【世界最強】のゲーマーたる所以

この世界は全ての垣根を越えた。

理由は単純。

ネットだ。

言語の壁を、文化の壁を、人種の壁を、環境の壁を、たったの一つの世界がすべてを乗り越えてしまった。

検索するだけでほぼすべてを閲覧できる【ネット】というツール。見れない物は無い。不可能ならハッキングしてしまえばいいだけだから。

たかだ通信、たかが電波と侮るなかれ。

それはもはや、世界を越えた。

「うおっしゃ。はい、俺の勝ち~」

一人部屋で勝利を味わいながら、死んだ相手の死体の周りでウロチョロする俺のゲームキャラ。画面の向こう側の人間は今頃怒り散らしていることだろう。直接的に見ているわけではないが、なんとなくその意思が伝わってくる。

そして接続不良を起こして消えた相手のキャラ。

「はあ…………」

マウスから手を離して、背もたれにグダッともたれた。

ゲーミングデスク、ゲーミングマウス、ゲーミングチェア、ゲーミングモニター、ゲーミングゲーミングゲーミング――何なら座っているこれですらオーダーメイドの五百万以上する、モニターとフルダイブ機能が一体型になったゲーミングチェアだったりする。

部屋はこの一台と、大きな棚が二つ。それ以外はほとんどない。飯を食べる時ですらこれを利用しているが、ほとんどが完全食。固形物をここ最近口にしたことがない。

トロフィーを適当に飾っている一方の棚。

優勝の二文字が書かれた表彰状は適当に丸められて部屋の隅の袋の中に収められている。

『地球最強王決定戦 優勝』

それがこの星で一番ゲームが上手い奴がもらえる最強の勲章。

それを部屋の隅に丸めて、ゴミのように置かれているのが笑えた。

「地球って、ちっせえ星だよなあ」

『オンライン接続済み』と小さく表示された画面端、そして俺のアカウントが二位と大差をつけ堂々の一位を獲得している画面。

だがもう一つ――『スペースオンライン接続済み』をクリックすると、たちまち俺の総合ランキングはコンマがいくつもつく場所へと移動した。

「はあ…………」

地球だと敵なしの俺でさえ、たったの地球外へと身を置くことで一瞬にして下位へと送り出されるのだ。

世界は広い、という言葉。

まさに広い。広すぎる。そして深すぎる。

ゲームに限らず、ネット環境によって繋がった地球外へのアクセス。そこには人類がまだ到達したこのない未知の領域が広がっていた。

今でこそその未知に挑戦し、そして活動領域の場を広げつつ昨今ではあるが、それでも彼らに追いつくまでにはまだまだ時間のかかる課題として、宇宙技術への競争が激化していた。そうなると、ゲームのその先、フルダイブ技術が加速的に進み、今ではそれが当たり前のように、ゲームに限らず日常的に使われる技術へと昇華されたのは言うまでもない。

「…………」

俺ももちろんフルダイブ用のアカウントは持っているが、こういったレトロを楽しむのも結構好きなのだ。ドットが好きだ。昔ながらのカクカクしたポリゴンも好きだ。クソゲーですら愛おしい。だからこそ、この加速的に進んだゲーム環境の、PC離れやスマホ離れが進んでいるのが何とも悲しい。

「散歩でもするか」

事実上での世界最強、俺が手にしたゲーム界隈の称号。

今じゃあスポンサーも引く手あまた。

どのジャンルでも負けない実力を持つ俺。

けれど一度『外』に出れば、俺はただのカスに成り下がる。

ドアを開けて外に出ると、空飛ぶ車、立体的映像広告、幾何学的造形美の建物等など。

今では考えられないほどに発展した世界。

進み過ぎた世界。

トンと築一年のマンションの廊下から飛び下りて、重力に従って加速的に落ちていく。泡や地面に叩きつけられるという寸前で、靴から重力波が展開されてゆっくりと地面に着地した。

周囲の人々が俺を見るが、すぐに関心を捨てる。

他の建物からビュンビュン飛び去っていく人々を見ると、今どき俺のしでかしたことなんて日常に過ぎない。この靴を履いていたら飛び降り自殺なんて夢のまた夢だ。普通の靴もあるが、それを履く人間は今どきいない。貧乏人ですらこの靴を履いているのだ。良い時代になったもんだよ。日本。

