第7話 三人の出会い

 沈黙の中――、庭園を吹き抜ける心地よい風。陽の温もりを乗せて四人の頬を優しく撫でてゆく……。ようやく今までの状況を理解したのだろう。永華えいか吒枳たき手のひらに触れ、申し訳なさそうな顔つきで話しかける。


「本当にごめんなさい、先生の勘違いだったわ。何度も叱ってしまって、吒枳たき君には何てお詫びをしたらいいのか……」

「せっ、先生、僕の事なら大丈夫です。誤解が説けたのなら、それだけで十分ですから」


 目の前へひざまずき、身体を両手でそっと抱きしめる永華えいか。その表情は先程までと違い、鬼のような形相から仏の顔つきへ次第に変貌へんぼうを遂げる。このような様変わりした姿で、謝罪の言葉を何度もかける。そうした状況に驚きを隠せない吒枳たきであったが、この奇妙な一件が解決した事に胸をなでおろす。


吒枳たき君は、なんて謙虚な子なんでしょう。それに比べて、いまの今まで黙っていた、こちらが本当の提和だいわ君という事でいいのかしら?」 


 手のひら吒枳たきの頬にそっと当てる永華えいかは、いつくしむような表情で呟く。それから暫くして、この騒動の元凶を思い出しゆっくり顔を楼夷亘羅るいこうらへ向ける。


「では、本当の提和だいわさん。これから説教部屋でゆるりと、お話しでもしましょうか」

「はい、先生……お手柔らかにお願いします」


 永華えいかはニヤリと奇妙な笑みを浮かべ、最後にぽつりと言葉を呟いた。その表情をうかがい、引きった顔で固唾かたず楼夷亘羅るいこうら。ほどなくして、何処どこかへ連れていかれてしまう……。



「初めまして。伊舎那いざなさんでしたっけ? 先程は本当にありがとうございました」

「いいのよ、お礼なんて。もっと早く、こうしていればよかったわね」


 お辞儀を一回する吒枳たきは、誤解を解いて貰ったお礼を述べる。


「もっと早く?」

「えぇ、実は前から知っていたんだけどね。楼夷亘羅るいこうらが私のためにって、無憂樹むゆうじゅ沙羅さら蓮華れんげ。様々な種類の花を毎日、持って来てくれていたの。そんな事情もあってね、中々言い出せなくて。そうしたら、今日なんか菩提樹ぼだいじゅの実までもぎ取ってきちゃったから、このままじゃいけないと思ってね」


「なるほど、そういう理由でしたか」

「でも、だからといって、あの子を憎まないでやって欲しいの。本当は純粋無垢で優しい人、私にも原因があるんだから」


 事情を聞き入れ内容を理解する吒枳たき。元はと言えば、そうした想いが今回の原因。自分にも少なからず責任があるのだと、切なげに話す伊舎那いざな


「そんな、憎むだなんて滅相もない。ハッキリと先生へ伝えなかったのが原因なんですから。それに、そこまで尽くしてくれる人がいるなんて羨ましい限りですよ。僕なんか、誰かを好きになった事なんて生まれてこの方ないですからね」

「えっ、楼夷亘羅るいこうらが私のことを好き? それは、ないない。 あの子は、側付きお世話をしているだけなのよ。そんな感情なんて、あるわけないじゃない」


 意味ありげな吒枳たきの言葉に、手のひらを何度も大きく振る伊舎那いざな。少し頬を赤く染め動揺した表情を見せる。


「そうですか? 楼夷亘羅るいこうら伊舎那いざなさんを見つめる目。どことなく、何か特別なものを感じたように思えましたが? 僕の勘違いだったのでしょうか……」

「そうよ、勘違いに決まってるわ。楼夷亘羅るいこうらは少し天然なとこがあるからね。そのせいじゃないかしら」


「うーん、おかしいな? 人の感情を読み解く能力は持ち得ていたはずなのに……」

「もっ、もういいから、その話はよしましょう。ところで吒枳たきくんがいいのであればね、この機会に友達にならない?」


  不可解な面持ちで、何度も首をかしげる吒枳たき。幾度となく繰り返す言葉に、顔を赤らめ別の話題へすり替える伊舎那いざな。初対面でありながらも、唐突な話しを持ち掛ける。


「はい、別に構いません。ですが根暗な僕といると、楼夷亘羅るいこうら伊舎那いざなさんが、他の僧院生から除け者にされてしまいますよ。それでも大丈夫ですか?」

「もちろんよ、私の事なら大丈夫。それに、楼夷亘羅るいこうらは小さな事なんて気にしないからね、もっと大丈夫よ」


「それなら良かった。では、改めて、提和だいわ吒枳たきと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

「私の名は、伊舎那いざな。こちらこそ、よろしくね。じゃあ、せっかく友達になれたんだし、親しみを込めた名で呼び合いましょうか」


「そうですね」

「だったら、私が勝手に決めちゃってもいい?」


「はい。お気になさらず、お好きなように」

「じゃあ、遠慮なく決めちゃうね。えっと、楼夷亘羅るいこうらはこの際だから楼夷るいでいいとして。提和だいわ吒枳たきくんは……そうねえ、いっそ二人共名前で呼んじゃいましょうか」


 独断と偏見で一方的に決める伊舎那いざな。 


「はい、僕はそれで大丈夫です。その方が、今回のように間違いがなくていいですからね」

「良かったわ、気に入って貰えて」


「ですが楼夷亘羅るいこうらに事情を説明しなくても問題ないのですか」

「大丈夫よ、私の言う事なら何でも聞くからね。じゃあ、それで決まり」


 満足げに語る伊舎那いざな楼夷亘羅るいこうらの許可を得ることなく、勝手に決断するのであった…………。

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