不老不死は楽しいだけじゃない

死は誰にだって訪れるもの。

だからこそ、その死に対する恐怖心は誰にも拭えない。

お金や物がこの世の真実ではないと気づいた者は、更なる知識や経験を得るために時間を、そして若さを欲するようになる。

そうすることで、意欲をより向上させ、様々なことに好奇心を抱き、様々なことに挑戦することができるからだ。

「というのが、誰もが思うことだけれど」

私は街を歩いていた。

東京の街。色鮮やかで、大小さまざまな建物と施設が揃い踏み。現代っぽくオシャレを楽しむ人々でいっぱいだった。

けれど私は、渋谷のスクランブル交差点にて、Tシャツとジーンズを着ただけの超シンプルかつ適当な服装で歩いていた。

ぶらぶらと、周囲の人々と変わらない日常を、ひっそりと暮らしている。

「不老不死って、案外つまんないわよ」

きっかけは単純だった。

死ぬのが嫌で――地元の、誰も来ないような古びた神社に行って、あるわけないと思いつつも冗談半分で、『不老不死になりたいです』と願ったら、その日から不老不死になった。

その瞬間に解ったのだ。「あ、私不老不死になった」と。

そこからは天にも昇るような気分で、物は試しと、懐に入れていた小さな刀で指先を切ってみた。痛みが伴って血が出たが、次の瞬間には傷がふさがり、血は蒸発して消え去った。

これを自慢したくて、村の人たちに見せてみたが、奇妙だなんだと口にするだけで、関心は持ってもらえなかった。他にも馬鹿なことをしでかしてみたが結果は同じ。明らかにヤバいこともしてみたが、何故か誰も私のそれには関心を寄せなかった。

そうして気づく。神様の仕業だ、って。

それに対する関心を私には集めさせない何かがあるんだろうと、そう結論付けた。

私は一人、不老不死として、誰にも理解されずに生きていくんだと、一気に興が覚めたものだ。

かれこれ五百年。

私の身体は二十歳で止まっている。

不老と言いながら、十歳で不老不死になったにもかかわらず、私は二十歳まで成長し続けた。

当時では明らかに行き遅れな年齢ではあるが、その間も私は結婚もせず、成人の十五を迎えると村を一人で出た。野宿もしてみたが、夜盗やごろつきに襲われることは一度としてなかった。戦乱の世であるにもかかわらず、私は生き永らえた。

時折、あの神社に行って掃除をしている。さらにボロボロになった神社だが今では私が神主だ。全国津々浦々旅をして、結局はあの村に戻ったのだ。何十年と経過した村でも、何故か戦乱の世を生き抜いていた。今では奥多摩町と呼ばれる地域になっている。

現在では履歴書不要の会社を転々としつつ、二十歳を延々と繰り返している。運動不足だろうが寝不足だろうが肌のケアを怠ろうが、私の健康に支障は全く出なかった。試しに七日七晩ずっと起きていたが、疲れるどころか眠くなることもなかった。空腹は感じるが、死なないからあまり食べることもない。住むところさえあればそれで事足りるため、食費がかなり浮いた。

無尽蔵の体力。そして圧倒的な若さを前に、職場のベテランたちが私を羨ましがったが、その気持ちを抱けることに、私は羨ましく感じた。

「……暇ねえ」

ガラケーがスマホになった今の時代。

何でもかんでも目新しいものばかりが世に吐き出される時代になった。好奇心が途切れることのない、多様性に溢れた娯楽に満ちた世界へと変貌を遂げている。

けれど私は退屈だった。

悠久を生きる今の私には、この社会の変化についていけていない。時間の流れがあまりに緩やかで、遅すぎて、周囲はめまぐるしく変化しているのに、私だけが置いて行かれているような感じがした。私のこの服装も、適当に見繕っただけの怠けであるが、建物のガラスに映る自分の姿は、健康そのもの。化粧なんてしていないのに目がパッチリでクマもない。十歳の時は、控えめに見てもあまり可愛くなかったのに、何故か顔立ちが変化していき、今では美人美少女である。小さかった胸も、今では平均的な大きさにまで膨らみ、今は無い方が楽だったりする。

ドシンプルで何の飾り気のない私なのに、道行く人が私を見る。敢えて姿勢を崩していても視線がちらほら。

髪をボサボサにしても次には元に戻り、大きくくしゃみをしようとしても無意識にくしゅんと小さくくしゃみしている。わざと鼻をほじろうとしてもその手が止まる。まるで私でない何かが働きかけてくるように。

