第25話 対立する二人の院生

 こうして二人の喧嘩が勃発するも、院生達は巻き添えを食わないよう遠目で眺めるばかり。このような行動を予測していた楼夷亘羅るいこうらは、素早く距離を取り后土こうどの拳を交わそうとする。


 そんな中――、タイミングよく手を摑む者がいた。それは他でもない永華えいかである。その行動に呆然とする二人。すると、すかさず厳しい口調で言葉をかけた。


「――后土こうど! 私の前で、いい度胸をしていますね。この手は一体、何なのですか!」

「こっ、これは、そのぉ……」


 后土こうどの背面へ立ち、低く重みのある声で呼びかける永華えいか。今まで見たことがない顔つきで、睨みをきかせる。


健気けなげにも床へ伏せ、楼夷亘羅るいこうらは土下座までしていたというのに。貴方の心には、慈悲という想いはないのですか!」

「――でっ、ですが先生、騙されないで下さい。楼夷亘羅るいこうらは演技をしているだけなんです。これっぽちも反省などしておりません」


 声を張り、楼夷亘羅るいこうらを指し示す后土こうど。何か企んでいるに違いないと、永華えいかにその旨を伝える。


后土こうど様、それは余りにも酷いお言葉。私はとても悲しゅうございます」

「この野郎――!! 恥ずかしげもなく、まだ言うか!」


 声を震わせ、そっと顔を上げる楼夷亘羅るいこうら。潤ませた瞳で切なげに后土こうどを見つめる。


「これほどまでに哀しみを浮かべた表情、どうして后土こうどは信じてあげる事ができないのでしょう。一体、この姿のどこに嘘偽りがあると言うのです」

「そっ、そうですが……」


 迫真の演技に騙される永華えいか后土こうど。同じように、周りの院生達にも悲しみ悩む楼夷亘羅るいこうらの姿が映る。けれど、そっと俯く瞬間、吒枳たきの目には笑みを浮かべる様子が窺えた。


「もう大丈夫よ、楼夷亘羅るいこうら后土こうどの事は気にしなくていいから、席に着きなさい」

「ありがとうございます、永華えいか先生。ですが、散らばった宝珠を集めなくてはなりません」


 永華えいかは優しく楼夷亘羅るいこうらへ話しかけ、自らの席に着くよう伝える。


「いいのよ、そんな事まで気にしなくても。これは后土こうどへ与えた雑務ですもの、こちらで回収するわ」

(――ちっ、楼夷亘羅るいこうらのやつめ……)


 唇を噛みしめ、必死に宝珠を集めていく后土こうど。いつもなら暴言を吐いているというのに、今回ばかりはやけに素直である。何故なら、次に何かを起こせば、説教部屋が確定していたからだ。


「せっ、先生。全て集め終わりました」

「では、引き続き配付をお願いいたします」


 后土こうどは集めた宝珠を永華えいかの指示により、再び個々の机上きじょうへ置いていく。ところが、突然にも一人の院生が指導者を呼びかける。


「――先生! 僕の宝珠、少し亀裂が入っています」

「本当ですか?」


 それは法具師が時間をかけ、院生達のために丹精込めて作った貴重な代物。破損させたとなれば、永華えいかであろうとお叱りもの。すぐさま生徒の元に駆け寄り宝珠を確認する。


「これは……確かに亀裂が入っていますね。では今日だけ、特別に私の宝珠と交換してあげましょう」


 宝珠が破損したのは多分、倒れかけた楼夷亘羅るいこうら后土こうどが重なり合ったことが原因に違いない。これにより、仕方なく自らの真正宝珠本物と取り替える永華えいか。亀裂の入った物を見つめ、どこか切なげな顔をしていた。


永華えいか先生…………」

(――ふっ、ざまぁ見ろ!)


 こうした状況に、楼夷亘羅るいこうらは申し訳なさそうな面持ちで永華えいかを見つめる。一方、いい気味だとばかりに、后土こうどは薄ら笑いの表情を浮かべ囁くのであった…………。

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