第2話 未来への架け橋

「ふあぁぁぁ――。ここは……俺の部屋だよね? それにしても、昨日は久しぶりに良く寝た気がするよ。そのせいか、昨日はおかしな夢を見たなぁ。ってか、あれは何だったんだ? 夢とは思えないような、はっきりとした光景だったけど……」


 掌を高く掲げ、大きなあくびをする少年。


 ぼんやりとした意識の中、周囲を見渡し様子をうかがう。ほどなくして、自らの部屋だということに認識を得るも、空想のような不思議な状況に佇みながら呟いた。


 先ほどの光景は鮮明ではあるが、夢であるのは間違いない。しかし、喉につかえた小骨のように、胸を締め付けるのは何故だろう。それはもしや、三世過去・現世・未来に何かを伝えるためのものか。


 ならば激闘は遥か過去の出来事、あるいは未来を予測した予知夢。何度、思いを巡らすも、不確かな記憶は天に舞う華のように吹き抜けてゆく……。


「まぁ、いっかぁ――。とりあえず、今日もお努め頑張ろう。――って、やば! 早く行かないと、また遅刻しちゃう」


 心に留める事はなく、急いで身支度を済ませる少年。部屋を飛び出し、ある人物の元へ向かう。そのような意味ありげな夢想も、せわしない生活により忘れ去られようとしていた……。  


 このように、慌ただしく少年がいた場所。そこは僧伽藍摩と呼ばた僧院であり、修行僧が昼夜を問わず修練に明け暮れる清浄なる聖域。教えを乞う無位の僧は、指導者から剣術や法術を学び高みを目指す。


 また空きの時間には、僧位が上の者をお世話をしないといけない。こうした戒律による生活規律が決められ、付き人のような僧職も行う。それまでは、僧院で下積の生活を数年していく事になる。


 近くには様々な共同生活を行う施設もあり、周辺に緑豊かな庭園や様々な蓮華の花が咲き乱れる。もちろん青々とした樹々も生い茂り、それ以外でも彩り豊かな花が目を和ませる。


 加えて、最もゆかしさな風情を醸し出しているのが、無憂樹むゆうじゅ菩提樹ぼだいじゅ沙羅双樹さらそうじゅ。これらの神秘的な三聖樹といった存在。


 そうした三聖樹には不思議な特徴があり、その宿る実には身体を癒す効果がある。主に薬として利用されるが、それだけではなく食せば何とも言えない甘く香りの良い実であった。


 そんな過酷な修練に耐える位階をもたない僧には、必要不可欠な場所。蓮華の花は視覚を楽しませ、心穏やかにさせてくれる。一方、三聖樹の実は味覚を堪能させ、気分を爽快に保たせてくれた。このような厳しい場所ではあるが、安らぎの空間ともいえよう。


 すると――。この場所に先ほどの少年と、1人の女性が仲良さげに語り合いながら歩く。


「どうしたの楼夷亘羅るいこうら? 今日は珍しく遅刻しなかったじゃない」

「俺もたまには、遅刻しない時だってあるさ!」


たまには、ね。ふふっ」

「――ったくぅ。そんな事よりも、伊舎那いざなっていいよなぁ」


「なにが?」


「だから、その衣装。俺も伊舎那いざなが着てる装束しょうぞくを早く纏いたいよ」

「そうぉ。そんなにも、この着物っていいかしら?」


 溜息混じりに呟き、怠そうな素振りで庭園内を歩く楼夷亘羅るいこうら。この言葉を受け、掌で袖を軽く掴み自らの容姿を確認する伊舎那いざな。少し誇らしげに衣装を魅せる。


「だって俺の着てる服なんて、ただの布きれじゃん!」

「ふふっ、そういえば? 私も大法師位だいほっしいになるまでは、その服だったわね」


 楼夷亘羅るいこうらの着ていた袈裟けさと呼ばれる僧衣を見つめる伊舎那いざな。その光景を懐かしく思い、そっと微笑み目をらす。


「あぁーいま笑ったでしょ!」

「あら、気のせいじゃないかしら。だけど、私も最初は少し恥ずかしかったかもね。ふふっ」

 

 微かな笑みを浮かべる伊舎那いざなへ、無表情な顔で問い掛ける楼夷亘羅るいこうら


「いや、笑った!」

「ごめんなさい、ついね。うふふっ、ふふっ」


 心安らぐ時の中、楼夷亘羅るいこうら伊舎那いざなは和やかな雰囲気で言葉を交わす。そんな2人が語り合っていた衣装とは……。

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