第27話 過去を記したとされる古文書

 永華えいかは宝珠で水を顕現させると言っていた。けれど、出番というのは一切なく、何に使用するつもりだったのだろう。こうした重い空気が張り詰める中、授業の終わり告げる鐘が時を知らせる……。


「では、今日の授業はこれで終わりとします」


 元気なく終業の挨拶を済ませる永華えいか。上位者に報告するため、亀裂の入った宝珠を丁寧に風呂敷へ包み込んでいく。


「今日の先生、何だか元気なかったね」

「そっ、そうだな……」


 いつもと違った永華えいかの雰囲気に、二人は心配そうに言葉を交わす。

  

「ところで、楼夷亘羅るいこうらはこれからどうするの。また、いつもの特訓?」

「いや、今日はちょと用事がある」


 本来なら授業が終われば広場へ向かい、体術の修練に励んでいた楼夷亘羅るいこうら。ところが、珍しく別の目的があると、すぐさま指導者の元へ向かう。


永華えいか先生、先ほどの件は自分の不注意です。大切な宝珠に亀裂を入れてしまったこと、本当に申し訳ありません」

「いいのよ、気にしないで。形あるもの、いつかは壊れるって言うでしょう」


 宝珠の責任を問われ、間違いなく叱られるに違いない。楼夷亘羅るいこうらは、思いを巡らせ覚悟を決める。しかし、永華えいかはいつになく優しい言葉で話しかけた。


「でも……」

「ありがとう、ほんとに大丈夫よ。そうやって、気にしてくれるだけで十分。それすら、感じない子もいるみたいだからね……」


 永華えいかは溜息混じりに呟きながら、自らの席で踏ん反り返る后土こうどを一瞥する。


「でしたら、先ほどの宝珠を少しだけ見せて貰うことはできないでしょうか」

「……いいけど、一体どうするつもり?」


 亀裂の入った宝珠を、まじまじと見つめる楼夷亘羅るいこうら。これを不思議に思う永華えいかは、首を傾げながら状況を尋ねてみる。


「はい。それは亀裂がどれほどか、状態を見させてもらうだけです」

「まぁ、それぐらいなら差し支えないかしら」


 永華えいかは風呂敷に包み込んだ宝珠を再び取り出し、球体を楼夷亘羅るいこうらにゆっくりと手渡してみせた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。では、確認させて頂きますね。えっと……少々欠けてはいるが、幸いにも割れてはいないようだ。よし! これだったら、どうにかいけるかも知れない」


「どうにか?」


「あっ、いえ、単なる独り言です。それよりも、この宝珠を二日だけ貸しては貰えないでしょうか。無理であるなら一日でも構いません」

「そう言われてもねぇ、規則で決まっているから」


 必死な様子で懇願する姿に、永華えいかは口元へ手のひらを当て困った表情を浮かべていた。


「そこをなんとかお願いします! ご迷惑は絶対にかけません」

「どうしようかしら……亀裂の入った宝珠なら問題ないわよね。じゃあ、分かったわ。ただし一日だけよ」


 心憂い様子で訴えかける楼夷亘羅るいこうら。その切実なる想いが届いたのだろう。どうにか永華えいかから了承を得ることが出来た。  


「――本当ですか、ありがとうございます。これで自分の心も晴れるというもの」

「それにしても、不思議な子よね。宝珠をどうするか知らないけど、なぜか貴方にお願いされたら断れないわ」


 本来であれば、戒律に厳しい永華えいかから理解を得るなど不可能なこと。その気持ちを変化させたのだから大したものである。こうして亀裂の入った宝珠を受け取る楼夷亘羅るいこうらは、風呂敷の中へ優しく包み込み吒枳たきの元へ戻る。


「じゃぁ、吒枳たき。俺は部屋へ戻るけど、これからどうする?」

「僕のことなら大丈夫だよ。今日は書庫で本を読むことにしていたからね」


 講義が終われば、自らを高めるため特訓を行っていた楼夷亘羅るいこうら。それ以外にも、体術が苦手な吒枳たきの稽古もつけていたという。このような理由もあり、お互いは気遣う様子をみせるが、予定は重なることなく二人は安心を得る。


「じゃあ、ちょうど良かったよ。っていうか、今日はやけに嬉しそうだな」

「そうなの、やっぱり分かる? じつはね、凄い書を見つけちゃってさ」


「凄い書?」

「うん。多分、過去を記した古文書じゃないかな?」


 前日、書庫で調べ物をしていた吒枳たきは、偶然にも一風変わった不思議な書を見つけることになる。ところが、書かれていた言葉は難読文字であり、普通の者達には読み解けない貴重な代物であったという…………。

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