第五章 付与師編

第89話 蜃気楼の森

 ゴルゴンティアを離れ、そして大切な相棒を失った僕は意気消沈したまま蜃気楼の森へと入っていった。




 蜃気楼の森は別名、"精霊の棲む森"とも言われており召喚士が精霊との契約を求めて訪れる場所でもある。まあ、召喚士以外の人間にとってはただの迷いやすい魔物の巣窟ではあるんだけどね。


 レイがいなくなってから一週間。ようやくその現実を受け入れる覚悟ができたその頃には、蜃気楼の森に入って三日が経っていた。


「何かいい匂いがする~」

「ほんとだ、何の匂いだろう~」

「あ、あそこに人間がいるよ~」

「あの人間からいい匂いがする~」


 うっすらと霧が漂う森に入ってから三日目。少し奥まで進んできたと思ったら、不意にそんなささやき声が聞こえてきた。


(声が聞こえるのは、あの大きな木の上の方か……ん? あそこに何かいるな)


 僕が声のする方を確認すると、半透明の小さな子どものような姿が見えた。いや、子どもと言うよりは……あれは精霊なのかな?

 そう言えば僕は精霊術士のスキルを持っていたな。だから精霊が見えるのか?


 体長二十cmくらいの身体で背中には小さな羽が生えている。男の子っぽい精霊と女の子っぽい精霊がふらふらと僕の方へと飛んできた。


「こんにちは」


 僕はその精霊達に声をかける。


「「ひゃ!?」」


 息の合った驚き声を上げたふたりの精霊は、一瞬で木の陰に隠れた後、恐る恐る顔を出して聞いてきた。


「ぼくたちが見えるの?」


 僕はその可愛らしい精霊達に頷いて答える。


「お兄ちゃん、精霊使いなんだ!」


 好奇心旺盛そうな女の子の精霊が満面の笑みで近づいてきた。


「うーん、確かに精霊契約のスキルは持っているね」


 ジョブが精霊術士と言うわけではないけど、精霊術士にジョブチェンジしたときにそのスキルは手に入れている。これもレイのおかげなんだけどね……


 

「うんうん、お兄ちゃんの魔力はすっごくおいしそう! わたしたちと契約してくれないかな~」


 好奇心旺盛な女の子が、僕に精霊の契約を求めてきた。後ろで残りの男の子の精霊もうんうん頷いている。それにしても精霊契約か。せっかくの機会だから試してみるのもいいかもね。


「わかったよ。我は願う。我が魔力を糧に我に力を貸し賜え」


「「承知!」」


 スキルを得たときに頭に浮かんだセリフをなぞって、精霊との契約を行った。どうやらこのふたりの精霊は風の精霊らしく、今後、僕の召喚に応じて一緒に戦ってくれるらしい。


「あー、これは想像以上だ! お兄ちゃんの魔力最高だぜ~」


 男の子の精霊がそう言いながら恍惚こうこつとした表情を浮かべている。おっと、この男の子だけじゃなく、女の子の精霊も似たような表情だ。しかし、魔力がおいしいとはどういうことなんだろうか。よくわからないな。


 それからこのふたりの精霊は僕の右肩に乗り、鼻歌を歌いながらついてきた。レイがいなくなってしまったところだったので、ちょっぴり寂しさが紛れて嬉しかったり。


「……おいしそうな匂い。……僕も連れて行って」


 しばらく森の中を歩いていると、今度は土の中から顔を出している男の子の精霊を見つけた。この子は土の精霊で、僕の右肩にいる風の精霊を見つけると遠慮がちにお願いしてきた。

 特に断る理由もないので同じように契約する。


 風の精霊を右肩に、頭の上に土の精霊を乗せた僕は、さらに森の奥へと進んで行く。


「おい、何かいい匂いがするな!」


 次に現れたのは、真っ赤な炎を纏った小さなトカゲのような精霊だった。この日の精霊も僕に契約を迫ってきたので、仲間に加えて上げた。上機嫌で僕の身体をよじ登り、左肩に収まった真っ赤なトカゲ。うん、段々と賑やかになってきたぞ。


 しばらく歩くと大きな池を見つけた。そこには水色の女性の精霊が佇んでおり……


「ああ、おいしそうな香り。わたしも仲間に加えてくださいな」


 風の精霊より一回り大きい、きれいな女性型の精霊が仲間に加わった。


 頭に土の精霊、右肩に風の精霊、左肩には火の精霊、そして一歩引いてついてくる水の精霊。一気に大所帯になった僕等は、エルフの国を目指して森の中を進んで行く。


 せっかく仲間になったので、精霊達の力を借りながら、蜃気楼の森をさらに歩くこと二日間。ようやく僕はエルフの国にたどり着いた。


「本当に結界が張られているんだね」


 僕は目の前にある半透明の膜をコンコンとノックする。これほど大きな結界をどうやって維持してるんだろうか? ランクの高い魔物の魔石でも使ってるのかな?

 ちょっと魔法道具マジックアイテムの作成にも興味が湧いてきたけど、今は付与を極めるのに集中しないとね。


 僕は、この結界を僕の結界魔法で操れないか試してみた。何せ僕の結界術はSSランク。この結界がそれより低いランクで作られているなら、操れるんじゃないかと思ったわけだ。


 ……うん、普通にできた。


 僕は人一人が通れるくらいの穴を開け、結界の中へと入っていった。




 ▽▽▽




「わお、すごい! 木の上に家があるよ!」


 結界の中に現れたエルフの国を目の当たりにして、僕が嬉しそうに声を上げると、なぜか精霊達がドヤ顔を見せてきた。


 精霊とエルフは仲が良いみたいだから、自分達が褒められてる気がしたのかな?


「おい、そこのお前! 何者だ? いや、その前にどうやってここまで来たんだ? 結界が張ってあったはずだが? って言うかなぜ精霊と一緒にいるんだ!? くそ! 情報量が多すぎだろう!」


 僕が木の上に作られた家を見上げていると、不意にそんな質問が投げかけられた。

 声のする方を見ると、耳の先が尖った、若いイケメンのエルフが弓をこちらに向けて立っている。僕の中でのエルフって、いつも冷静でクールなイメージがあったんだけど……

 それはそうと、一遍に三つも聞かれたら、どれに答えていいのかわからない。


「えーと、この国に付与の達人がいると聞いてきたのですが、お会いできませんかね?」 


 とりあえず、自分の目的を伝えて様子を伺う。


「恐ろしいほどに、俺の質問を無視してきたな。お前みたいな不審者を中に入れるわけないだろう」


 うん、だめだった。でも、ここで諦める僕ではない。何とか入れてもらえるように粘らなくては。


「えーと、僕の名前はライトです。結界は……穴を開けて入ってきました。精霊は、よくわからないけど懐かれました」


 そのために、全ての質問に答えてみる。


「よし、間違いなく不審者だな。女王様の元に連行するから大人しくついてこい」


 よし、上手くいった……のか? まあ、中には入れそうだからよしとしよう。


 僕は若いエルフの指示に従い、エルフの国の中央へと向かって行く。ちなみに拘束はされていない。このエルフ、よほど自分の実力に自信があるようだ。僕が暴れても抑えられると思っていそうだ。


 まあ、暴れるつもりなんてないから問題ないんだけどね。

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