エージェントK
世界を支配するのはいつだって強い者。
強い者だけがこの世界を支配し、好き勝手に作り替えることができる。
群れの長が変われば、それに続く下の在りようが変わるように、頂点に立つ者だけが世界を自由に作り替えることができるというのは、それこそ自然界の摂理だと言えよう。
その下につくもの。世界を操る、影なる存在を。
当然のことながらご存じだとは思われる。
『エージェントK。そちらの進捗はどうですか?」
「順調だ。順調すぎるくらいだ」
「はじめ君、タ~ッチ。はじめ君が鬼ね」
「やったなあ。いーち、にーい」
「みんな逃げろ~」
『わあ~』
公園にて、はじめ君ことエージェントKたる私は、子供たちと戯れていた。子供の体力は無尽蔵で本当に疲れる。私からすれば、彼らを全員捕まえるなんてのは一分もあれば事足りる。それなのに、こうして子供に扮して子供と遊んでいるのは任務のためだ。
ちなみに、此処に居る子供たちの名前は全員知っているし、家庭事情から身体のほくろまですべて頭に叩き込んでいる。けれどその標的はただ一人。
「寛太君、ターッチ」
「あちゃあ、じゃあ足の遅い奴はすぐに捕まえてやるぞお」
と、数え始める小野木寛太。小野木財閥代表取締役の息子で、その父親小野木新矢は、海外のマフィアとの繋がりがある人物だ。彼らへ金を流し、日本のマフィアたるヤクザを駆逐し、日本の秩序を乱そうとする悪だ。
だがその証拠が見つからないために、我々、『エージェント』が雇われたという話だ。
「よっしゃあ、いくぞおっ」
この子たちと出会ったのは今日初めてだが、仲良くなるのは簡単だった。
子どもの純粋な心に付け入るのは容易い。
「寛太ー、そろそろ時間だから帰るわよー」
と、公園の入り口で他の母親たちと話をしていた寛太の母親が、公園の時計を見てそう告げた。時計の針は既に五時を回ろうかとしている。
それに寛太は応え、母親の所へ戻っていくのを皮切りに、この遊びは終了した。そして彼ら彼女らも、母親の元へ行ったりして帰る支度を始める。
だが私は帰らない。
一人でポツンと残った後に、寂しい雰囲気を出しながら一人砂場へと移動するのだ。
砂場で砂いじりしていると。
「はじめ君、どうした?」
後ろから寛太が声を掛けてきた。
寛太は人一倍正義感が強くて、優しい性格をしている。私が初め一人で砂いじりしていると声を掛けてきてくれたのも彼だ。彼は独りを嫌う。寂しさを嫌う。だから私がこうしていれば、私でなかったとしても誰にでも声を掛けている。寂しそうに、悲しそうにしていれば。
「ママ、今日はお仕事で遅くまで居ないんだあ……」
「そうなのか? じゃあ――」
そう言って、母親の元へと行く寛太。そして彼女が頷くのを確認して、順調に進んでいることを実感する。
今回の任務は容易くクリアできそうだ。
「俺の家で遊ばね? ゲームとかカードとかいろいろと遊び道具があるぞ」
「でも……」
そう遠慮がちに、申し訳なさそうに演技する。
「大丈夫だって、俺の家、結構おっきんだぜ?」
そう言って、私の腕を引っ張った。そういった強引さがまた人を引き付ける。父親譲りのその特徴が、皮肉だった。
「……ありがとう」
そう言うと、彼はニコリを微笑みかけてくれた。
そして車に乗って、私は彼らの家に向かった。
豪邸だ。
ニュータウンに建てられた、二百ツボを超える大きな住宅だ。外装はまるで旅館。大きなガレージもありハイテク感のある外装をしている。
母親がリモコンを操作すると、鉄扉が開く。
だがそれらも全て知っている。調査済みだ。
間取りも、この家にいる住人も、お手伝いさんもすべて把握している。
問題はその間取りに存在する空白の空間。おそらくそこに、寛太の父親が海外のマフィアとの繋がりを示す証拠があるはずだ。
車から降りて、玄関を潜り、中へ入る。
