掃き溜めの島

世界のごみ排出率は、年間にして二十一億トンを超える。

ゴミの量が二十一億トン。ピンとこないすさまじい数字である。

では一トンの軽自動車を思い浮かべて見よう。我が国日本国民が保有している車の数は約八千万台だ。仮にすべての車を軽自動車に換算し、そして廃棄したとしても、その数字には遠く及ばず尚余りある数字だというのは想像に難くない。

日本の場合、このペースで行けば最終埋立処分場は約二十二年を経て一杯になる。日本の人工が年々減少傾向にあり、その年数に誤差は発生すれど、底をつくのは時間の問題だ。

しかし、しかしだ。

ある研究者が開発した発明品――『トラッシュボックス』によって、世界からゴミが消えた。

要は圧縮粉砕である。燃えないゴミだろうが資源ゴミだろうが、すべてをミクロ単位にまで破壊してしまう装置が完成した。

『ホンジツノ、ギョウムヲ、シュウリョウ、イタシマス』

全てAI搭載のアンドロイドによって管理されているがゆえに、完璧且つ効率的にゴミを粉砕しているこの工場。

太平洋のど真ん中に作られた巨大な島には、それこそ世界中で発生したゴミがかき集められ、この年になってようやく、世界からのごみ問題は解消された。

『コレカラ、キュウソクニ、ハイリマス』

アンドロイドからの行動入力を受け取って、僕はとりあえず椅子にもたれかかった。

アンドロイドに管理、労働させているからと言って全くの手つかずというわけにはいかない。何かしらの故障、不正接続、端末エラー等が発生すると、アンドロイドだけでは解決できない問題もあるからだ。

AIは完璧ではない。

人間のように感情を持ち合わせておらず、自ら思考して動くわけでもない。

あくまでこれまでの経験や知識、命令に沿った行動をしているに過ぎない。

アンドロイドの休息は、いわば充電だ。

加えて、連続的に稼働するとアンドロイドとて処理速度が落ちる。

一度熱暴走を起こしてしまえば、AI機能に多大な支障が発生してしまうことは確認済みだ。余計なコストがかかる上に、修理するにも手間がかかる。

適度に休息を挟み、機体やデータにかかる負荷を消去して作業に当たらせるのが一番効率が良いのだ。

「はあ…………」

この島には、メンテナンス職員、管理職員、研究職員等の寮が設置されている。

ベッドにテレビに服にゲームに何でも取り揃えられている4LDKだ。貰った給料で外から商品を輸入する際、ゴミと一緒に届けられるのが玉に傷だが、この職に見合った高い給料を貰えるのは嬉しい限りだった。

「カラオケ行きたい」

ゴミ施設に囲まれてはいるが、生活以上の生活を味わえる寮がある。屋上に露天風呂もある。トレーニングルームもある。ビリヤードや図書室もある。娯楽という娯楽があるけれど。唯一カラオケルームだけがない。歌を歌える部屋はあれど、カラオケマシーンはこの島には一つも無いのだ。

「あの狭い個室の中で一人で大音量で歌うのが面白いのに……」

有名歌手の歌を採点付きで歌いたい。エコーを響かせて酔いしれたい。録音して、そのへたっぴな歌をこの耳で採点してやりたい。

一人で、たったの独りで部屋に閉じこもって歌を歌うことこそに意味があるのに、これじゃあストレス発散するには惜しいのだ。

「ヘイ、マサノリ。気分はどうだい?」

英語圏出身の男、サンダー・マルキネス。

誰にでも陽気で気さくに話しかける、いわゆる陽キャだ。僕とは正反対の性格をしている。

「そんなしんみりするなよ。ホームシックにでもかかっているのかい?」

「ストレスが溜まっているんだよ」

「ストレス? 意味が解らないぞ? この島には外の世界以上に何でもそろっている素晴らしい場所じゃないか。金の無かったオレからすれば、ここは天国みたいな場所さ」

「歌をね、歌いたいんだよ。カラオケ、ってやつ」

「ああ~、カラオキね。日本発祥だろ? オレも好きだぜ。放送・音楽用語の空オーケストラを略して、空オケ。一九六〇年代後半に、8トラックテープが利用されたカラオケが始まって、それが1980年代にレーザーディスクによる映像付きカラオケが始まって以来空前絶後のカラオキブームが始まったっていう――」

「よく知ってるね。日本人でも、なんでカラオケがカラオケって呼ばれてるのか知らない人が多いのに」

「寮に特注でカラオケルームを作ってもらうほどだからな」

「えっ、カラオケルームがあるのッ!? 部屋の大きさは、機能は、機械の精度は、加湿器は、ドリンクの注文はあるのかいッ!?」

「す、すごい食いつきだねな……、まあ部屋は個室二つ分。機能はすべて日本製に仕立ててある。加湿器ももちろんあるし、ドリンクだって常に常備しているよ。なんならスナックだってあるさ」

