敗したと確信した。
関わってはいけない人間と関わってしまった。
これなら一人でいる方が良かったと。
「お前、今日の放課後付き合え」
「え……俺用事あるんだけど」
勿論嘘である。
これ以上は危険だからだ。
「付き合え、な?」
胸倉を掴まれ、俺はもう逃げること能わず。
厄介な人に目を付けられと、俺は死んだ魚のような目で彼女を見た。
「ははは……了解」
「じゃ、放課後――逃げんなよ?」
低ーい声でそう言われた。
教室へ戻っていく田沼。
学校のチャイムがそのタイミングで鳴る。
「ははは……」
俺はもう一度笑った。
――放課後。
俺は田沼に連れられて講堂へと向かった。
「押忍部長ッ、お疲れ様ですッ」
と、講堂に入るや否や、中で準備をしていた部員たちが立ち上がって、大声で「押忍ッ」と挨拶した。
「オッスお前ら、今日も元気だな」
「……部長? 二年だよな?」
「おい、お前ッ、部長に向かってなんて口の利き方をしているんだああッ!」
距離を詰め、顔の目の前で叫び散らす巨漢の男。唾が飛んできて大変迷惑だ。
「舞子先輩、こいつ新しく入部する奴なんで、仲間に手を出すのは御法度っすよ」
ギロリと舞子先輩を睨むと、彼はビクッと震えて下がった。
「す、すみません部長ッ。調子に乗りましたッ」
と、土下座した。
「俺、入部するとか言ってないし、そんな話聞いてもないんだけど」
「お前は私の突きを躱した。それだけで十分だ」
ざわつく部活生たち。
「え、どういうことだ?」
「全国一位の空手部。そしてそれを率いるのがあたいだ」
嗚呼、なるほど。
そんな最強たる空手家の突きを、予知で躱しちゃったがためにこうなったと。
「一目見た時から何か違うと思っていたがな」
更衣室に入り、道着を持ってくる田沼。
「予備はねえからな。あたいの着れよ」
違う意味でざわつく一同。これは殺されたわ。
「素人なのはわかってるが、いっちょ組手やろうぜ」
パンと両手を組ませる田沼。
「本気は出さねえよ。あたいもそこまで鬼じゃねえ」
「…………嘘やろ」
当校初日にヤンキーに目を付けられた。
しかも空手部最強の女子からである。
ここまで不運なことなんてあるか?
「まじで失敗だ」
「あ? 何が失敗だって?」
ニコリと笑う彼女に、俺は苦笑いした。
更衣室へ行き、道着を着る。
スマホで検索して着方を勉強し、少し時間はかかったが更衣室を出ると、講堂の中心で精神統一する田沼がいた。
いや、ガチじゃん。
そして講堂の畳の上を囲む、正座した彼ら彼女。
嗚呼、予知で見た通りの景色だ。
畳に上がって、彼女の前に出ると。
「んじゃあ始めるぞ」
目を開けてこっちを見た。
その眼は本気そのもの。
勘弁してくれ。
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃあ部長の圧勝だろ」
「だな。あんなひょろっこい身体で勝てるわけねえよ」
「あいつ、死んだな」
と、口々に話す声が聞こえた。
構える田沼。
俺も彼女を見よう見まねで構える。
審判役の一人が声を出すと。
田沼がゆっくりとした動きで近づいてくる。
本当ならここで俺は距離を取るべきなのだろうが、敢えてその距離を詰めた。
「おいおい、マジかよ」
驚く一同。けれどそれでいい。
俺は喧嘩もろくにしたことが無い赤ちゃんも同然の戦闘力だ。
ならこの力を使って、相手の隙を突いて早々にケリをつける他ない。
「ッ!?」
だが田沼はその後一瞬で距離を詰めてくる。
上段蹴り。けれどそこまで速くない。身体を傾けて、回避するには十分すぎる。
顔の前を通り過ぎていく田沼の脚。その風が俺の肌を撫でた。
「……」
クルリと回転して構えを整えた田沼。
そして飛ぶ。
膝が飛んでくる。俺の胸辺り。
飛び膝蹴り。
ここっ。
腕を振るう。
不格好な横ぶりの腕。
それが彼女の腹部を的確に。
受け止められた。
しかも飛び蹴りの推進力が向こうの方が強く。そのまま腕を持っていかれて体勢を失い、背中から倒れた。
「いっ!?」
そして目の前に迫る足裏。
ゴロゴロと転がって距離を取る。
「あっぶなっ。俺を殺す気かッ!?」
「え、ああ、わりい。その気は無かったんだが」
ハッとして、彼女は謝罪する。
身体が勝手に動いてしまった、と言わんばかりの言動。
これはヤバいかもしれない。
「しかしお前凄いなあ。あたいの攻撃を良く何度も躱している」
腰に手を当て、彼女は称賛してくれた。
「命がいくつあっても足りない」
「だが怪我もなく生きてる……それが何よりの証拠だろ?」
一瞬にして詰められた。
肘打ち。首元に来たそれを躱す。
そのまま左足の足刀。躱すが、道着を脚指で絡められた。
ズドンとまたも引きずり倒される。
手刀。瓦割見たく指を伸ばして、腹を切り落とすように。
