第86話 閑話 ミア、武器を新調する

~side ミア~


 私がシリルの暗殺に失敗して師匠に助けられた次の日、私は師匠の部屋に呼ばれた。たぶん、昨日のことについてだと思う。


 師匠の部屋の扉をノックすると、いつもの優しい声で入ってこいと言われた。


「失礼します」


 何を言われるのか、ちょっとおっかなくて緊張気味に部屋に入る。師匠は部屋の奥にある革張りの椅子に座り、目の前のデスクには一振りの短剣が置かれていた。あの短剣は師匠が使っている、ミスリルでできた短剣だ。


「ミア、お前の復讐相手は魔人に守られていた。それでもお前は復讐を続ける気か?」


 部屋に入って早々、師匠は私の目を真っ直ぐに見つめてそう聞いてきた。


「はい、絶対に諦めません」


 私はその問に即答する。見殺しにされた幼なじみの顔を思い浮かべながら。


 師匠は『フッ』っと息を吐いた後、私に手招きして近くに寄るように指示を出し、デスクの上にある短剣を指さして言った。


「そのためには、レベル上げはもちろんだが武器を新しくしなければならないな」


 師匠曰く、魔人に対抗するためにはレベルを上げるだけではなく、より強い武器を手に入れる必要があるとのことだ。それを聞いて私も確かにその必要があると思った。魔人のステータスは人間よりも遙かに高い。

 私達は暗殺者アサシンだから、正面切って戦う必要はないけど魔人を殺すとなると、それなりの攻撃力が必要になる。それを武器で補うのは道理にかなっている。


 幸い、師匠には伝手があるらしい。何でも、ドワーフの職人に知り合いがいるのだとか。ドワーフが住む国『地下王国ゴルゴンティア』でもNo.1の鍛冶師だとか。ただ、ある事件をきっかけに鍛冶から手を引いてしまったそうだ。

 今、どうなっているのかわからないけど、どちらにせよ、いい武器を手に入れるならゴルゴンティアが一番と言うことで、ゴルゴンティアに一緒に武器を買いに行くことにした。


 何でも、ゴルゴンティアには国の内部から繋がる地下迷宮ダンジョンがあるそうで、武器を新調しがてらその地下迷宮ダンジョンでレベル上げも行おうという魂胆みたい。


 武器を作るのには時間がかかるので、師匠は先にギルドを通して伝言を伝えるみたい。私も長旅の準備をするために、色々なお店を回って必要なものを買い集めることにした。




▽▽▽




 師匠との旅は決して楽なものではなかった。到着する前に少しでもお金を稼ぎたいと、見かけた魔物は片っ端から倒していくし、夜は夜で毎日師匠と稽古をしてから寝る日々だった。オーダーメイドの武器はそれほど高額だってことなのね。