「まあいいんだけどね」

今に始まったことじゃない。

あの神社の神様に愛されてしまったのだろう。

あの変態的に変態な、あの神社の神様に。

だからと言って、別段厭らしいことはされていない。ただ見られている。

そんな感じ。

最初は身体を拭くのが恥ずかしかったが、今では何も思わない。流石に大っぴらだと色気が無いのか、少し艶めかしい感じを出すことはあるけれど――。

「はあ……」

ため息を吐けば、周囲が反応する。

私を見てくる。観察してくる。目立ってしまう。

試しに、私はニコリと彼らに微笑みかけて見た。

老若男女関係なく、私に見とれている。

「あほくさ……」

その場を後にする。

追いかけてくる人はいない。

建物の陰に入って、私はもう一度ため息を吐く。

「はあ……」

「はあ……」

「え?」

「ん?」

私のではないため息。

前を向くと、ダサい格好の男が一人。

「えっと?」

「んん?」

見つめ合った。

見つめ合ってしまった。

お世辞にもダサい服装の、私と似たようなそれ。

けれど、モデルにでもなれそうな端正の良い顔立ち。一言でいうならイケメンだった。

二十歳ぐらいの、爽やかそうな青年だった。

「……」

「……」

瞼を何度もパチクリさせて、じっと、それもまじまじと見つめてしまった。

相手も同じく、私をじっと見つめていた。

「……」

「……」

無言だった。

どう言葉を切り出せばいいのか。

初めての状態に、私もよく解らない気持ちだった。

頭がわあああっと激しく動き、思考がまとまらない。

「えっと……不老不死って信じる?」

少し冷静になった。

何言ってんだろ馬鹿じゃん、って。

「それ、僕も考えてた」

「……へ?」

その返答に、またも頭がわあああっとなる。

思考が錯綜する。

何をどう話せばいいのか、何を聞きだせばいいのか、もうさっぱり。

「僕はね、四百歳くらいかな」

「あ、じゃあ、私の方が上ね」

と、何の疑いもなくそうさらりと返していた。

「十歳くらい?」

「そんなわけないじゃん。百歳くらい」

「一回り違うね。もうおばあちゃんだ」

「失礼ね。見ての通り、ピチピチの二十歳よ」

「へえ、僕も二十歳なんだ。筋肉もほら」

と、袖をまくって見せてくれた。

世で言う細マッチョではあるが、かなり筋肉質である。服越しでも腕が太く見える。

「それなら私だって」

と、唐突に服の裾を持ち上げてお腹を見せていた。

世で言うポンキュッポンである。ボンでないのがポイントだ。あまり大きすぎると、私には合わないから。

「綺麗だね」

「……ッ」

そう言われて急に恥ずかしくなった。

服を元に戻して、身体を腕で隠してしまう。

「み、見なかったことにして……」

「ごめん、もう目に焼き付いちゃった」

「きも……」

「あはは」

はにかむ顔も爽やかで、可愛らしかった。

「良い時代になったものだよねえ」

不意に、彼は建物の陰から街を見た。

私もそちらを見る。

強い日差しが東京をじんじんと照らしていた。

「私の頃はもっと悲惨」

「僕の時代もそれはそれで大変だったけどね」

「でも、私はさらに百年見てきた。慣れていく自分が気持ち悪かったけど」

「それはそう思う。人の死がまるで他人事。大切な友人が死んでから、人と深くかかわるのを止めた」

「うん……」

「君にはいた?」

「いた。幼馴染……村に戻ったときよぼよぼのおじいちゃんだった。ひ孫もいた」

「好きだったの?」

「好きだった。でもこの身体になってから、一緒に居られないと思って諦めた」

「何でそれを願ったの?」

「当たり前じゃん。死にたくなかったから」

「それもそうか。僕もそうだから」

「やっぱり人間って考えることはおんなじね」

「だね」

蝉の声が響く。

人の話し声、歩く音、車の音、電車の音。

昔では考えられないほどに進化したこの日本。

けれど、五百年前が昨日のように感じられる。

「ちょっと向こうでお茶しない?」

「デートのお誘いかしら?」

「勿論。もっと君とおしゃべりしたくなった」

「私とのデート代は高いわよ?」

「お金なら十分」

財布から取り出すクレジットカード。

ブラックカードだった。

「若さって、結構お金になるんだよ?」

「……知ってる」

「そんな目で見ないでよ。ちゃんと真っ当なビジネスをしてるから」

「ほんとかなあ、って、よくそれを作れたわね」

「裏も表も使いよう、ってね」

「怖いことするわねえ」

「長生きしてると、いろんな関係性ができるからね」

「私は、一人だったかな」

「じゃあ今から二人だ」

その言葉に、私はクスリと笑う。

「……何となく、あなたが解った気がする」

「それは良かった。どうする? 奢るよ」

「……お、お言葉に甘えようかな」

「お金に釣られた?」

「話し相手が欲しかっただけ」

「それは嬉しいよ。誘った甲斐があった」

差し出された手。

私は少し恥ずかしい気持ちで、その手を握った。

「ありがとう、君を満足させられるよう全力を尽くすよ」

「別にそこまで本気にならなくてもいいわよ」

「どうして? まるで運命じゃないか」

「……まあ、そうね」

「どうせなら、このまま一緒に居てくれると嬉しいけどね。いたく君のことが気になって仕方がない」

「ッ、そ、そんなことをよくも平然と言えるわねっ」

「好きだと初めて感じてしまったからね。それに僕はせっかちだ。ズルズルと時間を掛けたくないんだよ」

「私が嫌だって言ったらどうするつもりなのよ」

「無理強いはしない。少しずつアプローチするだけ」

「……どんだけストレートなのよ」

「ストレートに伝えないと伝わらないことの方が多いから。そっちの方が早い」

「効率厨ってやつね」

「これで結果は結構出してるよ? 君が僕の手を取ってくれたようにね」

「ッ……早く行きましょ。せっかだしケーキが食べたいわ」

私は彼の手を引っ張って建物の陰から出た。

「ははは、じゃああそこにしよう」

クイッと引っ張られる。私が行こうとしていた方向とは別の道。

さっきから彼に振り回されっぱなしだ。

「私を満足させられなかったら次は無いから」

「それは重大だね。気遣いを怠らないようにしないと」

二人で歩く道。

それも悪くないと、ワクワクしながら思った。

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