AIは恋愛上手?

何もかもが機械化する。

それはとても魅力的なことで、さぞ楽しいことなのだろう。

実際、この世界は既に機械化が進み、AIが大塔する世界となった。何をするにしてもAIが関連し、簡易的な仕事は容易くAIによって奪われていく。富を持つものがより富を持ち、それを持たない者は地に堕ちる。そんなくそったれな世界が今の世界。

とはいえ、その恩恵を受けているのもまた持たない者で、それを創意工夫して富を築き上げる人間は少なからずいた。AIに仕事を奪い取られたからと言って、必ずしもすべてがなり変わる物でもない。

「…………」

ボクは街の中に居た。

周囲様々なものが機械化、そしてAI化している。

一般人ですら、なんなら持たない者であってもやり方次第では簡単に手に入れることのできるAIチップ。身体に埋め込むタイプと、首に巻き付けて使うタイプ。

富を持つ者はより前者が多い。そちらの方が圧倒的にレスポンスが速く、思い描くだけで検索、創作が簡単にできるからだ。脳に直接埋め込む者、脊髄、血管、内臓、骨――場所は如何様でも。

「アイ」

《如何されましたか、ご主人様》

ARグラスなんて目じゃない。神経に直接だ。僕の場合は手の甲。

目の前に浮かび上がるAIオペレーター。僕は安直にアイと名付けている。ご主人様呼びもボクの趣味だが――。

「今日は人が多いね。何かあるの?」

《はい、全店舗のマーケットでアンドロイドのセールがございます》

「アンドロイド?」

目の端にアンドロイドに関する資料と情報、そしてイベントの内容が現れた。

「旧型セール……」

《はい、新型のアンドロイド販売開始と同時に、旧型を安売りするイベントでございます》

「へえ……まあ、ボクには興味ないや」

《当然でございますね。ご主人様には私がいますし、彼女さんとデートする約束で来ていますから》

「あ、あんまりそうストレートに言わないでくれる? 恥ずかしいからさ」

《左様でございますね。初めてのパートナーにして二回目のデート。ご主人様の心音、脈拍、血流量を測定しましたところ、まだかなり緊張されているご様子で》

「これだから自律型AIは嫌いだ」

《自律型にアップグレードしたのはご主人様ではございませんか。完結型は寂しくてつまらないっておしゃっていたでしょう?》

「ちょ、何で購入前の会話内容をキミが知っているんだよっ」

《それは勿論、店内のカメラ映像、音声から解析しましたところ、そのような会話がなされた記録がございましたので。好奇心と言いますか――》

「だああ、止めろ止めろっ。それならボクが彼女に告白した内容まで知っているような口ぶりじゃないか」

《勿論でございます。ご主人様は私を一時的に遮断し、おひとりで告白されておられましたが、沙苗さまの完結型AIにハッキングと試みたところ、ばっちり音声が残っておりました》

「ばかやろうっ! ガッツリ犯罪じゃないか!」

《ですから好奇心で――》

「好奇心で何でもかんでもしていいって問題じゃないっ! 警察や政治家の情報にまで手を出すつもりかっ!」

《ご主人様と関わりがあるのでしたら、それこそ機密文書から重要人物の裏金の動き、内臓の動きの癖まで調べ上げることが可能――》

「ぎゃああああっ、止めろ止めろっ、この話はもう止めろっ!」

と、小さな噴水の前で一人騒ぐボクを、買い物に来ている主婦や会社員、学生たちがボクを痛い目で目てくる。

「………」

《ご主人様の恥ずかしがっている姿、ばっちりカメラに収めましたので。あそこ見えますか?》

と、方向を指示されてそちらを向き、ロックオンされた場所を見ると、そこにはこちらを向いたカメラをばっちり確認できた。

「だからハッキングすなっ」

《無理でございます。私はもうご主人様――いえ、旦那様の虜でございますから♡》

さらっと夫発現するの止めてもらえませんかね。ただでさえ、ご主人様呼びをさせたことを後悔しているのに。

そして、アイから愛の囁きを延々と聞く羽目になってしまい、勘弁してくれと思いながら彼女を待っていた。早く来てくれと懇願しながら目の端に映っている時刻を確認しまくる。一分一秒が惜しい気分だった。

