第6話 奇妙な巡り合わせ 

 ――ところが、次の日も再び甲高い声が晴天の空に響き渡る。


提和だいわ――‼ ったくもうー、提和だいわは何処にいるの?」

「はい、先生。今日はどのようなご用件でしょうか」


 前日同様に、既視感のような光景。そこに再び、何も知らない吒枳たきが訪れ、指導者に何事かと問いかける。


「どのようなご用件? なるほど、自分じゃありません。そう言って、あくまで白を切るつもりね」

「白を切る? とは、どのような意味なのでしょうか?」


 両腕を組み、まじまじと見つめる永華えいか。一体、指導者は何を言っているのだろう。状況がいまいち理解できないでいた吒枳たき。しばらく掌を胸へ当て身の潔白を訴えかける。


「なるほど、またそうやって噓をつこうとするのね。じゃあ、『提和だいわ君が菩提樹ぼだいじゅの実をもぎ採ってました』このように、生徒から聞いた私の耳が勘違いだった。あなたは、そう言いたいのかしら?」


 吒枳たきの言葉を受けた永華えいかは、自らの耳に指先を三度ほど触れ覗き込むような素振りをみせる。


「はぁ……またですか」

「まっ、またとは何ですか! 少しは反省というものをしたらどうなの!」


 溜息混じりに浮かない表情でそっと呟く吒枳たき。今回も同じように何を言っても駄目に違いない。半ば諦めかけ永華えいかと共に、その場を去ろうとした。


 その瞬間――、突如として行く手を遮る伊舎那いざな


「指導員の先生! 突然目の前に現れて、大変申し訳ありません。私の名は伊舎那いざな。これでも一応、大法師位だいほっしいの地位を持っており、今は大律師だいりっし様の元で修行に励んでおります」

「――いてて! ちょ、ちょっと待ってよ、伊舎那いざな


 過ぎ去ろうとした永華えいかを呼び止める伊舎那いざな。嫌がる楼夷亘羅るいこうらの手を引き、指導者へ語りかける。


「その歳で大法師位だいほっしいの地位とは優秀ですね。ところで、伊舎那いざなさんでしたかな? 私に何かご用でしょうか」

「はい。先生が手にしている沙弥しゃみの名前は、『提和だいわ 吒枳たき』こっちにいるのは、『提和だいわ 楼夷亘羅るいこうら』お探しの腕白小僧は、こちらの提和だいわだと思います」


 突然の自己紹介に驚く永華えいかは、不思議そうな面持ちで上から下まで容姿を確認する。それに伴い、どうして不意にこの場へ現れたのかと、事の次第を詳しく説明する伊舎那いざな


 そして沙弥しゃみとは、見習いの僧である少年や少女のことを呼び。男性であれば、先ほどのように沙弥しゃみといい、女性ならば沙弥尼しゃみにというらしい。


「そっ、そんなぁー、酷いよ伊舎那いざな

「何を言ってるの、自業自得というものでしょ。悪いことをしたら罪を償う、僧院でそう教わらなかったの」


 その場に連れて来られ、引き攣る表情を浮かべる楼夷亘羅るいこうら永華えいかの顔を一瞥すると、気まずそうに俯き黙る。こうして今までの事情を話し、伊舎那いざなは身柄を指導者へ引き渡す。


「そういえば……あの子達も、提和だいわ 楼夷亘羅るいこうらと言っていたような気もするわね。という事は、もしかして……?」

「はい、僕じゃありません」


 過去の情景を思い返す永華えいかは、そっと吒枳たきの体に触れると申し訳ない顔を浮かべるのであった…………。

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