第20話 もう一人の存在……。

 時に、楼夷亘羅るいこうらは先ほどのような状態におちいる事が多々あるという。けれど、普段は大人しく天真爛漫てんしんらんまんな性格。誰にでも優しく接し、自ら乱暴な態度を取ることはない。ところが、何かの条件が重なった場合にのみ豹変ひょうへんした表情を見せる。それはまるで、多重人格憑依ともいえるような光景。


 一つ言えることは、決まって伊舎那いざながいる時にしか起こらない。こうした状況は偶然とも必然とも思える行為。本人いわく、薄っすらと意識はあるようだが、身体は硬直して身動きは不可能。というよりも、動くことは可能であるも、自らの意志とは関係なく行動しているらしい。


 何とも不可解な話しだが、演じているのではなく実際に起きていた事実。加えていうなれば、不思議なことがもう一つ。それは人格転換変貌した状態の時だけ扱える変わった法力がある。正確には神の力とも呼ばれた超人的な能力。五つの能力が存在するという。


一つ、【神足の法力瞬間転移

 距離に限りはあるものの、瞬時に遠くの場所へ到達することが出来る。実際は、つま先に霊圧を加え踏み込むことにより、一足いっそく6間1㎞もの移動を可能にしている。聖者達からはと呼ばれ、一般の者には使用すら困難。そのため、大僧正高僧ぐらいの熟練者でない限り扱うには難しいといえる。


二つ、【天耳の法力思念感応

 姿までは見えないが、遠くに存在する者の声を聞くことが可能である。これにより、歴代の大僧正高僧達は衆生人々の願いや求める意見などを聞くことで、太平の世平和な世の中を目指したとされる。また、中には動物達の声まで聞くことが出来た者も存在していた。しかしながら、真偽しんぎのほどは定かではない。


三つ、【他心の法力精神感応

 相手が心の中で考えた思いや、感じた事を読み解く能力といえる。この法力については、向き不向きはあるものの、ある程度の修練を積めば取得はそれほど難しくない。


 何故なら、二つの術を体得することで必ず身につける事が可能であるからだ。その一つがといった口の動きから言葉を感じ取る能力。もう一つはといい、表情から窺える仕草や態度により心情を理解する。これらの術を使い分ける事で、他心の法力心の読み解きは自然と扱えるようになる。


四つ、【宿命の法力過去知

 その名の通り、現世には天命を与えられ目的を持って生まれてくる。それは運命ともいえる事柄なのかも知れない。自らの行ってきた過去の因縁宿命を受け入れ、定めを理解する事で前世を知る力は与えられる。この能力は必ずしも己を幸せにするものではないだろう。


 もしかしたら、前世の過ち悪しき行いや未練といった負の感情が存在したかも知れない。会得するには迷いを消し去り、こうした想いを断ち切る必要がある。ゆえに、少しでも心の底に躊躇ためらいいがあれば、宿命の法力過去の記憶を呼び覚ますことは難しいといえた。


五つ、【天眼の法力千里眼

 遠くの光景や流れゆく時の情景を見通す能力。動かずして、周辺一帯の状況を把握する事が可能である。修得にはそれなりの修練が必要であり、一朝一夕僅かな時間では行かない。


 また、扱うには相当な気力を消耗するため、利点もあれば欠点もあり使用する上ではやむを得ない。とはいえ、特定した存在を追跡出来ることから、利便性にけた法力といえる。呼び名は他にも千里眼せんりがんと言われ、周りからはうらやまれる力とされた。



 これらの事を踏まえ、と呼ばれる法力。この法力は人格転換変貌した時だけ扱える不思議な能力。憑依や意識を失った状態ではなく無意識に使用しているという。にもかかわらず、我に返れば扱うこと叶わず何度試せど同じ状態。


 こうした状況には本人も頭を悩ませ、手をこまねいていた。といった訳で、何とも不可解な術ではあるが、これには何か特別な理由が隠されているに違いない。いずれにしても今はまだ謎に包まれており、結論付ける確かな事象内容は分かっていなかった。


 とはいえ、幾つかの事例から言えることは、身体に大きな負荷が生じたのかも知れない。これにより、心へのダメージを軽減するため、もしくは大切なものを失わない手段。自己防衛のようなものであり、時として信じられない能力を発揮することがある。


 今のところ過去を知る術はないが、同じ過ちを繰り返さまいと得た能力。心を崩壊させないための人格形成により、他者を圧倒する力を得たのかも知れない。はっきりと断定は出来ないにしても、楼夷亘羅るいこうらから溢れ出る想いにより幾らかは読み解けた。


 その想いを伊舎那いざなが受け止めているのかは定かではない。けれども、切なく後ろ姿を見つめる表情からは、少しばかりそんな想いがうかがえた…………。

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