第15話 努々忘れる事なかれ

 ほどなく永華えいかの授業は淡々と続き、やがて正午を知らせる梵鐘ぼんしょうの音が十二打正午を告げる。この響きに、終礼の挨拶を待ち遠しく感じる楼夷亘羅るいこうら。口元を緩め、一人奇妙な笑みを浮かべた。


「えへっ……」


「はい。午後の授業は昼食後に行いますので、午前の部はこれで終わりとします。では、日直の方は終礼の挨拶をして下さい!」


 永華えいかは大きな声で院生達生徒へ呼びかけるも、教室の中は静まり返ったままの状態。周囲の者達は顔を見合わせ不思議そうに囁く。


「――おや、誰ですか、今日の日直挨拶は?」

楼夷亘羅るいこうらだと思います」


 一体、本日の当番は誰なのか、首をかしげ周囲を眺める永華えいか。すると――、一人の院生がぼんやりと外を眺める楼夷亘羅るいこうらを指し示す。

 

楼夷亘羅るいこうら! なによだれをたらしているのですか、早く終礼を済ませて下さい!」

「――おっとぉ、すみません永華えいか先生。では、終礼の挨拶を始めます」


 永華えいかの声が聞こえないほど、何かを思い浮かべていた楼夷亘羅るいこうら。口元を窺えばよだれを垂らし、襟元はベタベタの状態。どうすればそうした状況になるのか、不思議そうに思う院生達。


 その様子が可笑しいのか、何度も一瞥しては笑う素振りを見せた。こうした中、楼夷亘羅るいこうらは院生達を纏め上げ、終礼の声掛けを行う。これに従うように、周囲の者達も準備を始めた。


「全ての教えに感謝を唱え、全ての人に慈悲を与えよ。この世に生まれた稀有けうな魂、有り難い想い努々ゆめゆめ忘れる事なかれ。――午前の授業、ありがとうございました」


 楼夷亘羅るいこうらの後に続き、この言葉を復唱する院生達。ようやく午前の授業が終わり、安堵の表情を浮かべる。それと同時に、各々は沈黙の授業でり固まった身体をじっくりならす。


 こうして終礼の挨拶を済ませるや否や、楼夷亘羅るいこうらは我先にと出口へ向かう。一体、何故そんなにも急いでいるのだろう。すると――、お腹の辺りから獣のような可愛らしい鳴き声が周囲を響かせる。


 どうやらお腹が空いていたらしく、何処どこかへ向かうために急いでいるようだ。そんな慌てた様子の楼夷亘羅るいこうらは、せかすように履物を準備していた吒枳たきへ声をかける。


吒枳たき、早く行くぞ! いつもの場所で伊舎那いざなが待ってんだから」

「いま終わったばっかりじゃないですか。そんなに急がなくても大丈夫ですよ。それに伊舎那いざなさんも言ってましたけど、朝はいつも遅刻する癖に昼は遅れたことがないって」


「いいから、早くいくぞ!」  

「あぁーっもう、そんなに手を引っ張らないで下さいよ。自分で歩けますから」


 強引に手を引き合い、ある場所へ向かう二人。さすがに昼食時、人が多く周囲はごった返していた。しかし、そんなことはお構いなしの楼夷亘羅るいこうら。草木をき分けるように院生達の人混みひとごみを縫って歩く…………。

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