兵どもが夢の跡

動物は死ぬ。それは当たり前の事だ。

魚も死ぬ。鳥も死ぬ。人も死ぬ。

どれだけ平均寿命が延びようとも、どれだけ科学が発達して生き永らえる術を得たとしても、生物である限り、生きている限りは必ず死ぬ定めだ。事故なのか、殺人なのか、弱肉強食なのか、自然淘汰なのか。それが定かでなくとも人はいずれ死ぬのだ。

しかし、その死んだあと。

魂だけで、魔力だけで、肉体を失いながらも現世に漂い続ける者たち。

魂の残留。

死した後、魂がこの世に残り続ける。

とりわけ戦場にて死した者ほど、残留思念は大きい。

死んだ者たちの無念が漂い、その魂がこう叫ぶ。

戦え、奪え、殺せ、と。

未練の塊として、闘うことを欲するその姿。

憐れとしか言いようがない。

「ここじゃな」

「そうですね」

ワシは手元の情報と照らし合わせながら、目の前で繰り広げられる光景を目にしていた。

戦場跡地。

死して尚生きようとする者たちが、その手に武器を持ち、敵と戦う憐れな魂たちの戦場。

肉体を失ってなお彼らは生きることを諦めず、こうして戦うことに身を置いて生き永らえようとする。

まるで夢物語。

「うおえっ」

ワシの背後で、草むらに入って吐き出す弟子を見て、ワシは呆れていた。

「お主、そんな体たらくでよく浄化師になろうと思ったのお」

浄化師。

死んだ魂どもこの世から解放するため、世界を巡り巡る人間のことを差す。

繊細かつ膨大な魔力を有し、そして浄化の力を持つ者だけが許される特殊な職業じゃ。

とりわけ今では戦場に派遣されることが多い。

「そ、それはですね……おろろろろrr……」

「はあ……」

ワシと共に戦場を歩き始めて数か月。

未だ戦争が続くこの世で、戦場の浄化は欠かせないものじゃ。放っておけばその地がアンデッドの住処へと変わる。

今回じゃと両軍合わせてざっと六百人。これはまだ少ない方じゃ。

酷い時は一方の軍が全滅して一万人とかあるからのお。

加えて、浄化前の戦場跡にはまだ回収されていない死体がそこかしこに転がっている。下手に触れば持ち主の魂に呪われ、凶器に見舞われてしまうのじゃ。

その腐りきってぐじゅぐじゅになったそれらに、そして魂同士の争いによって破損する身体を見て、弟子が嘔吐するのも頷ける。

しかし、早く慣れて欲しいものじゃ。

「ほれ、行くぞ」

浄化師に何が何でもなりたいと願うその強い意志。そして浄化師としての素質があると解ったからこそ、こやつを弟子にしたというのに。

「おえええおろrr」

何度も吐瀉物を撒き散らす様をこうして何度も見ていると、自分の眼は節穴だったのではないかと疑ってしまうわ。

「はあ……」

と、またため息を吐いた。

「師匠、そこに不発トラップ……」

だが突然に、弟子が指を差してそう指摘した。

「……解っておるわい」

踏み出そうとしていた足をそろりと下ろして、横に避けて歩き出す。

「師匠、そこにも――」

「解っておるわっ、静かにせいっ」

別の場所へと踏み出そうとして足を引っ込めて、ワシは怒鳴る。

感知系魔法に引っかからないよう工夫されているからこそ、トラップ魔法と呼ばれるのじゃ。歴戦のワシですら気づけないそれを、弟子は難なく見抜いてしまうのじゃから逆に手を焼く。