入り口からそうだが、豪華絢爛だ。広い玄関、芸術を感じるライト、長くて幅のある廊下。螺旋状の階段。
リビングも広い。LDKを全て合わせた一般家庭のそれを軽く超える広さだ。キッチンは大理石だ。部屋も幾つもあり、趣味嗜好に合わせて部屋の中のコンセプトが違う。
「ゲームでもしようぜ」
ピッと小さなリモコンのボタンを押すと、テレビの横の小さな棚からゲーム機が顔を出した。並んだソフトから『世界の遊び大全』のタイトルを取り出してゲーム機の中に入れた。小さなコントローラーを二つ持ってきて、ソファに座らせた私に手渡してくる。
「これ、結構おもろいんだ」
このゲームは知っている。私も一時期ハマったことがあるからだ。一時間ほど。
ゲームを選び、ルールを確認。そして始まった。
だが。
「……何で勝てねえんだ」
全戦全勝。
少し大人気ないことをしてしまったかな。
私には失敗は許されないのだ。
「ほ、他のやつにしようぜ」
そうして別のゲームソフトに入れ替える寛太。
今度は『大乱闘スマッシュブラザーズスペシャル』だ。
「これ、俺結構強いんだぜ」
別のコントローラを渡される。いわゆるプロコンと言うやつだ。
キャラ選択が始まるが、これはやったことが無い。
だが見たことはある。
戦闘が始まった。
戦いはストック制で、八人乱闘。
コンピュータの強さは、低めの一だった。私に配慮したのだろう。
コンピュータの動きに紛れ、私は操作の確認をした。
攻撃方法、防御、回避――すべての動きを確認した後に、団子になって戦うキャラクターたちに突っ込んだ。
「……うっそ」
敵をノーダメージで次々と蹴散らしていった。
連続で攻撃を決め、一気に場外へ。
寛太のキャラクターも一緒にまとめて場外へ。
「……本気でするぞ」
それに対し、私は頷く。
準備画面で、コンピュータのレベルを最大に設定。そして鬼気迫る寛太。
先ほどの動きとは比べ物にならないくらい素早く、そして正確になったコンピュータと寛太。一番強いはずのコンピュータが次々と脱落していき、私もまたそれに巻き込まれ、やられていく。
「甘いね」
寛太の動きや癖は把握した。
瞬く間に逆転し、勝利を収めた。
「うっそだあ」
と、負けたが愉しそうに笑う彼。
「はじめ君は強いんだなあ。びっくりしたぜ」
そして負けを受け入れ、相手を称賛する器量。
「ありがとうっ」
と、私は笑顔で応えた。
「あ、ちょっとおトイレ借りて良い?」
「いいぞ、廊下に出た先にトイレって札があるからさ」
「解ったあ」
リビングを出て、廊下に出た。
扉を閉め、早足で廊下を歩き、トイレを通り過ぎて二階へと進む。そして新矢の部屋へと入った。デスクとパソコン、そして本棚。
パソコンの電源に触れて、その指先に仕込んだ電子信号でパソコンをハッキング。操作しているのはエージェントIだ。
髪の毛の中に忍ばせた極小のマイクから、骨伝導を通じて聞こえてくるIの声。
『うーん、このパソコンにはありませんねえ』
「そうだろうな。こんな誰でも触れるようなパソコンに、そんな証拠を残すはずがない」
なら本棚の向こう側だ。しかし、その仕掛けまでは解らない。
「今何分経った」
『三分ですかねえ』
あまり長いことトイレだとは偽れない。
「どこか不自然なところは無いか」
私の目にコンタクト仕込んでいる。それを通して部屋全体をIに観察させていた。
『スキャナーで調べたところ、あの本の位置に仕掛けがあるみたいですね』
指定されたところへ進み、だが身長が足りない。
「問題はない」
身体を作り変え、脚だけを伸ばした。足長な小学生になってしまったが、また作り変えて戻せばいい。ガコンと開く棚の一部。そちらを開けると、今度は認証コード付きの扉。
その扉に触れて、Iに解析を進めさせる。
『認証コードは――』
そして指示されたコードを打ち込み、重々しく開く扉。
