第26話 哀しみ故の憎しみ 

 講義を行うための準備は全て整い、永華えいかは淡々と授業を進めていた。しかし、先ほどの件が気になるのだろう。時折、亀裂の入った宝珠を見つめては言葉を失う。


「――先生、そこは先ほど説明を受けましたよ」 

「あっ、あら、ごめんなさいね。そうだったかしら?」


 何度も同じところを読み返すことで、院生から指摘を受ける永華えいか。ほどなくすると、今度は文脈を違う文章と繋げて読み返す有り様。物思う素振りを見せ、心はまるで上の空。どうやら授業に身が入らない様子。

 

「ふふっ、何とも笑わせてくれる光景。序列に乗じて、いい気になるからだ。本来なら、俺たちの方が位は上。しゃしゃり出るんじゃねえよ」


 どうやら、呟きは制度のことを言っているようだ。であるなら、父親から事情は聞いており、吒枳たきだけをいじめていた理由も分らんでもない。だからといって、何が后土こうどをこれほどまでにゆがめてしまったというのか。


 厳しく育て上げられたとは聞くが、原因はそれだけではないように思える。本来なら黄帝おうてい家はこの場に存在していないという。今でこそ大陸を管理し全てを纏め上げる身分だが、元は虚空山の大陸を管理していたのは五帝の一人天乙てんいつ。この側近をしていたのが后土こうどの父親である。


 では、この天乙てんいつという人物。虚空山の大地へ屋敷を構えるだけあって、千年前に存在した天帝との繋がりがあるのかも知れない。今となっては定かではないが、何かしらの所以ゆえんがあるに違いない。


 なぜなら、家柄は四家とまではいかなくも、過去の代から五帝を従えた由緒正しき家系。こうした人物は一見すると傲慢のように思えるも、人望も厚く民達からは家族同然のように慕われていたという。


 ではどうして、側近の黄帝おうていが今世の五帝を取り纏めているのか。その原因は、悲しき過去の惨劇が関係していたという。この事態を重く見た天乙てんいつは、制度が可決される前から異を唱え猛反発していた。


 けれど、強行採決に持ち込む四家の者達。やがて決議は下され、四つの階級【僧侶・武人・商人・平民】が生まれる事となる。これにより、民は力を有していた天乙てんいつが新たな法案を決議したと勘違いした。


 こうして行き場のない者たちは、一揆とも思える反乱を起こし屋敷へ火を放つ。これによって、民に焼き殺された天乙てんいつ。やがて、焼け跡の金庫から出てきた一通の遺言書。


『私の命尽きるとき、貴方が虚空山の大地を管理するのです。でなければ、混乱する世は静まるどころか、尚も増すばかりでしょう。それを正し、乱れた五帝も同じように取り纏めて欲しい。決して民を恨んだり、虐げては駄目です。少し心の想いがすれ違っただけ、なんら責任はありません。悪いのは世を変える事が出来なかった私の不甲斐なさ。そして最後に、ありがとう。いつも支えてくれたこと、感謝していますよ。これからも平和な世を築いていくために、人々を導いてあげて下さいね。貴方なら必ず出来るはずです。頼みましたよ、黄帝おうてい…………』


 これを書き記していたという事は、もしかしたら死を悟っていたのだろう。遺言を哀しみに満ちた表情で確認する黄帝おうてい。突然にも主君を失い、焼け跡に一人佇み泣き崩れた。いつまでも、いつまでも声がかれ果てるまで…………。


 その後は、主君亡きあと五帝を取り纏めていく黄帝おうてい。想いを引継ぎ、自分だけでなく息子にも徹底した教育を受けさせる。そして芽生えるもう一つの感情。形は違えど、死に追いやった制度を作り上げた者達への憎しみ。

 

「ふはは、ざまぁ、ねえぜ。いつか見てろよ、俺が全てを治めてやるからな」


 未だ忘れられぬ過去の恨み。復讐、憎悪、いまも続く怨念は根深く残り続けるのであった…………。

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