才能があるくせに、戦場に出たり目にするとたちまち使い物にならなくなるという弊害。

「まだ慣れんか?」

「す、すみません……」

収納空間からハンカチを取り出して口元を拭っていた。

「軍に居てもどうもダメで……」

血や内臓を見ると一気に気色が悪くなるという弟子。

小さい頃、盗賊に親を目の前で殺されたのが原因と医者は言っていた。

同情するが、この世では親を早々に亡くすなんてことは当たり前の事じゃ。仕方あるまい。

「少し休憩してから来るんじゃ」

目の前で繰り広げられる戦い。

槍や剣が振るわれ、血肉が飛び、四肢が舞い、内臓が飛び出る。

子どもでは見るに堪えないそれを、見慣れたワシにとってはもはや日常。

陰から出て、戦場へと赴く。

魂どもが動きを止めて一斉にこちらを見た。

ワシはというと、飄々とした気持ちで魔力を展開。

ワシの周囲に張り巡ったそれが、兵士たちの魂に触れるとたちまち浄化されてこの世から消えていく。ワシを避けるように距離を置く魂たち。

「僕も行きますっ」

そう言って走り出してくる弟子。ワシよりもさらに濃密な魔力を放ち、自身を守る。

剣を見ては小さく悲鳴を上げ、下を見ながらワシに追いつく弟子。しかし、地面に転がる死体や血液を目にしては、口元を覆って顔を上に上げた。

「まあ我慢せい。もうすぐじゃよ」

この戦場の中心地。

草原の中でひと際集団になった場所へと赴く。

「弟子よ。ここにある物は何も触っておらんな?」

「勿論です。触りたくもありません」

「……よろしい」

中心地へとたどり着くと足を止めた。

より多くの視線がワシらに注がれたが、ここからが本番じゃ。

「弟子よ。防御魔法じゃ。気張るんじゃよ?

「解りました」

魔法陣を展開し、弟子とワシの周囲に強力な結界が作り上げられた。

たじろぐ魂ども。

しかし、ワシが浄化魔法を発動させたと同時に、魂どもが一斉にワシらに襲い掛かってきた。

怒涛じゃった。

海沿いのとある町が、海から押し寄せる大きな波によって壊滅した話を聞いたことがあるが、それに似ている。周囲三百六十度すべての包囲から敵が一斉に襲い掛かってくるという恐怖。

ワシであっても、一抹の恐ろしさを感じてしまうのは、その魂どもが発する圧倒的な殺意とその数によるものじゃ。

「く、う……」

その物量が結界に殺到し、瞬く間に辺りが真っ暗になるその光景。そして魂どもの唸り声とぎらつく視線を見れば、誰もが恐怖を感じるじゃろう。その凄まじい狂気性。

魔力や浄化の力だけでなく、この状況を打破する応用性や忍耐力も必要になるのじゃ。戦場に行きたがらない浄化師が多いのも頷ける。

「直に浄化魔法が完成する。もう少し耐えるんじゃ」

「はいっ……」

浄化の力を付与した結界であろうと、暴走を始めた魂どもには躊躇がない。結界を破壊しようと、剣を叩きつけたり、魔法を放ったり――霊的な武器や魔法であろうと、現世に影響を与えるには容易い。

才覚ある弟子であろうと、まだ浄化師としては半人前。

結界が軋みだし、ひびが入り始める。

「まだまだへたっぴじゃのう」

「いずれは師匠を超えようと思っています。ここで死ぬわけにはいきません」

「まだまだ先の話じゃ」

一部が破壊され、魂の手が弟子に伸びる。

小さく姫を上げて尻餅をつく弟子。

ワシの脚にしがみついてきた。

さっきまでの威勢はどうした。

その壊れたところから続々と入り込んでくる魂ども。目の前に迫る彼らに、弟子は目を瞑って顔を背けた。

「浄化魔法『リカバリーエクスカリバー』ッ」

完成した魔法がワシを中心に一気に解き放たれ、指先一つまで差し迫った魂の腕が一瞬にして消え去る。波状の如く周囲へと浄化魔法が解き放たれ、結界を覆っていた魂どもは勿論、その先にまで続いておった魂どももまとめて消し去っていった。

「終わりじゃ」

一挙に静まり返る戦場跡地。

周囲を見渡しても魂どもの姿は一影もなく。

晴れ渡った空と空気が一望できた。

血と腐った肉の臭いや光景がより鮮明に見渡せられるようになって、弟子がその場でゲホゲホしていた。ワシの靴に涎が付きまくる。

「お主は相変わらずお主じゃのお」

「す、すみません……」

ワシがこ奴を弟子として向か入れ、一人前になるまで世話をするとなると頭が痛くなってくる。

「しかし、よくなってはおる。防御魔法もかなり上達しておったな」

この前までは雑魚的一匹の攻撃すら耐えられなかった結界が、よもやここまで強度を上げて耐え凌ぐレベルに到達したとは驚きじゃった。

浄化魔法が完成するよりも早く結界が壊れることがあれば、ワシが手を貸していたのじゃが、ギリギリとは言え必要なかった。

「お主は成長しておる。それは認めよう」

そう言うと、弟子は目をキラキラさせてワシを見る。

そして歓喜一色に染まる弟子。

「う、嬉しいですう~」

涙する弟子。

涎と胃液と涙でぐしゃぐしゃにした顔を、ワシのズボンに摺り寄せて来た。

勘弁してほしいものじゃ。

「行くぞ。まだもう一仕事、他の場所でもあるんじゃからな」

「が、頑張りますうっ」

フラフラと立ち上がって、道行く後ろに付いてくる弟子。

成長する弟子を見ていると、ワシも嬉しく思う。

これからの将来が楽しみだと、期待に胸を膨らませながら次なる目的地へと向かった。

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