さらに周囲を見る。

人の形をしていない生命体があちこちにいた。それこそ獣人がこの街で闊歩している。夢が現実になったとはまさにこのこと。

いずれ純粋な人類がこの世からいなくなるんだと思うと寂しい気持ちになる。

ただの街に、ツアーガイドが異星人たちを引き連れている。食べ物のマークが入った旗を揺らめかせ、巨大な食堂へと入り込んでいった。

「食の国、日本かあ」

飯が旨い、ということで異星人の注目の的となっているこの国。

アメリカではワイルドで巨大さを象徴する建物を、ヨーロッパでは真摯で紳士かつ趣のある伝統を、といった具合に、異星人たちに対する観光誘致、もしくは移住計画を進めているとか。この国にはない積極的な勧誘を進めているのが現状だったりする。

恋愛市場では、異星恋愛がSNSでトレンド入りしているくらいだ。

もはや人種がどうこう、肌の色がどうこう言っている場合ではなくなってしまった。

とはいえ、文化そのものが無くなってしまったわけではないので、地球産文化交流は盛んである。

まだまだ十年間の出来事なのだ。これからもっと激化して激変いくことだろう。

だからこそ――。

「寂しいなあ」

街の外にでなければ自然をまともに味わえない段階にまで来ている今日この頃。

公園も砂場や遊具が消えて、より発展的なものへと変わっている。

親が言っていた「昔はそれで良かった」っていう言葉の意味が解る。

「あ、も、もしかしてGENさんですか?」

歩いていると声を掛けられた。

日本人、そして異星人の若いグループだ。

「そうだよ」

と答えると、ワッと盛り上がる彼女たち。

「ファンですっ。サインしてくださいっ」

と映し出される電子モニター。

解析すると、コピー不可のデータを使用しているらしい。

「いいよ。名前は?」

聞きだした名前を基に、サインを書く。

さらに盛り上がる。

それを聞きつけて駆け寄ってくる老若男女。

団子状態になった。

とりあえず、求められるだけ応じて、皆が満足するまでその場のノリで、色々と話をしたり握手したりサインを書いたり、大きくモニターを映し出していきなり生配信をした。行き交う人たちすらも巻き込んで、大騒動にしてしまった自覚を持ちながらも、配信するときの勢いでやってしまったもんだから街中がドーム会場ばりに人が集まって盛り上がってしまった。

楽しかったし、楽しんでもらえたからそれはそれで良かったんだけれど、その後に警察が大勢突撃してきて強制的にお開きになった。当の犯人こと俺は人ごみに紛れてささっと退散である。

後日家に突されて厳重注意されたのはまた別の話。

加えて電話で、事務所の人に怒られたのもご愛敬だ。

人込みから離れて街の外。

一変して未来感のある風景が、レトロな一軒家やアパートの集合住宅へと様変わりする。なんなら、歩き続けると畑や田んぼを見かけるのだから、当然ちゃあ当然だ。

色々な意味で格差やら区別やらが起こっているのだ。ジェネレーションギャップがより増して深刻化しているのが事実。

この畑も田んぼも、もはや生活の一部だから切り離したくないというその人の都合である。今では人工で米や麦、リンゴや塩を生成できるし、速攻で森林を回復させ砂漠を無くせる時代でもあるのだ。食糧問題はまるっと解決。良い時代になったものだ。

いや、ある意味悪い時代にもなったともいえる。

そのせいで企業や富裕層、果ては対称的な研究者たちと一悶着あって深い溝を形成した。一時、リッター数円の人工ガソリンとかあったんだ。次世代に移り変わるなら相応の破壊はあって然るべきだが、そう簡単な話ではない。

