第2話 初日から二日目

三、立て直す


「はあ!? 馬鹿じゃねえの!?」


 いきなり一万香港ドルを失って、思わずディーラーのおばちゃんに文句を言ってしまいました。これは非常にマナーが悪いのですが、広東語しか理解できないディーラーのおばちゃんは、日本語で罵声を浴びせてられてもわかりません。文句を言われているのはわかっているのしょうが、慣れたもので、トランプを静かに回収して次のゲームの準備をします。私の育ちの悪さを知った香港女性は、上品に肩をすくめました。

 ここでカッとなってはいけません。そもそも、このまま負け続けたら、二泊どころか、一時間で全チップを失ってしまいます。私は賭ける額を、最初の持ち金の百分の一である、千香港ドルにすることにしました。初戦で一万香港ドル勝って、余裕の中でプレーしようという作戦は、見事に失敗したので、立て直さなければなりません。


 次のゲームに行く前に、このバカラというゲームについて簡単に説明します。皆さんが机を前にして座っているとします。向かいにいるディーラーから、「右(プレーヤー)と左(バンカー)にこれから二枚ずつトランプを配ります。条件によって三枚目を配ることがありますが、いずれにせよ、10と絵札を0として、その合計の下一桁が「9」に近いのは、プレーヤー、バンカーどちらでしょうか?」と聞かれたとします。この時点ではトランプは配られておりません。その状態であなたは、過去の記録を参考にして、どちらかを選んでお金を賭けなければいけません。これがバカラです。つまり、あなたができることは、プレーヤーかバンカーどちらかを選ぶことだけなのです。あとはトランプを気合をこめて絞る(後述します)のみです。バカラというのは、非常に簡単で、馬鹿馬鹿しく、そしてハマるギャンブルです。一言でいえばトランプを使った丁半博打なのですが、このバカラに、私だけではく、世界中のギャンブル中毒者が夢中になっているのが現実なのです。

 

 次にいってみましょう。私は失った十二万円のことは忘れて、勘だけを頼りに、また千香港ドルをバンカーに賭けます。女性はフェィ(見)、つまり賭けずにパスをするようです。ディーラーが私にトランプを配り、絞ると一枚目は「足あり」、二枚目は「タテ」でした。

 さて、何故こんなにも愚かしいゲームに、我々ギャンブル中毒者が夢中になるかというと、トランプの「絞り」があるからです。もちろん、すでに配られたトランプの数字が変わることはありません。ですが、この絞り、つまりめくりをすることで、我々は大きな興奮と驚喜また絶望を味わうことができるのです。

 では、絞ってみましょう。もし家にトランプがありましたら、同じようにやってみてください。まずは、伏せてあるトランプを縦方向にします。そして、手前側の横両サイドを両親指で掴み、そのままそっと上へ本当に少しずつ、めくっていってみてください。ある程度までめくると、トランプのマークが一つ、またはに二つ見えるか、あるいは黒い横線が見える可能性があります。もしかしたら、全く見えないかもしれません。

 ここの時点で、私たちはある程度の数字を予測することができます。すなわち、全く見えない場合は、トランプ全体の真ん中にマークが一つだけ、つまり1になります。次にマークが一つの場合、2か3になります。マークが二つの場合は4から10になり、黒い横線は絵札になります。トランプのマークを見てみてください。実際にこうなっているはずです。

 これによって、宝くじのスクラッチのように、ドキドキしながら結果を見ていくことで、私たちの脳内は興奮を覚えるのです!

 「足あり」はマークが二つ(4~10)です。「タテ」はマークが一つ(2か3)です。つまり、組み合わせによって、合計9に近いか予想が立てられるわけです。パチンコのリーチ予告のようなものとお考え下さい。激アツとかそういう類のものです。

 さて、今度はトランプをクルッと横方向にして絞ります。「足あり」の方を同じように絞ると、マークが二つから四つの可能性はあります。二つですと4か5。三つですと6から8。四つですと9か10になります。今回は三つありました。これは嬉しい展開です。すなわち、「タテ」は2か3ですので、「足あり」の方が6であれば、合計8か9なり、「足あり」の方が7でも、「タテ」は2であれば9になります。プレーヤー、バンカーどちらかの合計が8か9になれば試合は終了しますので、この状況は「熱い」わけです。

 一旦、「足あり」の一枚目を戻して、「タテ」の方を絞ることにします。前述の通り、こちらが2であると、勝てる確率がかなり高いです。「タテ」の場合はトランプを縦のままで最後まで絞り続けます。縦にマークが二つか三つでそのまま数字が決まるので、どんどんとめくりあげていくと――2でした! これはうれしい。


「おらあああああああ!」

 

 私は地を隠さずにディーラーのおばちゃんに2のトランプを投げつけると、「足あり」を再度縦にして絞ります。横に三つのマークの場合、縦にさらに絞ると、真ん中に一つマークが現れる可能性があります。そうすると7か8になります。上下どちらかの上部真ん中にマークが一つあれば7、両側にあれば8で、両方なければ6になります。今回は最初の方には真ん中にマークがありませんでした! これで7か6であることが確定しまして、クルっと上限反転させて同じように絞ると、こちらにもマークがありませんでした。つまり6ということで、合計して8になりました。9の次に強い8になり、勝利が見えてきました!

 ディーラーが静かにプレーヤー側をめくる(ディーラーは絞らず、さっさとめくります)と、合計4でした。

 これで私は勝利し、千香港ドルが二倍になって返ってきます。つまり、トータルマイナスが九千香港ドルになった、というわけです。

 

「よっしゃああああ!」


 とりあえず勝てたことに安心して、私は立ち上がってプレーしていた自分を落ち着かせるために椅子に座り、英語で「次もバンカーやね」と、女性に向かって笑顔で話すのでした。


(続く)

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