第24話 良からぬ企み

 管理室から承認を得てまで借り受けする宝珠。貴重な代物でもあるという事から、いつもは永華えいか自身が個々へ手渡しにて配付していた。ところが、今回は押した時間を取り戻すためだろう。誰かへ配って貰おうと、周りを見渡し院生達を物色する。

 

「えっと……それじゃぁ、宝珠は午前の部で騒がしかった后土こうどへ配って貰おうかしら」

「――えっ、俺ですか!」


「おや、何か不満でもあるの?」

「あっ、いえ。よっ、喜んで配らせて頂きます」


 有無を言わさず、淡々とした口調で話す永華えいか。冷ややかな目つき、威圧する低い声。このような素振りを見せられた后土こうどは、声をこわばらせ仕方なく引き受ける。


(――っくそ、何で俺がこんな事を……)


「何かいいましたか?」

「いっ、いえ。独り言ですので、お構いなく」


 永華えいかに言われるがまま、后土こうどは台へ纏められた宝珠を渋々院生に配り始めた。一方、昼の件が納得できない楼夷亘羅るいこうらは、不服そうに吒枳たきへ話しかける。


「――ったくぅ。あいつさえいなければ、ゆっくり弁当が食べられたのにさ」

「いいじゃん楼夷亘羅るいこうらは、僕なんかお茶みに行ってたから一口も食べてないんだよ」


「そりゃそうだけど、なんか腹の虫がおさまらないよなぁー」

「そんなのは身勝手な言い分。それじゃぁ、やってる事はあの方と同じだよ」


 何かしでかさないように、楼夷亘羅るいこうらへ前もって注意を与える吒枳たき心憂こころうい表情を浮かべ、后土こうど一瞥いちべつする。


后土こうど……? そういえばあいつ。午前中、吒枳たきに足を引っかけ、からかっていたよな。そういうことなら話は別じゃないのか)


 吒枳たきが教典を配付していた時、転ばせて嘲笑あざわ后土こうど。あたかも人ごとみたいに、修練が足りないと侮辱していたことを思い出す楼夷亘羅るいこうら。この状況から察するに、何やら良からぬことを企んでいるように思える。


「ふふっ……」

「んっ? どうしたの楼夷亘羅るいこうら


「いや、何でもないさ。お前の辛い気持ちは、俺がしっかりと受け止めているから心配するな」

「心配?」


 楼夷亘羅るいこうらの話す真意はよく分からない吒枳たき。しかし、いつも気にかけてくれていた気持ち、それは十分すぎるほど感じていた。その優しき想いとは別に、まさか后土こうどへ仕返しを企んでいるなど思ってもいなかった……。



 こうして指名を受けた后土こうどは、宝珠を慎重に持ち歩きながら楼夷亘羅るいこうらの前を通り過ぎようとした。


 その瞬間――!!


「おっと、筆が床へ落ちちゃったぞ」

「おっわぁっ!!」


 勢い良く床へ転げ落ちる筆。これを取るために身を乗り出す楼夷亘羅るいこうらは、く手を阻み進路を妨害する。そんな突然の状況に、后土こうどは身をかわす事ができず、覆い被さる形で宝珠をまき散らす。


「これはこれは后土こうど様、配付の邪魔をしてしまい大変申し訳ございません」

「――ちっ、またお前か! このくそ野郎が!!」


 両手を床へ軽く当て、少し頭を下げる楼夷亘羅るいこうら謝意しゃいを込め心から詫びるも、后土こうどは相変わらず容赦なく暴言を吐く。


「くそ野郎? なんと、后土こうど様ともあろうお方が、そんな乱暴なことを言うなんて嘆かわしい。お下品なのは顔だけでなく、言葉遣いもだったとは知りませんでした。とにかく、この程度のことも防げないとは、修練不足であったということですね」

「――くぅっ、なんだと楼夷亘羅るいこうら!!」


 先ほど同様に、楼夷亘羅るいこうらはおどけた表情を浮かべる。この馬鹿にしたような素振り。ついに堪忍袋の緒が切れる后土こうどは、掌を強く握りしめ、殴りかかろうとするのであった…………。

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