二章 世天編【人々と共にあり続ける極楽の荘厳】

第41話 儚く散りゆく夢

  ꕤ.。.:*:.。.✿【ここからは、后土の幼き日の過去編】✿.。.:*:.。.ꕤ


 共に手を取り合い人々を導いて行こうと誓う二人。主君の名は天乙てんいつ 子履しり、側近の従者を黄帝おうてい 有熊ゆうゆうという。この者達は海を囲む大陸、極楽の荘厳と呼ばれた大地を任された偉大なる人物。民達からの人望も厚く、優しき心を持った主君であった。


 同じく主君にまでは及ばないが、温厚で明るい性格の有熊ゆうゆう。暇さえあれば民と共に田畑を耕し、いつも安寧の世を願い生活をおくる。そんな二人は主従の関係ではあるも、子履しりは側近に対して家族のように接していた。


 ゆえに、従者は主君である子履しりにいつも寄り添い、心から慕い尊敬していたという。これにより、周りからは変な噂もしばしば。その噂とは、有熊ゆうゆうには生まれたばかりの赤子がいた。名は后土こうどといい父親からは大事に育てられる。ところが、母親は急な出産のため、息子を産んですぐに息を引き取る事になった。


 こうした不幸な出来事を不憫に思う子履しり。母親なしでは可哀想だろうと、后土こうどを我が子同然に愛し二人で育てあげる。これにより、民達からは隠し子ではないのかと疑われるほど。こう思われるという事は、それだけ仲がよさそうに見えたということだろう。


 そんな子履しりではあるが、子供がいなかった訳ではない。若くして二人の子宝に恵まれるも、夫は病により他界。後を引き継ぐ形として、5つの大陸を統率する事になる。それをずっと傍で支え続けたのが、黄帝おうてい 有熊ゆうゆう。後の五帝を纏め上げる人物である。


 このような理由から、大切に育てられる后土こうど。見る間に成長すると、やがて言葉を話すようになる。そんな仲睦なかむつまじい二人の姿を見ていたからなのか。子履しりの事を母上と慕い、にこやかに呼びかける。さすがの父親も、これは失礼にあたると感じたのだろう。


后土こうど、失礼だぞ。天乙てんいつ様は母親ではなく、この大陸を治める偉大なる主君。何度も教えたはずだ』


 実の母親が幼い頃に亡くなったことを、后土こうどは知らなかった訳ではない。父親からは、幾度となく聞かされていたはずだ。


『ですが、父上! 私にとって天乙てんいつ様は主君であると同時に、母親のような存在。こうして呼びかけることも、無礼にあたるのでしょうか』


 物心ついた時から后土こうどの傍には、温かい眼差しで微笑みかける子履しりがいた。誰よりも心ある心情で接し、溢れんばかりの愛情を持って育て上げる。だからといって、優しさだけではなく厳しい一面もあった。本来、他人の子供であるならば、悪さをしても知らぬ存ぜぬが自然な流れ。


 ところが、子履しりは我が子と同じように教育を行っていた。良いことをすれば褒めてあげ、悪いことをすれば真剣に叱る。こういった分け隔てなく接する光景。それはまるで、本当の家族。いつも傍を離れず、母上と呼ぶ后土こうどの姿。その存在を愛しく思い、とても可愛く感じていたのではないだろうか。


有熊ゆうゆう、いいじゃありませんか。后土こうどは私にとって我が子同然、全くもって構いませんよ』

『いや、しかし……』


 子履しりの言葉はありがたくもあるが、安易に受けかねる有熊ゆうゆう。口元に掌を当て、困惑した顔つきを見せる。


『それとも有熊ゆうゆうは、后土こうどの母親が私じゃ駄目なのですか?』

『――いっ、いえ。とんでもございません。むしろ大変喜ばしく、天にも昇る気持ちです』


 そんな困り果てた姿に、子履しりは顔を近づけ覗き込む。その思いもよらない素振りに、驚く有熊ゆうゆうは声を裏返らせ顔を赤らめた。


『うふふ、有熊ゆうゆうは大袈裟ね。でも、ありがとう。そう言ってくれると、お世辞でも嬉しいわ』

『――そんな! 今の言葉は、決してお世辞ではありません。心の底から嬉しく感じております』


 薄っすらと笑みを浮かべる子履しりの表情に、有熊ゆうゆうは胸元の衣服を掴み心の内を伝える。


『じゃあ、后土こうどが今度からそう呼んでも、これからは許してあげて頂戴ね。それと有熊ゆうゆうも、私のことは子履しりって呼んでくれていいのよ。家族のようなものなんだからね』

『はっ、はい。天乙てんいつ様がそう仰るのであれば、そのように従います』


 主君でありながら、家族同様に接する子履しり。その言葉に感謝の意を込める有熊ゆうゆうは、双方の掌を合わせお辞儀をおこなう。


『もうー、言ってる傍からそれなんだもの。ほんとに有熊ゆうゆうは真面目なんだから。でも、そんなところが私は好きよ』

『えっ? いっ、いま何と仰いましたか?』


 一瞬の出来事に子履しりの言葉を聞き逃す有熊ゆうゆう。とはいえ、雰囲気だけは捉えることが出来たのだろう。茫然と佇み、その場に立ちつくす素振りをみせる。


『うふふ、何でもないわ。そんなことよりも、早く大陸の見回りに行くわよ』

『まっ、待って下さい――天乙てんいつ様。ほんとに聞こえなかったのです』


 こうした穏やかな日々が永遠に続くと、何も疑わず有熊ゆうゆうは信じていた。しかし、実際には階級制度が作られてからというもの、安らいでいた世にも陰りが見え始めた。よって、民の心はいつしか澱み、怨恨や嫉妬といった感情が生まれつつあった。


 これを阻止するため、憂い悩み大陸の巡回に務める子履しり。貧しい人々に声をかけては、手を差し伸べながら心を解きほぐす。一方、有熊ゆうゆうは恵まれない者達へ物資を与え、少しでも生活が楽になるよう努めた。このように自らのことよりも、民達の平和を第一に考えてきた二人であったのだが…………。

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🪷【この世に理想郷が生まれた由縁】🪷やがて解き明かされる真実。この物語の始まりは、ある人物が残した備忘録から始まった……。 みゆき @--miyuki--

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