第28話 導かれるは、地下への道

 こうした伝書のような書物。名家に生まれた所以ゆえんであろうか、読み解くためには時間がかかるも吒枳たきには不思議と理解することが出来たらしい。そんな古文書ではあるが、過去にも読まれた形跡があった。


 というのも、よくよく確認してみれば、書物には栞らしき紙が挟まれていたからだ。これにより、作られた時代を考察したところ、材質からいえるのは千年前であろう。よって、状態から見ても次に古文書を手にした人物は、おそらく吒枳たきであるに違いない。



「――といっても、まだ最初の方しか解読してないんだけどね。雰囲気からして、数千年前のことが書かれてると思うよ」

「数千年前? ……っていったら、この大陸が出来たと噂される頃か?」


 その書物がよほど楽しみなのだろう。吒枳たきは心弾ませ、嬉しそうに古文書の内容を話す。


「そう、文脈が合ってればなんだけどね。どうやらこの世界は、その時に一度消滅したらしいんだ」

「消滅?」


「うん。詳しいことはね、まだよく分かっていないけど。でも、書物の一部を抜粋すると『黒炎を纏う者現れ、世界を危機的状況に陥れた』そう記されていたんだ。ということは、もしかしたら聖魔大戦のことを言ってるじゃないかな?」

「聖魔大戦……っていうと、何人もの聖者が命を落としたとされる大虐殺のことだよな? だけど、その話って、作り話じゃないのか?」


 千年前の時代に、誰かが書物へと記した事実。しかし、それはあくまでも噂話。というのも、別の歴史書によれば大虐殺など一切なく、むしろ平和で豊かな時代であったという。けれども、なぜ今この時代になって再び現れたのか 謎は深まるばかりである……。


「そうだね。過去に大虐殺があったなんて、僕も信じられないよ。事実はうやむやに葬られたみたいだけどね。でも、この古文書を読み解けば何か分かるはず」

「事実が葬られた……? ――っていうか、そんな珍しい書物をよく見つけたよな」


「まあね、あんなとこに隠し通路があるなんて、誰も知らないと思うよ。僕も偶然見つけて、暫く驚いていたからね」

「隠し通路? 書庫の中にあったのか?」


 吒枳たきから伝えられた驚愕の事実に、楼夷亘羅るいこうらは思わず声をあげ聞き耳を立てる。


「うん。書庫の地下に作られた、小さな部屋。僕がやっと入れる大きで、数冊の書物が収められていたよ」

「小さな部屋って? 俺も何度か行った事はあるけど、そんな場所なんて見たことないぞ」


「――だろうね。実のところ、僕も花瓶を落とさなかったら分からなかったよ」


 吒枳たきが呟く謎めいた言葉の意味とは……。 


「花瓶?」

「そう」


 前夜、永華えいかから書庫の掃除と整理をするよう指示されていた吒枳たき。このような雑務は言いつけではなく、自ら進んで行っていたという。というのも、一般の者が部屋を使用していい時間は夕刻まで。それ以降は、清掃のために読書は禁止される。


 よって、用事が済めば自由に書庫を使用してもいいという許可を得ていた。これにより、吒枳たきは早く読書がしたい思いから、慌てて周りの片付けをしていたらしい。そんな時――、誤って花瓶を床へ落としてしまう。


 結果、陶器は割れてしまい、中に入っていた液体を周囲へまき散らすことになる。結局、急いては事を仕損じる。これに気付いた吒枳たきは、落ち着いて行動をすることに務めていた。こうして、陶器の欠片を集め、水を床石の目に沿ってほうきで掃きならしていく。


 やがて隙間へ染み入る水は、一定のリズムと共に微かな響きをもたらした。その音は静まり返った雨夜のように、五感に伝わる心地よい感覚。ゆえに、暫く耳をすませ情景を思い浮かべていると……。――ふと、共鳴に違和感を感じた吒枳たきは、顔を近づけ床石を軽く叩いてみた。


 すると――、思った通りの状況である。音は反響して伝わり、ひんやりとした風が頬を優しく撫でてゆく。これにより、一つの仮説をたてる吒枳たきは、断定ともいえる事柄を想像する。おそらく、この下には何かがあると…………。

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