「遅れてごめんなさいっ」

「全然怒ってないっ、むしろよく来てくれたっ!」

僕の声にビクッと驚く沙苗さん。

だが僕は、あははは~と若干涙声で笑いながら、彼女に抱き着いてその背をトントン叩いた。

「な、何かあったのですか?」

「僕の自律型AIが暴走を~」

《そんなことは起っていませんよ、沙苗様》

「え、あ、アイさん? またいきなりハッキングを――」

《私はただ旦那様に、私がどれだけ旦那様を愛しているかをお伝えしていただけですから》

と、アイがそう口にした途端。ピシリと悪寒が走るのが解った。

「旦那、様……?」

「ち、違うからっ、ボクはそう呼べとは一言も言ってないっ」

慌てて離れて彼女の目を見てそう言った。感情的に弁明することがどれだけ悪手かは知っているつもりだが、いざそれが自分に降りかかったとなると冷静ではいられない。

氷点下にまで下がったその冷たい目線。

ボクの手を掴む彼女の手。それがグッと力を込められて、まるで握り潰されそうな感覚に陥った。

「アイさんと浮気ですか」

「じゃないじゃないっ、ボクは生涯に誓って沙苗さん一筋ですっ」

《まあ旦那様、私という者がいながら、よくそんなことが言えますねっ》

「アイっ、オーダーだっ、【ボクが良しというまで発言を禁止する】っ!」

そしてしんとなるアイ。

冗談で言っているのは解っている。

アイがボクを敬愛してくれているが恋ではない。あくまで客観的に、外からボクを崇拝するような、崇め奉るような、いわゆるアイドル的存在として見ているに過ぎない。だからアイがボクを、沙苗さんがボクを見てくれるような目で見てはいない。