ギリギリで躱した。
「ははっ……本気でしたくなってみた」
「いや、もうやめてくれ……」
少し息が荒くなる俺。疲れて来た。
この一瞬の攻防。
時間にして三十秒にも満たない。
受け止めることはできない。田沼の動きやその力からして、おそらく鍛えていない俺の身体だと骨が折れる。下手すれば内臓破裂だ。
「行くぞ」
「ッ!?」
速度が格段に上がった。
数秒先の未来だけでは不十分だ。
もっと拡張させないとそれこそ死ぬッ。
凄い疲れるからしたくないのだが、こればっかりはまずいッ。
彼女の未来の姿を見て、そこに来るであろう攻撃をソレよりも早く動いて躱す。カウンターを合わせて拳を突き出しても見たが、反応された。止められた。
未来を見る俺の動きに、彼女は合わせたのだ。
「嘘だろ」
ぐりッと腕を取られ関節を決められた。身動きが取れない中、一撃を見舞われる未来。
関節を曲げられている方向に身体を流すほかなく、不格好にもまた倒れた。
「ッ!?」
脚で蹴り上げ、だが当然ガードさせる。
たかが素人のそれだが、身体がすかさず動いたのだろう。距離を置く彼女。
驚き、そしてニヤリと笑った。
「いやあ、なんだかお前に一発見舞いたくなってきたぞ」
「いや、それ死んじゃうやつだからッ!」
「じゃあ死ねよ」
「ごッ」
未来予知よりもさらに早い動きで腹を蹴られた。
身体を後ろにして何とか衝撃を和らげることができたが、それでも内臓に突き刺さる激痛に、俺は吹っ飛んでからも畳を痛みで転がった。
「うぐ、うっ……」
「部長の突き蹴りは誰も躱せねえからなあ」
「ああ、速いし重い。あんなのひとたまりもねえよ」
「救急車だね」
と、スマホを取り出す女子部員。
だが俺は何とか四つん這いになって呼吸を整える。
「おおっ? まじか」
「あいつ、身体を支えてるぞ」
「ありえないわ……」
ざわつく一同。
俺は片膝をついて、そして立ち上がる。
「へえ、続けるの?」
鋭い視線だった。次にくる攻撃は絶対に躱せない。
「ぎ、ギブア……ッ!?」
顔面に飛び込んでくる二本の脚。両腕を使って護るも、ガッチリとホールドされた。
頭の上に彼女の上半身。股の間で荒い息をする俺。
「言わせるわけないじゃん」
「部長ッ、やりすぎですッ」
「よ、よせ――」
全体重で後ろに倒れていく田沼。そして地面に両手をつくと、そのまま俺を地面から引っこ抜くように脚を振り上げ、そして畳へと叩きつけようとする。
「っ?」
しかし疑問を浮かべる彼女。
スポンと俺の身体は彼女の脚からすっぽ抜け、講堂の宙を飛んで行った。
引っこ抜かれる寸前で俺は自ら飛んだのだ。耐えたり抗うのではなく、彼女の動きに合わせて飛んだ。そのおかげで畳に叩きつけられることなく、俺は宙へ抜けて解き放たれたのだ。
だがその膂力は大きく、畳を何枚分も超えていく俺。畳に落ちるタイミングを見計らって、俺は何とか受け身を取る。
「彼、受け身を取ったわよ」
「あんな態勢でか?」
「普通ならテンパって無理だろ」
畳の上に完全にダウンした俺。
大きく呼吸をして、「ギブアップッ!」と叫んだ。
しかしドタドタと走り寄ってくる田沼。
部員たちが慌てた様子で詰め寄って来るが間に合わない。
これは死んだな、と。
未来を読んで俺は目を瞑った。
「?」
けれどそれとは反して。
俺は抱え上げられた。
「やっと見つけたぞッ、あたいのサンドバッグッ」
お姫様抱っこされ、ギュウと抱き着かれた。
「は?」
『は?』
俺を含め全員が目を丸くする中、田沼だけは俺の顔に頬摺りしながらキャッキャッと喜んでいた。
「蹴っても殴っても壊れないサンドバッグが欲しかったんだよッ」
寒気がした。
不意に浮かぶ記憶。
彼女の記憶。
幼少期には大の大人の脚を蹴って転ばせていた記憶。
小学生では喧嘩では負け知らず。
中学生ではじめた空手で、一年もせずに全中ナンバーワン。街中での喧嘩も加えて無敗。
高校生になればその美貌から人気も集めるほど。この街では彼女を知らぬほどの知名度。
校外ではヤンキーや不良どもさえ震えあがり、手を出さぬほどの実力者。
嗚呼、俺は何て場所に来てしまったんだ。なんて奴に目を付けられてしまったんだ。
そして男子部員から睨まれる俺。
勘弁してくれ。
「明日からあたいの組手相手に為れッ。嫌なら金でもなんでも払ってやるぞッ。なんなら身体で払ってやってもいいッ、拳でなッ!」
わははははははははははははははッ、と豪快に笑う彼女。
そんな冗談も言えるんだなと、ある意味感心してしまった。
もう何も考えたくない。
明日の辛い未来を読み取って。
俺は疲れと痛み、そして反動による眠気で意識を手放した。
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