 結局、予定よりも少し遅れてゴルゴンティアに到着した。




▽▽▽




「よう、ノックス。ガスティンが復帰したってのは本当なのか?」


 ついて早々訪れた鍛治ギルドで、ひとりの優しそうな職員を捕まえて師匠が話しかけた。


「これはこれは、イヴァンじゃありませんか。お久しぶりです。そして、ガスティンですが……復帰しましたよ。鍛治師としてもですが、腕もね」


「!? まさか!? 腕も治ったってのか!? いったい何があったんだ?」


 ノックスと呼ばれた職員の言葉に、師匠が言葉を失う。確か師匠の話だと、ガスティンという鍛治師はNo.1でありながら、右腕を失って引退していたという話だ。

 出発前に確認したところ、復帰したとは聞いていたけど、まさか失った腕まで治ってるの想定外だったらしい。


「ふふふ、それについては本人に確認してください。むろん、教えてくれたらの話ですが」


 師匠の問いかけに、ノックスさんはちょっと含みのある言い方で答えた。なかなか曲者のようね、この職員は。


 師匠は、内の街に入る許可証をもらいギルドを後にする。と言うか、ここが二つの街でできているとは知らなかった。ましてや、内の街に入るのに許可証がいるだなんて。


 本来は簡単には手に入らない許可証を、内の街の入り口で見せ、師匠の後について恐る恐る入って行く。


 そこでは、外の街とは違った熱気が私達を出迎えてくれた。



「ここだな」


 師匠はドワーフが多く見受けられる街中を、迷いなく歩き一軒の鍛冶屋の前へと到着した。中からは金属を叩く音が聞こえ、炉から溢れ出ているであろう暑い空気が流れている。


 師匠が中の音に負けないくらいの音が出るように、強めにドアをノックした。


「はーい、どなたですか?」


 中から意外にも女性の声が聞こえてきた。そして、ドアが開くと中からきれいなドワーフの女性が顔を出した。


「……ロ、ローラなのか?」


 そのドワーフの女性を見た師匠が、なぜかうろたえている。師匠の知り合いのドワーフには奥さんがいるって言ってたから、その人なんじゃないかと思うんだけど、なんでこんなにうろたえているんだろう?


「あら、イヴァンじゃないの。お話は聞いてますわ。ささ、お連れ様も一緒に入ってくださいな」


 師匠の動揺をよそに、ローラさんは私達を工房の中に案内してくれた。何かもじもじしている師匠をせっついて私達も中へと入る。外よりもさらに熱気溢れる室内に自然と汗が噴き出てきた。


 大きな炉の前で一振りの剣を打っているドワーフがいた。あれが師匠の言っていたガスティンさんに違いない。この国一番の鍛冶師って言ってたし、今打っている剣の素材はおそらくアダマンタイトだと思う。一流の鍛冶師の名にふさわしい素材だわ。


「ガスティン、おま、おま、おま、おまえの腕が!?」


 そのガスティンさんをみた師匠は、ローラさんを見たとき以上に動揺しあたふたしている。どうしたんだろう今日の師匠は。情緒不安定なのかな?


「おお、イヴァンか? ずいぶん、遅かったな。頼まれてたものはもうできとるぞ! ん? この腕か? 弟子に治してもらっちまったわ! ローラの火傷も一緒にな! ガッハッハッハッハ!」


 えーと、ガスティンさんの話の中身が理解できないのですが? 師匠も口をぽかんと開けて立ち尽くしているし。聞けばローラさんって顔の半分を火傷していたって言うし、ガスティンさんも右腕を失ってたって……

 確か、部位欠損を治すには聖魔法Sランクの完全回復オールリカバリーが使えないと無理だったはず。あの戦争以来、人族はAランクまでしか上がらないはずなのに、その弟子とやらはどうやって治したのだろう? もしかして弟子は人族じゃなかったのかな?


 しかし、ガスティンさんが師匠に短剣を渡し、その短剣がいかに素晴らしいかを語り始めてしまったため、詳しく聞く機会を失ってしまったわ。師匠も、ただただガスティンさんの話に頷いているだけだし。


 一通り説明という名の自慢話が終わると、ガスティンさんは工房の一番目立つところに飾ってあった短剣を慎重に下ろして、そっとテーブルの上においた。工房に入ったときから妙に目についていた短剣だ。淡く白くひかっているその短剣は、近くで見れば見るほど素晴らしいできに見えた。


「こいつはそこの嬢ちゃんのために、ワシの弟子がこしらえた作品じゃ。じゃがな、弟子と言ってもすでに鍛冶の腕はワシを超えとる。現にその短剣はオリハルコンでできておるからな」


「「オリハルコン!?」」


 私と師匠の声が重なる。だってしかたないでしょ? オリハルコンですよ? Aクラスの親方が扱える金属はアダマンタイトが最高だと言っていた。オリハルコンはアダマンタイトよりも上位の素材のはず。と言うことは……頭が痛くなってきたわ。


 ここに来てから信じられないことばかりで、精神がすり減ってしまっていたのだけど、私用に作られた短剣を手にしたら、そんな疲れはすっかりと吹き飛んでしまった。あまりの短剣の素晴らしさに。


 これがあれば、レベルを上げたら魔族にダメージを与えられるかもしれない。そんな希望をもたらしてくれた素晴らしい短剣の柄には、まるの中に可愛らし文字で"ラ"と彫ってあった。

 


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