第29話 隠し部屋

 こうして突然の出来事に佇み戸惑うも、一方では目を輝かせ期待を膨らませる吒枳たき。しかし、書庫の清掃は始めたばかりであり、少しも片付いてはいない。本来なら、用件を済ませてからが永華えいかとの約束。けれども、思いの衝動は抑えきれず好奇心だけが気持ちを上回る。


 早速、吒枳たきは床石に掴む場所がないか確認するも、あるのは中央付近に見える小さな穴。やはり気のせいだったのか……。このように諦め掛けた瞬間――‼ 何気に首へかけた経蔵書庫の鍵を手にして呟いた。


『もしかして……?』


 その鍵は特殊な形をしており、長さは六寸18センチ。通常の鍵と比べれば3倍もの大きさ。確かに特殊ではあるも、用途から窺えたのは形ではなく長さといえよう。とりあえず、物は試しとばかりに床石の穴へ鍵を差し込んでみた。興味本位で始めた事だが、ゆっくりと回せば絡みつくような感覚。


 やがて、半周ほどで開錠されたような音が聞こえる。その軽やかな響く音と同時に、床石も少しばかり沈む。これによって、敷き詰められていた部分には隙間ができ手を差し込むことが出来た。ところが、石で作られた床は重く、持ち上げるには一苦労。だからといって、いくら貧弱な体つきの吒枳たきとはいえ、これでもれっきとした男である。


 よって、少々時間はかかってしまったが、やっとの思いで石を取り除く。――と、そこは薄暗く先が見えぬ地下への道。階段はあるが、光源といった物は見当たらない。そのため、蝋燭に火をともし先へと進む。その状況に好奇心は抱くも、臆病な吒枳たきは緊張した様子で周囲を窺う。


 そんな中、洞窟内を突き進むこと半半刻30分。ようやく求めていた目的の場所へたどり着く。だが、そこに映る情景は、吒枳たきが思い描いていた地下世界ではなく、こぢんまりとした場所。空間の広さは四畳半といったところか。ゆえに、少し残念そうにため息はつくも、この場所を見つけた喜びに歓喜の声を上げる。


『――わぁ、すごい‼』


 心の想いは溢れだし、呆然とその場に佇む吒枳たき。なぜこの場所に部屋が必要だったのか、誰が何のために通路をつくったのか。ここへたどり着くまでは、様々な考えを思い巡らせる。されど、いつの間にか不安な思いも消え去り、気持ち赴くまま数冊の書を手に取り確認していたという。


 その後、幾つかの書を確認するも、これらの物はどれも年代を思わせるような代物。従って、ところどころ経年劣化は見られるも、どうにか読むことが出来たらしい。こうして時が経つのも忘れ書物を読み漁るも、やがて微かに聞こえる梵鐘の音が11打の時を知らせた……。


『――え? もう、そんな時間! でも、あと少しだけならいいよね』


 夕食を取ることなく、気がつけば日が変わろうとしていた。ところが、もう一冊だけ読んでから部屋に戻ろうとする吒枳たき。本棚ではなく、机上に置いてあった書物を手にする。そこには都合よく椅子があるため、腰を掛けゆったりと表紙をめくる。すると――、開けば字だけが連なる難読のような古文書。


 とはいうものの、不思議と吒枳たきには理解することが出来た。その書は周りに並べられた物と違い伝書であろう、もしくは備忘録。 そういった日常を書き残した日記のような書物。呼び名は色々とあろうが、古文書といった事に違いはない。先ず、これを記すに至った経緯を思い浮かべてみた……。


 推察するに、当時の世は戦乱。聖域に建てられた七堂伽藍僧侶の住む寺院堂といえど、何があるか分かったもんじゃない。戦犯者や盗賊達、あるいは信仰者を恐れた人々の疑心暗鬼。これらの者達によって、燃やされる可能性も無きにしも非ず。書き記した人物が、後世へと伝えたい心の想いだったに違いない。


 そんな勝手な解釈ではあるが、これが地下の書庫を作り上げた本当の狙い。誰かへ宛てたメッセージなんじゃないのか。吒枳たきがこう感じたのは、古文書の末尾に記された言葉。ここに書かれた手紙のような文体が理由であった…………。 

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