中には世界地図と、マフィアやヤクザの動向を示す写真や書類がたくさん積まれていた。
『その部屋全体を見せてください。撮影します』
部屋を何度か見渡して、Iから返事が来る。
『もう結構です。スキャナーですべてを撮影することが出来ました』
「今何分だ」
『七分です』
「もうそろそろか」
扉を閉め、本棚を閉じる。
「簡単だったな」
身体を子供のそれへと変形させた。
後は何事もなく帰るだけだ。
部屋を出ようとドアノブに手をかけた時。
『母親が来ます』
「足音で気づいている」
意識を切り替えた。
「あら、ここで何してるの?」
ドアが開いて、寛太の母親が現れた。
驚き、そしてほんの少し焦る様子の母親。
「この家おっきいから、ちょっと気になっちゃって」
えへへーと笑い、奥から部屋を回ったことを告げた。
「ほんとおっきい家だねえ。すごかったあ」
と、にこりと笑うと、母親は少し落ち着いた様子で私と同じ目線になって。
「ダメよ。勝手に家の中を回ったりしたら。お母さんに言われなかったの?」
「どうしても見たくって」
と、少し反省の色を見せる。それを見た母親は、それ以上私に何かを言うことはなく、柔和な笑みを浮かべて私の手を取った。
「寛太が待ってるわ。早く会いに行ってあげて」
「はーい」
母親に連れられて、私は部屋を出た。
リビングに戻ると、スマブラを練習する寛太がいた。動かないコンピュータ相手に技を決めている。それも、私が使っていたキャラを使って。
「寛太君」
私が呼び掛けると、彼は悔しそうに僕を見た。
そうしてまた対戦が始まった。
「さて……」
最後の最後まで世話になり、偽造したアパートの部屋にまで送ってくれたあの母親には感謝しかない。出迎えてくれた母親役のエージェントに、労いの言葉をかけて撤収させた。
ここらでやることは終いである。
空っぽの部屋に戻り、本部で解析を進めるIを放っておいて、子供服を脱ぎ捨て、身体を作り変える。顔の輪郭すらも崩して、どこにでもいそうなひげ面の男に変身する。この部屋を借りるときに使用した顔。しかし、何処にも居ない架空の顔。
「あの二人には悪いことをした」
解析が終了すると、それが警察やヤクザの元へと情報が良く。あの家族も、会社もただでは済まないだろう。しかし、この国の平和を守るのであれば、多少なりとも犠牲はつきものだ。
「少々、胸の痛い話だな」
感情の無かった私。
しかし、ああして人と触れ合う機会が増え、感情というものを芽生えさせてしまった今となっては、彼らに対する申し訳なさは否定できない。
「すまない」
翌日。
テレビに大々的に映し出される新矢の顔。
今頃新矢の家に大勢の警察が赴いていることだろう。そして会社にも。
数日後。
『――感傷的ですね。エージェントK』
「ダメか?」
気が落ち着かないときはバイクで山を走る。
骨伝導のマイクから聞こえてくるIの言葉。
『最近、らしくないではないですか』
「そうだな。長らく人との付き合いを共にしすぎた」
彼等の表情、態度、姿勢、想い、思念、思想、思い出、繋がり――感じたことのない感覚を、看過されてしまうのも仕方なし。
『あなたの無感情且つ合理的な脳を、身体を、能力を創り上げたのはプロフェッサーです。彼に対して失礼ですよ』
「そう言うな。明日までには消える。どうしても演技をする中でそのキャラに感情移入してしまうのだ」
『捨てるのに少し時間がいると』
「そうだ。それにこの時間も、そう悪くない」
『……プロフェッサーには黙っておきます』
「お前らしくないな」
『あなたのがうつったのかも知れませんね』
そして通信が切れる。
私はふっと笑い、バイクを走らせた。
心中した寛太とその母親。
その報道を耳のマイクで聞きながら、私はさらに加速させていく。
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