第22話 能ある鷹は爪を隠す

 聖人が立ち去る姿を見つめながら、一人その場に立ちすくむ伊舎那いざな。部隊と聞こえた言葉が妙に引っかかり考えにふける。すると――、何かを思い出したのだろう。双方の掌を打ち鳴らし、突然にも大きな声をあげた。


「――そうだわ、思い出した! 堅牢けんろう様と一緒にいた方。あの人は大律師だいりっし沙玖羅しゃくら様じゃないかしら」


 伊舎那いざなは一度、沙玖羅しゃくらと会っていた。それは守護者全員が集まった会合の場。だがその時は、堅牢けんろう側付きお世話を始めて間もない頃。下位の身分が馴れ馴れしく話すことも出来ず、交わした言葉は挨拶のみ。自分の事で精一杯だったはず、覚えていないのも無理はない。


沙玖羅しゃくらさまー、ありがとうございました! また何処どこかでお会いした時は、よろしくお願いします」


 大きな声の呼びかけに、沙玖羅しゃくらは前を向いて歩きながら手を振った。こうして見送りを済ませ、七堂伽藍僧侶の住む寺院堂へ戻ろうとするも……。


「そういえば……」


 伊舎那いざなはもう一人いた人物の事を思い出す。そんな中――、ほどなくして現れる吒枳たき。息を切らせながら、急にいなくなった状況を問いかける。


「はぁ……やっと見つけましたよ。僕がお茶みから帰ってきたら、二人がいないんですもん。何処どこへ行ったのかと、心配したじゃないですか。――で、楼夷亘羅るいこうら何処どこへ行ったのですか?」

楼夷るいなら僧院教室へ戻ったんじゃないかしら。今から行けば、直ぐに追いつくと思うわよ」


僧院教室にですか?」

「えぇ、ちょっと色々あってね。だから楼夷るいには、ごめんって言っておいて」


 これまでの内容と経緯を吒枳たきへ詳しく説明する伊舎那いざな。自分の代わりに謝っておいて欲しいと申し出る。


「分かりました。では、それとなく話をしておきますね」

「ありがとう、吒枳たき。じゃぁ私も伽藍寺院堂へ戻るから、後のことはお願いね」


 淡々としたやり取りを済ませる二人。伊舎那いざな伽藍寺院堂に、吒枳たき楼夷亘羅るいこうらの後を直ぐに追いかけた……。



    ✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿



 小走りで歩くこと半々刻30分。少し目の前に楼夷亘羅るいこうららしき人物を捉える吒枳たき


「――あっ、いたいた。ちょっと待ってよ、楼夷亘羅るいこうら!」

吒枳たき……?」


 ようやく追いつき声をかけ呼びかけるも、その様子は元気なく歩く姿。伊舎那いざなの言っていた事を思い出す吒枳たきは、心配そうに楼夷亘羅るいこうらを見つめる。


「どうしたの元気ないけど、僕で良ければ相談にのるよ」

「大丈夫だから、気にしないでくれ」


 吒枳たきは何気なく励ましの言葉をかけるが、楼夷亘羅るいこうらは冷めた様子でうなずき呟くだけ。


「そっかぁ……ところで、さっきの件は聞いたよ。まあ内容からして、それほど悩まなくてもいいんじゃない?」

「はぁー、悩むに決まってるだろ!」


吒枳たきは再び元気づけようと声をかけるも、楼夷亘羅るいこうらは突如として大きな声を張り上げる。


「だっ、だよねー。そうじゃないかと、僕も思ってたんだよ。でもね、伊舎那いざなさんも反省してたよ。だから元気だしなって」


 声量に驚きを見せる吒枳たきは、思わず相槌あいづちを打ち同意してしまう。とはいうものの、伊舎那いざなの言葉はしっかりと伝えなぐさめる。


「反省? 何のこと言ってんの?」

「いや、だから……そんなにも怒ってなかったよって、言いたいの」


 どうやら双方お互いの意見は食い違いを見せ、噛み合っていない様子。


「んっ? 何言ってんのか分かんないけど。俺は弁当が食べれなくて、悲しんでるだけだぜ」

「弁当……? なるほど、そういうことね」


 事の次第を理解する吒枳たきは、あきれた表情を浮かべため息を漏らす。こうして二人は午後の授業を受けるべく足早に教室へ向かう…………。

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