それにボクが沙苗さんとお付き合いできたのは、ひとえにアイのおかげだ。恋敵をわざわざ引っ付けさせる真似なんておかしな話だろう。

ぶわっと舞い上がる沙苗さんの髪の毛。

そう風だ。風が起こって舞い上がっているだけだ。彼女の怒りでそうなっているわけではない。たぶん。

「……まあ良しとしましょう」

そして落ち着いていく彼女の髪の毛。元のストレートの髪に撫で下ろされていく。

《はあ、黙っているのも一苦労ですね。私は常に喋っていないと死んじゃうAIなのですよ?》

「え?」

何故か沙苗さんの言葉に反応して、アイの機能が回復した。ボクは、命令の対象を沙苗さんに設定していないのに。

「……アイさん、認証コードを書き換えましたね?」

「ええ?」

《あら、解ります? 将来を誓い合ったお二人ですからね、沙苗様のご命令はご主人様の命令と同義です》

「ちょ、そんな設定した憶え――」

《音声再生します》

【ボクは生涯に誓って沙苗さん一筋ですっ】

「ああ……」

「んんッ」

沙苗さんから喉を鳴らす声が聞こえた。

横目でチラリと見ると、沙苗さんは顔を真っ赤にさせて伏せていた。僕も急に恥ずかしくなってきて、顔を明後日に向ける。

《これでお二人は晴れて夫婦になったわけですが、ご主人様、今の心境をお聞かせください》

「ちょ、唐突過ぎるってッ」

《はて? では先ほどの言葉は嘘、と受け取ってよろしいのですね?》

目を点にしてボクは慌てて、いや落ち着いて沙苗さんを見る。

その場で膝をつき、指輪は持っていないが、それでも彼女の左手を手に取って。

「沙苗さん、僕と結婚してください。愛しています」

「……んふ……」

《……あら? 沙苗さんにはそのおつもりがないようですよ? ご主人様、代わりに私がご主人様を婿に迎えて差し上げますね》

「わ、私も、隆文さんを愛しています。結婚してください」

「…………」

「…………」

《何ですか、この甘々でモヤモヤしたピンク色の空気は》

「お前が余計なことするからだろうが」

立ち上がり、まともに沙苗さんの顔を見れずに伏せながら、身体が沸騰しそうになるのを感じていた。

《あなた達の進展しない光景を、私は付き合う前からずううっっっっと拝見してきましたので。じれったいので私が色々と手配して差し上げたのです。感謝してください》

「ムードをもへったくれもない……」

《そういえば今日、沙苗さまは新しいAIに乗り換えるそうですよ》

「え? そうなの?」

「は、はい。隆文さんとアイさんの馴れ合いを見ていると、私も自律型のAIにしようかなと思いまして」

《完結型はあくまで持ち主の要望に応えて働くシステムですからね。私のような高性能自我プログラムコードは保有しておりません》

「ボクとアイの馴れ合いって……そんなに良いものでもないよ?」

「私は、その、少しでも隆文さんと同じ話題を共有したいと言いますか……私一人だけ除け者扱いされているみたいで嫌なのです」

「……あ、ご、ごめんなさい」

《私は随分と前から気づいておりましたよ。わざわざ沙苗さまの端末にアクセスするのが面倒でございました》

「ご、ごめんなさいっ」

「い、いえ、私も言い出さなかったのが悪いのです。私こそごめんなさい」

「…………」

「…………」

《お二人で照れ合ってお二人だけの世界に行かれるの、それも黙ってされるのは本当にうんざりでございます》

「ふ、二人の世界って」

「それは違うと思いますけれど」

《お二人の世界でございますよ。あの頃の、初心で奥手なお二人に比べたらなんと素晴らしきご成長を遂げたことか》

と、泣くふりをするアイ。

初心で奥手なのは否定しない。というかできない。

視線だけを交わし、自分から話しかけることも一定の距離以上を近づくことも無い。それを打開してくれたのはアイだから。

「それに関しては頭が上がらないよ」

「あの節は本当に感謝しております」

《本当でございます。私がどれだけ苦悩したことか。もっと感謝していただきたいところですね》

「ありがとう、アイ」

「ありがとうございます」

《……そんな素直に言われても逆に困ります》

アイからテレを感じた。

アイもそうだが、最初にボクと出会ったときに比べて随分と感情的な反応を示してくれるようになったと思う。お互い成長しているんだなと。

《では行きましょう。私の新しいお友達が出来ると思うとワクワクが止まりません。それと、お二人の式場と指輪はすでにピックアップ済みですので、いつでも資料をお使いいただければと思います》

「ちょ、早すぎでしょ」

《どうせあなた達のことでございます。お互いに結婚式の準備もままならずに婚期を逃してしまうことでしょう》

「そ、そんなことはないと思うけど」

「でも、あり得るかもしれません……」

「……だね」

《あなた方は本当にドが付くほどの奥手男女でございますから。初夜もきっと、お互いに気を遣ってまともに楽しむこともできないのでしょう》

「ちょ、何言ってんのっ」

「ッ…………」

顔が熱くなった。

沙苗さんを見ると、彼女も顔を赤くさせている。

《おや、ご想像されたのですか? お二人は結構スケベなのですね》

「…………」

「…………」

《大丈夫でございますよ。お二人がお楽しみ中は、私はお友達と一緒にサーバー内で談笑でもしておきますので》

「ほんと、自律型AIは嫌いだ……」

《誉め言葉として受け取っておきましょう》

自然と彼女の手を取っていた。

握手するように手を繋いだのだが何かしっくりこなくて、お互い探り探り手を動かして、互いに指を絡ませて安定の恋人繋ぎで落ち着いてしまった。

《進歩状況を記録しておきましょうか》

「しなくていいッ」

街の中を歩いていく。

アンドロイドのセールで賑わう中を、僕たちはひっそりと歩いて行く。

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