第23話 個々の能力を高めるために

 世の時は、梵鐘寺院堂の鐘の音が二打を鳴らそうとする頃。憩いの場から、ほどなくして教室へとたどり着く二人。急いで自らの席へつくと、授業を受ける準備を始める。


「良かったな、吒枳たき永華えいか先生まだ来てないから、ぎりぎり間に合ったんじゃないか」

「うん。多分、あれじゃない。今日は詠唱の授業をするって言ってたから、管理室へ宝珠複製品を取りに行ってると思うよ」


「管理室? そっかぁ……真正宝珠本物じゃないにしても、貴重な宝珠だもんな」

「そう。色々と承認がいるからね、借り受けするのも時間がかかるみたい」


「ふーん、そのお陰で怒られずに済んだってわけか」

「そういうこと。でも先生は時間に厳しいから、直前だと怒られてたかもね」 


 午後から始める授業はどの組みも同じ時刻で始まり、未の刻13時から15時である正刻14時と決まっていた。これに伴い時の鐘十二時辰も以前は、正刻14時であれば八つ鳴らされていた。ところが、ややこしい理由から今では通常通り現代の時刻に合わせ、鐘を打ち鳴らすようになったという。


 とはいえ、永華えいかは他の指導者と明らかに違う教え方をしていた。それは未の上刻13時40分から院生達に準備を始めさせ、正刻14時までは集中力を高めるために瞑想を行う。こうした訓練は院生から反感を持たれるも、威圧的な面持ちで難なくはねのけられる。


 これにより僅かな時間だからと、仕方なく従う院生達。けれども、この施策が功を奏したのだろう。どの組みよりも、優れた結果を生み出した。というのも、心技体どれも永華えいかのクラスは飛びぬけており、年に一度行われる対抗試合でもいつも上位を占める。


 この結果には院生達の技量もあると思うが、少なからず永華えいかの指導が良かったに違いない。それ以来、誰一人として反発する者はいなくなり、従順に教えを乞うようになる。そうはいっても、依然として時間にルーズな楼夷亘羅るいこうら。素直ではあるのだが、少々困った問題児。何かと理由をつけては、遅刻の理屈を言い訳していた。



「でもさぁ、それはそれで不公平だよな。永華えいか先生は遅れても、おとがめなしだもん」

(るっ、楼夷亘羅るいこうら。後ろ、後ろ)


 噂をすれば影がさす。人数分の宝珠を持ち楼夷亘羅るいこうらの背面に佇む永華えいか。それに気づく吒枳たきは、身振り手振りで状況を説明して存在を伝えようとする。


「んっ……?」


 吒枳たきの姿に違和感を覚える楼夷亘羅るいこうら。何事かと、後ろを振り返れば……。


「おや? 何か聞こえましたが、気のせいでしょうか。ねぇ、楼夷亘羅るいこうらさん」


 そこには蔑むような目つきをした永華えいかが、眼光鋭く睨みつけていた。


「――いっ、いつの間に!? ……えっと。さっ、さすが永華えいか先生、気配を消すことがお上手。私も是非、見習いたいものです。あはは……はは」

「それよりも、少し時間が押してしまいました。直ぐに午後の講義を始めますので、始業の挨拶をお願いします」 


 突然の状況に驚きを見せるも、そこはいつものように言い訳を並べる楼夷亘羅るいこうら。上手く誤魔化し、やり過ごそうと試みる。ところが、叱責する事なく授業を進める永華えいか。確かに戯言は聞こえていたはず、なのに咎めない理由は何か事情があるに違いない。


 何故なら、何事も几帳面で理想を追求する永華えいかのこと。遅れた時間を取り戻すため、思い巡らせていたのかも知れない。こうして授業を第一優先に考えた判断のもと、午後の授業を開始する。


「分かりました永華えいか先生。――では皆さん、これから午後の授業を始めるので、私の後に続きお願いします」


 終礼のとき同様に、開始の挨拶を始める楼夷亘羅るいこうら。席を立ち、院生達に呼びかけ唱和を求める。


「全ての教えに感謝を唱え、全ての人に慈悲を与えよ。この世に生まれた希少な魂、有り難い想い努々ゆめゆめ忘れる事なかれ。――午後の授業、よろしくお願いします」


 開始の挨拶を済ませた楼夷亘羅るいこうらは、怒られなかった事に安堵の表情を浮かべる。そのわりには、どことなく少し拍子抜けした様子。このように矛盾した一面を見せながらも、自らの席に着き授業を受ける。


「はい。それでは、午後の部を始めたいと思います。内容は午前の授業でも少し触れましたが、四大元素の水についてです。中々、教典の読み上げだけでは、感覚の方も掴みにくかったかも知れません。そこで、午後の部では実際に宝珠を使って顕現して見ましょう」


 この言葉から言えること。どうやら教典だけだと、元素を顕現させるのは思った以上に難しいのだろう。宝珠を持ち得て詠唱することにより、初めて実現可能となる事柄。一対二個で一組の双剣を思い浮かべれば、状況も分かり易いといえよう。


 こうした理由から、どちらか一方では使用困難な代物。小さな宝珠ではあるも、見かけによらず重く運びづらい。ゆえに、幾つもの数が集まれば、流石に個々へ配布す時間もそれなりにかかる。


 これでは押した分の短縮にはならぬ。そう言いたげな顔つきで、院生分の宝珠を持ち得て永華えいかは暫く周囲を眺めるのであった…………。

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