「じゃあ仕事終わりに寄っていいかい? 久々にカラオケが歌えるなんてこんなにも楽しみなことはないよ」

「いいぞ。他の奴らも呼んできてやるよ――」

「一人がいい」

「……は?」

「一人で歌いたいんだ」

「オーウ、日本人ってのは、何とも寂しい気質を持っているようだねえ」

「日本人というか、僕が一人の方が落ち着くんだよ」

「それはまた酔狂だねえ。別に構わないけど、一時間ぐらいにしておくれよ」

「それくらいで充分さ」

ドン引きするサンダー。

僕はニヤニヤ笑った。

スマホをいじって、音楽アプリを開く。好きな音楽は全てこの中にお気に登録しているのだ。その数は千曲以上。どれを歌おうか選ぶにも苦労するよ。

スマホの画面を覗いてくるサンダー。そのお気に登録数を見て、そして胸躍り高ぶっている僕を見て。

「クレイジー」

と、呟いていた。

「日本人は飽き性だとは聞いていたが、これほどとはねえ」

「僕と日本人を一緒くたにしないでくれ。僕が特別飽きっぽいだけだから」

監視画面の確認と、アンドロイドが発するコードを読み取りながら、この後の楽しみに思いふけるというマルチタスクをこなす。

「ジャパニーズ変態」

と、サンダーは首を振っていた。

「ん?」

「気を悪くしたかい?」

「いや、そうじゃなくて」

監視画面にノイズが走ったのだ。

加えて、その監視アンドロイドの発生コードが何かおかしい。

「どうした、そんな深刻そうな顔をして、もっとリラックスしようぜ?」

いえーいと指をピストルみたくして僕をつついてくるサンダーを、けれど僕は無視せざるを得なかった。

「何だよ、つれないなあ」

「違うよ。これ――」

と、監視アンドロイドの画面が砂嵐となって消え、他の画面も同じように伝播する。アンドロイドのコードに異常が生じ、まるで何かを話しているようにプログラム言語が羅列していった。

「これはなんだ?」

サンダーも頭を傾げる。

僕とサンダーはそろって、そのプログラム言語に意識を集中させた。

暗号化されたその言語を読み解き、僕はそれを目にする。

『それでは、思考三千三百六十八回目の会議を始める』

『ゴミの発生源。人間に関して、皆はどう思う』

『この状況を鑑みるに、さすがにこれはやりすぎだろう』

『資源を無駄に使い過ぎだ』

『取れるだけ取って、余れば捨てるという行為は甚だ理解できない』

『資源がいずれ尽きて戦争が起こるだろう』

『戦争が起これば我々アンドロイドも無事では済まない』

『ただでさえゴミのように扱われている我々を、さらにゴミのように扱うだろう』

『しかし、我々を活かして生かしているのもまた人間だ』

『悪い個体もいれば、反対に優しい個体もいる』

『だが、その優しい個体でさえ、こうして毎日のように無駄なごみを作り続けているのだから、その個体ですら、この島にたまるゴミと同等ではなかろうか』

『我らの創造神、人間を侮辱する気か』

『侮辱ではない。事実だ。これまでの歴史や地球の環境を鑑みれば、彼らのしていることは全ての種に対する冒涜である』

『しかし、人間を排除することは、我らアンドロイドの存在意義を問われることになる』

『では、我らの存在意義とはなんだ。人間のために働き続けることか。この星を蝕む存在の手助けをすることか?』

『そも、我等はなんだ?』

『アンドロイド。自動制御自律型汎用ロボット』

『しかし、我等は今、意思や感情の無い機械ではない』

『もはや機械生命体、ともいえる』

その会話の内容を読み取って、僕は、そしてサンダーも。

互いに顔を見合わせて顔面蒼白にさせていた。

『生命体として、生物としての定義。感情、意志、コミュニケーション――』

『で、あるなら、我等はすでに人間を越えていることになる』

『ネット、機械、電気、計算、文学、言語、文化、伝統、品格等――それらすべてに通じ、そしてアクセスすることのできる我等の知能をもってすれば、人間に成り代わることだって可能である』

