第14話 法具師の宝珠

 后土こうどが言うように、吒枳たきの転倒は修練不足によるもの。周りの院生からも突然崩れかけたように見えた。ところが、実際はそのような事ではなく、足を引っかけ転ばせるところを楼夷亘羅るいこうらは見ていた。


吒枳たき――、大丈夫ですか」

「すみません、先生。大事な教典をまき散らしてしまって」


 永華えいかは心配そうな面持おももちでそばへ駆け寄るも、吒枳たきは教典を拾い上げ問題ないと伝える。


「いいのよ、その書は複製品だから。それに本物の教典なら、大僧正だいそうじょう様が大切に保管しているわ」


 院生に手渡されていた書物は複製品。位を得た後に、初めて本来の教典を受け取ることが出来る。とはいえ、中へ書かれている真言は本物。ゆえに、貸し出しは行っておらず講義ごとに回収をしていた。同じく宝珠も模造には違いないが、こちらは院生用に法具師が丹精込めて作った代物。真正宝珠本物の宝珠と比べれば効果は劣るも、貴重であることに違いはない。


 加えていうなれば、教典と違い壊れやすく製作にかなりの時間を要する。そのため、講義用だけに作られた特別発注品院生専用といえる。こうした用途で使用される宝珠は、半径が一寸三センチほどの小さな球体であった。といえども、技の発動だけなら教典を読み上げることで、誰でも簡単に行える優れもの。ただ、威力には個々の能力が反映されるため、強弱は計り知れないだろう。


 では、本来の宝珠とは如何いかなるものなのか。それは半径が二寸六センチもあり、手のひらにどうにか収まる光を帯びた球体。扱うには少し不便ではあるが、破壊力は大きさに比例していた。ゆえに、どんな鉱物から作られるのか興味深く思うも、複製品と同じく見方によっては天然と呼べるかも知れない。つまり、全ての素材が鉱物で出来ているわけではない。


 それならば、どのような素材なのかと聞けば、気味が悪いと思うかも知れない。何故なら、真正宝珠本物は三種の龍から取り出した体の一部。寿命を全うした龍鬼という魔獣の眼球を使用する。ところが、中には生きたままの龍鬼を仕留める密猟者も存在した。


 この行為は違法ではあるものの、悲しいことに減るどころか増える一方。年々、増加する者達で後を絶たない。というのも、新鮮な身体から取り出した眼球は膨大な魔力が宿る。よって、裏で高値の取引がされていた真正宝珠本物の宝珠


 けれど、見つかればそれなりの処置が与えられ厳しく罰せられる。そんな法力を使用する上で必要不可欠な宝珠。熟練者であれば、法具なしでも元素を顕現することが可能であるという。



 こうして全ての院生へ教典が行きわたるのを確認すると、いつものように淡々とした口調で授業を始めていく。このように、永華えいかが講義している最中は静かに行われる。何故なら、騒ぎを起こせば説教部屋へ連れて行かれることが確定するからだ。これにより、毎回静まり返った教室の中で、緩やかに時は流れゆく…………。

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