第4話 心に響き渡る言葉

「なるほど、そう言う理由だったのか。だったら尚更、伊舎那いざな一人で大律師だいりっし達の側付きお世話なんて大変だよな?」

「そんなことはないわ。私一人じゃなく、蘇摩そーまという女の子もいるの。それに他にも側付きお世話の人はいるから大丈夫よ」


 では、どうして位を得た大法師位だいほっしいの者が側付きお世話をしているのだろう。それは単純な理由からで、自らが志願して行っていたという。志願者は五人おり、大律師だいりっし一人につき、大法師位だいほっしい一人が身の回りの世話を行うらしい。伊舎那いざなはその一人である堅牢けんろうに従え僧職をこなしていた。


 こうした事は苦労ばかりではなく利点もある。何故なら、大律師だいりっし達から詠唱や技の使い方について修行を受けていた。その中で学べる事は沢山あり、苦と思った事は一度もないという。


「――本当か? それなら良かったよ。伊舎那いざなが辛い顔をしていると、見ていて胸が苦しくなるからな。だからさ、いつも笑っている顔を見ると俺は安心する」

「そうだったのね、気にしてくれてありがとう。私も同じ気持ちよ。嫌なことが遭ったとしても、楼夷亘羅るいこうらの顔を見ていると凄く落ち着く気がする」


「そっ、そうか。じゃあ、なにもない時はなるべく伊舎那いざなに顔を見せるようにするよ」

「ふふっ、ありがとね。でも、無理はしなくていいのよ。寄れる時だけでいいからね」


 自分のことを必要としてくれる想い。こうした一生懸命に取り組む姿が何よりも嬉しく、伊舎那いざなは初めて胸の高鳴りを感じた……。


「それにしても、なぜそこまでして上を目指すんだ。急がなくても、今のままで十分じゃないのか?」

「上かぁ……。それはね、身寄りのない私をここまで大きく育ててくれた人がいるの。その方と同じようにね、この世界を安寧に導いて行きたいと願うからかな」 


「えっ、伊舎那いざなって、身寄りがなかったのか?」

「そうよ。今があるのは、こんな私に手を差し伸べてくれた恩師のお陰。数年前までは、引退しても僧伽藍摩学びを受ける場所で指導者をしていたのよ。でも突然、姿を消していなくなってしまったわ。だから今は、何処どこでどうしてるのかさえ分からない」


「そうか……色々と大変だったんだな」

「ええ、でも私は諦めないわ。恩師が目指した安寧の世を築き上げるまではね。そしていつの日か、全ての衆生人々を救えるような立派な大聖になってみせる」


 遠くの空を見つめ語り掛ける伊舎那いざな。それは、少しでも恩師に近づきたいという想いだった。いつか自分の手で、この世界を安寧に導き恩返しがしたい。そう心の中で願い、いつも寝る間を惜しんで修練に励む。そんな唯一の休息といえば、心寄せ合い楼夷亘羅るいこうらと共に過ごす安息の日々。

 

「それなら俺が代わりになってやるぞ! そうすれば、伊舎那いざなが辛い修練なんてしなくてすむだろう」

「ふふっ、楼夷亘羅るいこうらが私の代わりに?」


 楼夷亘羅るいこうらは自らの胸を軽く叩き、任せろとばかりに真剣な表情で想いを伝える。そうした心の優しさに触れる伊舎那いざなは、口元へ手のひらを当て薄っすら微笑む。


「あぁー、またそうやって馬鹿にして笑う」

「馬鹿にしてないわ、気のせいよ…………」


 楼夷亘羅るいこうらの呟きを軽く受け流す伊舎那いざな。けれど、気持ちが込められた言葉はとても嬉しく、今まで一人で頑張ってきた想いが胸に込み上げる。そんな想いからか、薄っすら目に涙が溢れ出し悟られまいと慌てて指先で拭い去る。


「やっぱり、笑い泣きしてるじゃん」

「だから、気のせいだって」


 このようなやり取りの中、暫く和やかに笑い合っていた二人。すると――、遠くの方から指導者の呼ぶ声が聞こえてきた。


「――提和だいわ提和だいわ何処どこにいるの。――早く出てきなさい!! 今なら特別に許してあげてもいいから」


 周辺へとどろき響く声を上げる女性。その名は大僧都だいそうづの位を持つ永華えいかといい、僧伽藍摩学びを受ける場所にて指導を行う教職員。それにしても、何とも甲高い大きな声であろう。呼びかける声は免責で責任なく済ませると言ってはいるも、声量から察するに今出ていけばただでは済まされない雰囲気。


楼夷亘羅るいこうら、先生が呼んでいるみたいだけど。行かなくて大丈夫なの?」

「いーの、いーの。大丈夫だから」


 暢気のんきに構え落ち着いた様子の楼夷亘羅るいこうは、陰から永華えいかの状況をそっとうかがう。どうして呼ばれているのに出ていかないのだろう、伊舎那いざなは不可解に思ってはみるものの、同じようにそばで見つめていた…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る