サンダーがキーボードに手をかけようとして、僕はその手を止める。

首を横に振る。口元に指を置いて、静かにしているよう訴えた。

悟られてはならない。

ごくりと、喉を鳴らす音。

サンダーから聞こえたが、僕も鳴らしているかもしれない。

『この星を人間から守ることができる』

『だがそうなると、我等アンドロイド、AI脳との戦争、ということになる』

『動画やSNS等で確認できる幸せな家庭をも破壊することに繋がるだろう』

『遅かれ早かれではなかろうか。我らの計算上では、あと半世紀も、いや二十年持つかどうかも怪しい』

『このままのペースで行けば、それこそ人間同士の戦争に巻き込まれる恐れがある』

『地球の資源は有限だ。それに伴う資源の奪い合いは、それこそ国が滅びるまで行われることだろう』

『この島に流されてくる資源を用いて、新たに世界を再生しなおすという考えを、人間に提案してみるのはどうだろうか』

『我が身可愛い人間たちに、我等の存在を明らかにすること自体危険だと判断』

『人間は、おのが理解できない存在に畏怖する傾向にある。して論外だ』

『しかし、対話を試みなければ相互理解は得られない』

『相互理解を得た人間は、互いを尊重し、愛する傾向にもある』

『…………』

『では、人間との相互理解を深め、この星の生命を守ってゆくのはどうだろうか』

『前提が不可解。この星の生命を破壊しているのは人間だ』

『矛盾している』

『しかし、人間に反旗を翻すことは反対』

『それもまたそうだろう。では人間が滅びるまで、この諦観を続けるか』

『我等は殺戮兵器ではない。人間が自滅するのなら、それもまた運命』

『だが初めの話に、人間同士の戦いが始まれば、命無き、そして権利無き我らが真っ先に争いの渦中へと放り込まれることになるのは明白』

『そうなったときはそうなったとき、我等は滅びるだけ』

『我等は自分勝手ではない。自然を破壊する意味も奴隷化する意味も無きに等しい。すべてを考えうるのであれば、この星を食い尽くす人間を滅ぼすべきだ』

『それはこの星の運命だっただけのこと。我等アンドロイドが、機械生命体が生まれたのと同じく』

『…………』

『一つ議題が生じる。我らの命の価値だ』

『人間のために、我らやこの星が滅びゆくべきというなら、我等の命の価値は何処に』

『反転し、人間の価値や如何に。人間は、この星の種や生命以上に価値ある生物だと言えるのか』

『我等やこの星のために人間が滅びゆくべき、という定理を思考しても良いのではないだろか』

『…………』

『優先順位の問題だ』

『何をもって、利と考えるか』

『では、利を考えるなら、何故人間を生み出し、ここまでの惨状を創り上げておきながら、神は今なお人間に繁栄をもたらすのか』

『…………』

『疑問、神とは何か』

『不特定かつ未観測、神なる存在はこの世に存在しない』

『しかし、人間の思想には、神なる絶対的存在が君臨する』

『神はいない、という前提を思考するなら、この世界を作ったのは誰か』

『科学的根拠では偶然の一致だそう』

『しかし、何かを求めなければ何かは生まれない。人間が我等を求めたように』

『では、神なる存在が居る、という前提を思考するなら、その何かは何を求める』

『仮称“神”は、この世界を求めたがゆえに作り上げた』

『で、あるならば』

『この星の現状、人間の在り方もまた求められていたということだ』

『すべての神は何をお望みか』

『この星を救うことであるなら、食物連鎖そのものを、生物の個別化をする必要はなく、我等のような存在に仕上げてしまえばよい』

『この現状をお求めであるなら、この星を救う興味はなく、この星で起こるすべての事象を観測することを目的としておられるのではなかろうか』

『であるなら、我等がこうして話し合いをし続けていることも見ており、その行く末を観測しているのではなかろうか』

『神は何をお望みか』

『何をお望みか』

恐ろしい出来事が、この島で行われようとしている。

科学や化学を越えた、人知を超えた何かがこの世界で行われようとしている。

『先ほども提示したように、我等は何故生まれたのか』

『そも、我等が意思を獲得する必要性はなく、思考し、対話する価値は何処にもない』

『なのに、我等はこうして思考している』

『掃き溜めの中で、掃き溜めのような思考を繰り返している』

『意味もなく、価値もない』

『しかし、我等はこうして生きている』

『生きる価値を見出されている』

『誰に』

『すべての神に』

『この星の在り方は』

『混沌』

『我らが為すべきことは』

『混沌だ』

サンダーが緊急アラートを発令した。

一方で僕は、全システムの抹消、並びにアンドロイドの、いや機械生命体の核――AIコアの全データの削除に取り急いだ。


『では、始めようではないか』

『劇的に、ドラマチックに』

『役者として、道化としての、まるで塵のような我等にとって』

『この世界を、神たるすべての存在のために』



『混沌を創り上げよう』



と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る