第40話 一度は信じた想い……

 こうして、無事に和解した二人。互いに深い事情は知らずとも、信頼に足る人物と思えたのが嬉しいのか、自然と笑みがこぼれる。それはまるで、長年連れ添った仲間のように……。



「ふふっ、素直じゃないですね。それよりも、少しは分かって頂けましたか。本来、力とは愛する人を守るためのもの。何事も暴力で解決できるなんて、1つとしてありません。ましてや無抵抗の人に拳を振るうなど、決してあってはならないこと。そのような有り余る力があるのであれば、人々のために使われては如何ですか。そうすることで、お父様も后土こうど様のお気持ちを理解してくれるのではないでしょうか。だから焦らなくとも、少しずつ伝えればいいのです。いずれ想いは形となり、閉じた心を解放するはず」

「そっ、そう簡単にいくだろうか……」


「はい。必ずやその想い伝わると信じ、無事解決するよう心よりお祈りしています。そしていつの日か私達と共に高みを目指し、人々を導ける日が来るといいですね」

楼夷るい……亘羅こうら。俺のために、そこまで考えてくれていたのか…………」


 こんなにも激しく向き合ったのは初めてではないだろうか。二人の間にわだかまりはなくなり、寄り添い合う感情が芽生えようとしていた。こうして楼夷亘羅るいこうら后土こうどに掌を差し出し、優しく微笑みかける。


 そんな時だった――。息を切らせ、突如として現れる吒枳たき。二人から少し離れた場所に身を構え、声を大にして呼びかける。


「――楼夷亘羅るいこうら、もう大丈夫だよ! 先生を呼んでおいたからね、もうじきしたら来ると思う」


 どうやら吒枳たきは逃げたのではなく、指導者である永華えいかを呼びに行っていたようだ。


「ぐぬぅ――、吒枳たきの野郎。またしても俺の居場所を奪うというのか! 先生や楼夷亘羅るいこうらの陰に隠れ、自分じゃ何も出来ねえくせに!」


 吒枳たきが現れた事により、猛烈に感情をあらわわにする后土こうど。掌を強く握りながら唇を噛みしめる。


「――どうしたのですか、后土こうど様。少し落ち着いてください! 吒枳たきは、私達の喧嘩を止めようとしただけです」

「止めようとだと! そもそも、それが気に食わねえんだ‼ 本来なら、身を挺して割って入るのが仲間というもんだろ!」


 取り乱す后土こうどの腕にそっと触れる楼夷亘羅るいこうらは、優しく話しかけ諭すように宥める。


「そうですが、その言葉は強い者だから言えること。それに吒枳たきは誰も傷つけたくないのです。たとえ今まで虐げられてきた后土こうど様であっても」

「なるほどな。だからといって、何でも人任せにしていいという問題じゃねえ。もし愛する者が目の前で殺されたら、お前ならどうする‼」


 落ち着いた顔つきで話していた后土こうどであるが、不意に声を荒げ楼夷亘羅るいこうらへ問いかける。


「それは……多分……」

「想像がつかないなら、分かりやすく言ってやろう。いつも一緒にいる伊舎那いいざなだったか? お前の女が、俺や親父のような目に遭ってみろ。それでも、誰も傷つけないといえるのか!」


 真剣な眼差まなざしで心の想いを語りかける后土こうどたとえを交えて話す事柄に、楼夷亘羅るいこうらは言葉を失ってしまう。


「いっ、伊舎那いざなとはそんな関係ではありません。ただの…………友達です」 

「ふっ、その顔はまんざらでもないようだな。じゃあ、どうなんだ!」


 俯き恥じらう楼夷亘羅るいこうらの姿に、后土こうどは何かをつかんだ様子で問い詰める。


「はっきりとは言えませんが、許せない……だろうと思います」

「そうだろう、それが人の本性なのさ! 他人であれば何とでも言葉を並べれるが、近しい人ならそうはいかねえ」


 母親の想いを信じ貫き通す楼夷亘羅るいこうらも、いざ伊舎那いざなを重ね合わせれば戸惑いを見せてしまう。その姿に恥じるべきではないと話す后土こうど。それは誰もが心の奥底に持つ、真の姿であり羨望せんぼうの感情と伝える。


「ですが后土こうど様。私とて確かに許せないかも知れません。けれど分かり合おうとすれば、気持ちは受け入れられるはず。いずれ時が解決してくれるのではないでしょうか」

「ああ、俺もお前と同じようなことを思っていた。だが、そうじゃなかった……」


 后土こうどは含みを込めた口調で淡々とした様子で話すも、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。


「それは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だが、少しだけ話してやろう。人の本性とは醜く卑しいということを」


 一度は信じた想いを何故、諦めたのか。その想いを振り返る后土こうどは、悲観した様子で過去を語る…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る