第3話 かくて日は沈みギャン中功成らずしてマカオを去る

四、結局初日で大金を失う


 これで、バカラを落ち着いて楽しめると思ったのですが、このテーブル、全然ダメでした。プレーヤーに賭ければバンカーが勝ち、じゃあバンカーだと賭ければプレーヤーが勝つという、「往復ビンタ」を喰らい、ズルズルと負けていきます。香港の女性も熱くなってしまい、五十万香港ドル近くあったチップが半分になっています。彼女の場合、三百万円近く飛ばしてしまったわけです。

 結果として、二時間くらいのプレーでまさかの三万香港ドル(約三十六万円)を失ってしまい、私は「馬鹿かよお前!」とディーラーのおばちゃんに怒鳴ってエリアを後にしました。みなさんは絶対真似しないでくださいね。こういう世界なんです。日本人のオヤジなどは、もっとえげつないこと叫んでたりします。

 ということで、朝までバカラをするつもりが、バーエリアでビールをウイスキーをしこたま飲んでから、見知らぬ隣の白人に「私、金ねンだわ」と話しかけて奢らせて部屋へと戻り、十二時にフテ寝となってしまいました。


五、二日目の夕方で力尽きる


 二日目は昼前に目が覚めたので、支度をしてまたカジノに向かいます。まずは、お昼ご飯代を捻出するのです。

 バカラはプレーヤーかバンカーどちらかに賭けて勝てば、二倍になります。つまり、千香港ドルをどちらかに賭けて勝てば、豪華なお昼ご飯が免費(無料)になるのです。この時点でバグっていますが、ギャンブル中毒者には当然なロジックなのであります。

 ということで、適当なテーブルを見つけ、今度はプレーヤーに千香港ドルを賭けます。すると、あっさり合計8のナチュラルエイトで勝利し、その後も何回か勝って、結果的に三千香港ドル(三万六千円)を手に入れました。

 トータルでは大負けですが、三千香港ドルで豪華なお昼を食べられます。隣のホテルにある、大好きなステーキ―レストランで、シャンパーニュをガバ飲みしながら、二千香港ドル近いTボーンステーキを食べました。ドライエイジング牛肉がまだ日本ではマイナーな時代からマカオにはありまして、大変おいしゅうございました。今となっては、お昼に一人で四万円近くも払えませんけど、ギャンブル中毒だった時代は、カジノで勝つと、一食十数万円をお酒やご飯に使っていました。恐ろしいですね。


 さて、お腹が満たされましたので、本格的にバカラを再開しようと思いました。とにかく、前日の負けを取り戻したいので、もっと最低賭け金が高額のテーブルに座ります。昼間とあって、高額テーブルには社会的にアレな感じのオッサンたちしかいません。最低賭け金額を見ると三千香港ドル(三万六千円)という、超高額テーブルです。

 しかし、取り戻すなら賭ける金額がデカい方が回収は早いです。私は昼間のシャンパーニュで酔っ払って気が大きくなってしまい、ゲップをしながらプレーヤーに三千ではなく、五千香港ドル(六万円)を賭けました。大半のオッサンたちも数千香港ドルをプレーヤーに賭け、プレーが始まります。イカツイ体格で腕に龍のお絵描きをしたオッサンが二万香港ドル(二十四万円)賭けたので、ドライバー(絞る人)になりました。私はそのオッサンの後ろに立ち、絞りを覗きます。一枚目は「ガク」(黒い線でつまり絵札)で、二枚目を絞ります。私も他のオッサンたちも広東語で、「サンピン!(横から絞ってマーク三つ)セイピン!(横から絞ってマーク四つ)」と大声で叫びます。8か9が欲しいので、縦に絞って足ありを確認した後、トランプを横にして、マーク三つか四つを狙います。ドライバーはテーブルに書かれた9(お客がチップを置く目印用の文字だと思ってください。9は9番目に座っている人の前に書いてあります)にトランプをこすりつけて験を担ぎ、絞っていきます。すると――なんということでしょう! マークが四つあるではありませんか!

 私は日本語で「よっしゃ! やるなあお前!」とドライバーの肩をバンバンと叩き、他のオッサンたちも大声で「ジュウディエン! ジュウディエン!(広東語で9)」と騒ぎ始めます。このどうしようもない荒くれ者たちとの一体感が、私は楽しくて仕方がないのです。

 しかし、ここで安心してはいけません、横のマークが四つあるということは、10の可能性もあるのです。つまり、合計9か0になるという、二分の一の天国地獄なのです。私の6万円は、まさに天国と地獄の狭間にいるというわけです。


「おら、出せ! 9を出せ! お前、気合入れて絞れや!」


 私はドライバーの肩を掴んで揉みながら叫ぶと、ドライバーはトランプを縦にしてもう一度絞ります。9であれば、トランプのど真ん中にマークがあり、10であれば真ん中の列のマークがすぐに表われてしまいます。ドライバーは真剣な表情で少しずつ絞り、10か9がわかるポイントまで絞ると――ドライバーは叫びました。


「ハオ!(良し!)」


 見事に9を引きました! 私は近くにいるオッサンたちとハイタッチし、ドライバーの肩をまたバンバンと叩きます。彼らは不用意に笑顔を見せることはないのですが、ドライバーは私を見て、ニヤッと笑いました。多分、本当は目を合わせていけない類の職業だとは思いますが、ここは鉄火場。テーブルを共にしている戦友には、身分など関係がないのです。

 しかしなから、このドライバーの運はたった二ゲームしかもたず、我々はそれから、あれよあれよと負けていき、気がつけば、私の手元には二千香港ドルしかありません。??え? 残金二万四千円? 

 まだ十八時前なのですが、ほぼ全滅してしまいました。

 

 あとは言うまでもなく、なけなしの二千香港ドルを負けまして、完全に試合終了になりました。日もくれぬ二日目の夕方で、私は持ち金をすべて失ってしまったのです。その額、九十六万円。


「あーあ。夜は何をすればいいのさ」


 戦費の無くなった私は、ホテル内の売店で二十香港ドルのカップラーメンを買って、部屋に戻りました。そして、ケーブルテレビの日本アニメ専門チャンネルを見ながら、お昼とはかなりギャップのある夕飯を食べ、一人泣きながらまたフテ寝するのでした。ちなみに、私はこのホテルの常連客でしたので、どんなに格安の部屋の料金で手配をしても、部屋はいつもスイートルームでした。豪華な部屋で食べるカップラーメンは、悲しみを大きく引き出すのでした。


六、マカオを去る


 三日目は朝便の為、わたしは朝五時に起きて支度をします。あんなにあっさりと負けたので、悔しさすら感じるこもなく、ホテルをチェックアウトして、タクシーで空港に向かいました。

 そして、タクシーの中で自分の予定表を見て、次の金曜日はマカオはやめて韓国のカジノでポーカーでもしようと、航空券の格安サイトを検索します。こうして次の渡航を考えることで、今回の負けを頭から消して、なかったことにするのでした。


(おまけに続く)

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