愛すべき暴力の世界
世界は常に混沌としている。
何が正しくて何が間違っているのか。それに対する明確な答えがあるわけではない。助けたいという想いで誰かに手を差し伸べても、それはただのおせっかいであったりはた迷惑であったり、助けなければそれはそれで冷酷だとか人情に欠けると指摘される。
罪を犯した事実は存在するのに、証拠不十分ということで不起訴および無罪になることもある。相手が先に攻撃してきたのに、攻撃し返すと、し返した側に非難が集まる。
なんと理不尽で不合理な世界なのだろうと。
ルールや法では守られない、裁かれない者がいるという事実。
そしてそれは、どの世界でも言えること。
「暴力は何も生まない、暴力では何も解決しない――詭弁だ。お前たちもそう思わないか?」
目の前の木の棒に磔にされた数人の男たちに、オレはそう問いかけた。
太陽が真上に上ろうとしているこの最中で、夏の日差しが激しいその中で、日陰もなく、飲み物も食べ物もろくに与えられずに、だがオレは手元のオレンジジュースをストローでチューチュー吸っていた。
「薬物、売春、攫い、密輸、密入国――叩けば叩くほどドロドロした体液がドバドバ出てくるその身体の中はよ、一体何でできてるんだってくらいきたねえなあ」
「お、おれたちはやってねえ、し、しんじてくれえ……」
「はあ……まだそんなこと言ってんのか」
机の上に広げた書類をトントン叩いて、オレは頭を掻きむしる。
「お前らがやったって証拠は既に出てる。オレが作らせた。証拠不十分で釈放と不起訴になったてめえらだ。だがな、オレが逃がすと思ったか?」
立ち上がり、ホルスターから拳銃を抜く。
男たちに一発ずつ、脚に鉛弾をプレゼントしてやった。
絶叫と苦悶の声。
良い響きだ。
「てめえの発する声はなあ、その塀の外の奴らにもしっかりと聞こえてる。聞いてみろこの歓声。有名人になった気分はどうだ?」
「やめろ、やめてくれえええええ……」
「この国じゃあオレたちが法だ。オレ様が決めたことが全てだ。てめえらはこの国から、いやこの世界から永遠に消え去るんだよ」
「し、死にたくねえええええええええっ」
「その声をてめえらは幾人と聞いてきたわけだが、その声を聞き届けてやったことはあるかい?」
拳銃を一人に向けて、もう片方の脚に一発ぶちこんだ。赤い血が流れ出てくる。
「てめえらは楽に殺さねえ。殺してやらねえ。死ぬまでその苦痛を味わい続けろ」
残り五人に向かって同じく発砲。全員の脚が使い物にならなくなる。
「さて、メインイベントだ」
近くにいた部下に、指をちょいちょいと動かしてあれを持ってこさせる。
「鋸ってのは良いぞ~。刃物はスパッと切り落としてくれるが、鋸は前後に動かして削り切るのが上等だからなあ。神経がどれだけ傷つくか、その痛みは計り知れないらしいぞ」
全員の顔から血の気が引いていく。
「おいおめえら、奴らを連れてこい。こっからは乱交パーティーだ」
恐怖に震える犯罪者ども。
親を殺された者、恋人を強姦された者、子供を売り飛ばされた者、友人を薬漬けにされた者――より取り見取りのバーゲンセールだ。こんだけの人数が居りゃあ、あいつらが十二分に絶頂すること間違いなしだぜ。
「てめえらの好きにしな。焼くなり突くなり、そこにある物を使って何でもしてやれ」
怒りを、恨みを、憎しみを携えて、彼らはそれぞれの手に凶器を持つ。
「オレが許す。てえらの罪は罪ではない。施しだ。地獄へそいつらの魂を贈って差し上げろ」
叫び声。
泣き声。
慟哭。
奴らとの距離を詰める。
殺意を愛し、殺意を握りしめ、殺意を振りかざす。
これこそが報復。
これこそが暴力。
「やれ」
阿鼻叫喚だった。
犯罪者どもの命乞い。
遺族どもの怨嗟の声。
塀の外まで、街の外れにまで響き渡るほどのその地獄。
オレはゲラゲラと笑って、オレンジジュースを吸った。
「ああ、いい気味だ。クソ野郎ども」
暴力には暴力を。
暴力でしか解決できないこともある。
「上官」
「なんだ?」
「本部からの新たな指示です」
「解った。受け取ろう」
手渡された手紙。
中身を確認して、眉を上げた。口角を上げた。
「次の標的が決まったぞ」
椅子へドカッと座って、音楽をかける。
『ワルキューレの騎行』の嬉々とした音色が国中に響き渡るかのようだ。これを是非にレクイエムとして奏でよう。
「麻薬組織は大好きだ♪」
オレはそういう人間だ。
それでいい。
たとえ捨て駒になろうともな。
「暴力は暴力によって打ち砕かれなければならない」
この国に平和を成してやろうではないか。
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