けれど一つのことを独占したり固執し続けられる暇はないのだ。

下手すれば異星人による侵略だってあり得た。それを未然に防いだのが各国の頭なのだからすごいことである。まるで奇跡だ。

――住宅地を抜けて、さらにその奥へと進む。

田舎。

とことん田舎。

旧技術のエンジン車が煙をふかして通り過ぎていく光景はなかなかに古い。

むしろ俺みたいな人間がここに来ること自体、ある意味ご法度だったりする。

睨まれる視線を無視して、俺は田舎道を進んだ。

「じいちゃん、いるか?」

不用心にも鍵を開けっぱなしの玄関を開けて呼び掛ける。

「来ると思っていたわい、小僧」

廊下に出迎えてくれた一人の男。

齢七十歳を超えているもまだまだ現役のご老人。

街から移住してきた、悪く言えば時代に合わなくなってしまった人。

ここで事務仕事をしながら一人で生活を営む孤独者。

という設定。

十年前、よりもさらに大昔から住んでいるらしい異星人。

ゲームで知り合い、ゲームで仲良くなり、ゲームで競い合った仲の、小学生から付き合いのある人だ。俺の師匠でもある。

「ふん、散歩のついでか馬鹿馬鹿しい」

「俺の心を覗くなよ。思い立ったが吉日ってな。久しぶりに来たんだからまともな挨拶くらいしたらどうだ?」

「そんな暇はないわい。むしろお前がここに来ること自体、もはや時間の無駄じゃ」

「そんなことはない。じいさんに会うことは俺にとっては嬉しいことで、誉なことだ」

「……最近、うまくいっていないようじゃな」

クルリと反転して、廊下を歩いていく。俺も靴を脱いでそれを綺麗に整え、小さくお辞儀をして廊下を歩く。

木造建築のためか、床がギシギシと鳴っているのが懐かしい。

「この家での生活ももう一年じゃ」

「だから心を読むなって」

「一々お前の言葉を聞いていたら日が暮れてしまうわ」

「それでも言葉のコミュニケーションってのは大事だぜ?」

「馬鹿馬鹿しい。効率と生産性を求めるワシからすれば、いや――我々からすれば、そんな意思疎通は無駄にすぎないのだよ」

「おいおい、口調が戻ってるぞ」

「――ああ、つい癖でな」

居間に入ると、六十五インチの巨大なテレビが俺を出向かてくれた。

「またデカくなったなあ」

「ゲームをするにはこれくらいあった方が小さな動きを見抜ける」

そして椅子に座った。

フルダイブ機能が付いたかなり高級のそれを。

「それ、俺が使ってるやつと同じモデルじゃん。よくそんなもの買えたな」

「お前のはさらにオーダーメイドじゃろう? 旧ゲームやそのほかの機能も備えた、お前だけの」

「だから心を……ああもういいや」

床に座って、申し訳程度の小さなテーブルに頬杖をついた。

「そうだよ。最近うまくいってない」

「そうじゃろうな。お前はたかだか人間。特殊能力をごまんと携えた宇宙人に勝てる道理も無い」

「特殊能力の開発をしている現段階じゃあ、まともに一般生活に落とし込むまで時間がかかる」

「能力開発のベータテストがあるが、お前は行かなかったのか。何ともチキンな奴じゃのう」

「失敗すりゃあ廃人だぜ? 俺はごめんだ」

「では、他の奴らが能力開発に成功した後に往くのか? それでは遅い。特殊能力の片鱗すら開花できた人間は、この星の秀才を一瞬にして抜き去る。それはお前が一番よく理解していることじゃろう?」

「それで脳みそがパアになっちまったらと本末転倒だろうが」

「まあよい。お前の後悔しない道を選べ。せっかくじゃ、やろうか」

テレビのモニターがひとりでに点いた。傍らのゲーム機が最新のそれへとトランスフォームし、何も無い宙から作り出されたソフトが機械の中へと吸い込まれていく。

「お前は最近、これに敗けたのじゃろう?」

原始的で最高峰のゲームジャンル。格ゲー。

宇宙での操作方法は全て平均的に統合された操作性で統一されており、この地球から始めて参戦した俺でさえ、若干ながらに似ているその操作に度肝を抜かれたくらいだ。

つまり、この宇宙の知的生命体の類似性が極めて高いことを意味する。

姿形が似通っていなくとも、在り方が似ているというか。

だから他の星では今も戦争を繰り広げている星も珍しくないらしい。

「人間は愚かだ、と考えていない」

俺はじいさんを見た。

「生命が等しく愚かで下らないのだ。そしてまた美しいのだよ」

瞳がいつの間にか七色に輝いていた。見たことのある色合い。つまり色の原則もほとんど同じだということ。

「さあ、始めようか。拓海」

ゾッとするほどの重苦しい集中力。

いや、それを集中していると読んでいいのか。

言葉では言い表せられない空気感を読み取って。

俺は冷や汗を流しながら画面に向き直る。

「……吠え面かかせてやるッ」

「やれるものならな」

ゲームが始まった。

――俺が彼からもぎ取った勝利は、今日まで一度としてない。

だからこそ俺はこの星で一番強い。

今は特殊能力が無くても、特殊能力を得た奴らが現れたとしても。

そんな付け焼刃な奴らに敗ける道理はねえ。

「だあああああクソがああああッ、煽るんじゃねえええええッ!」

画面内でおかしな動きをしながらクツクツ笑うじいさん。

俺はキレる。

ダメージバーはほんの少し減らした程度。

「少しは成長したようだな」

「まだだっ、勝つまでやるっ」

「それは面白い」

期待されている。

これまで大層退屈な生を、窮屈な生を送ってきたのだろう。けれど俺はそんなものをプレゼントしてやる気は毛頭ない。

「死ぬまで続けてやるよ、クアランッ」

「それは困るな、鬱陶しい」

【YOU LOSE】。

「だああああああああああああああああああああああああああッ!」

俺の絶叫が木霊した。

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