第85話 旅立ち……そして突然の別れ
ザナックスの陰謀を阻止した次の日、ちょっと遅めに起きた僕と親方は、朝食を食べた後、今後について話し合うことにした。
「さて、卒業試験は問題なく合格だ。ワシから教えることはもうないのだが、ちょっと頼まれごとをしてくれんかの?」
おや、すぐにでも出て行くことになるのかと思ったけど、何やら僕に頼み事があるみたいだ。
親方にはお世話になったから、もちろん受けますよ。
「親方の頼みを聞かないわけがありません。それで、僕は何をすればよろしいのでしょうか?」
親方が言うには、短剣を一振り打ってほしいとのことだった。何でも、親方の古い知り合いが親方に武器を作ってほしいと依頼してきたのだそうだ。その古い知り合いとは、王都に住んでいるらしくわざわざ親方に依頼して取りに来るそうだ。
そして、その知り合いには弟子がいるらしく、僕にはその弟子の短剣を打ってほしいそうだ。
「『弟子には弟子の作品のを』というわけですね」
僕はてっきりそう思ったのだけど、親方からは意外な理由が語れた。
「実はな、その弟子とやらがな"魔人"とやりあってるらしいのじゃよ。魔人に傷をつけられる武器となると……お主の方が適任じゃ」
そうか、僕以外にも魔人と戦っている人がいたのか。もしかして、魔人達の企みに気がついてるのかもしれないね。これは俄然やる気が出てきたぞ。竜断にも負けないくらいの素晴らしい短剣を打ってあげよう!
僕は親方と工房に移動し、
「なぜお前の
僕の方を見て親方が何か呟いているけど、今は短剣作りに集中だね。
僕は取り出したオリハルコンに魔力を通し、炉に入れる。もちろん炎魔法で温度を上げるのを忘れない。段々と赤く熱されていく伝説の金属。ほどなくして真っ赤に染まったオリハルコンを取り出し、魔力をしっかり込めて形を形成していく。
今回の依頼は短剣だから、オリハルコンの量は少なくて済む。刃は両刃で柄にはクロスガードもつけておこうか。素材がオリハルコンなので、薄くても強度は問題ない。刃は少し薄めでその分切れ味をよくした。おっと、柄の部分にはライトマークもつけておこう。
▽▽▽
「ライトよ。行くのか?」
頼まれた短剣を作り終えた僕は、その短剣を親方に託し付与師を極めるべく新たな旅に出ることにしたのだ。世界一の付与師について親方に聞いてみたら、おそらくそれはエルフの族長だと教えてくれた。
エルフの国は、蜃気楼の森と呼ばれる大きな森のどこかに存在しているそうだ。しかし、エルフは元来他の種族との交流を好まない種族なので、国の周りには結界を張り、精霊達にお願いして方向感覚を狂わす霧を発生させてもらっているそうだ。
つまり、たどり着くのも難しく、偶然見つけても結界に阻まれ入ることはかなわない幻の国なのだ。さらにこの蜃気楼の森には、凶悪な魔物も多く棲息しておりさらにエルフの国の守りを強固にしている。
だけど、今の僕にはコジローさんに最強の刀をプレゼントするという目的がある。そのためには、最高の師匠の元で一刻も早く付与を極める必要があるのだ。
「はい、この竜断を
「そうか。ワシにはすでに最強に見えるが……付与じゃな」
さすがは親方、すぐに僕の考えていることを見抜いてきた。僕は親方の問に頷いて答える。
「お主の決めたことじゃ。ワシは何も言うまい」
「ライトさん、この人を立ち直らせてくれただけじゃなく、私達の傷も治してくれてありがとね。料理も取ってもおいしかったわ。本当はずっといてほしかったけど、あなたには何か大きな目標があるみたいだから……頑張ってね」
親方と、一緒に見送りに来てくれたローラさんに見送られて僕は地下王国ゴルゴンティアを後にした。
▽▽▽
(レイ、レイ! いないのかい? 最近出てきてないけど、まだ寝てるのかい?)
僕は最近すっかり姿を見せなくなった(脳内に)レイを呼ぶ。
【ん、ああ、ライトか。久しぶりだな】
よかった。起きてたみたいだ。って言うか本当に寝てたのだろうか? そんな疑問を抱えつつ、エルフの国を目指すことを伝える。エルフの女性は美人ばっかりだから大喜びするはずだ。最近、レイが楽しそうにしている声を聞いてないから、ご褒美になるといいんだけど……
だけど、レイから返ってきた返事は予想だにしないものだった。
【ライト、どうやら俺はもう消えてしまうらしい……もう、一緒に旅をすることができなくなってしまってすまない】
(えっ!? どういうこと!?)
そこからレイは静かに語り出した。最近、寝ることを覚えたというのは嘘で、突然、意識が途絶えてしまうようになってしまったのだとか。意識のない時間が段々と長くなっていき、もう自分を保てなくなってしまったと言うのだ。僕を心配させないように嘘をついていたんだけど、もう限界だって……
(嘘だろ! 嘘って言ってくれよ!!)
【すまない。そもそも転生魔法は失敗していたんだ。それが、お前の中とは言え意識を保てていた方が奇跡だったんだよ。ああ、もうダメそうだ。俺はここで消えるが、お前はお前の目的のために頑張るんだぞ……短い間だったが……一緒に旅することができて……楽しかった……】
(待ってよレイ!? 何とかならないのか!? やだよ!? 消えないでよ!?)
【……古代恋愛術を……最後まで……伝えきれなくて……すまなかった………】
レイはその言葉を最後に、どんなに呼びかけても答えてくれることはなかった。
(何だよ。最後の最後に古代恋愛術って……レイらしいけど、いなくなってほしくなかったよ……)
僕の中に転生してきたときはどうなることかと思ったけど、今では一緒にいるのが当たり前になっていた相棒の気配が消えた。いやらしくて、思春期で、美人に目がなくて、知識が豊富で、僕のことを助けてくれる相棒が……
突然の別れに、新しい目標を掲げ意気揚々とゴルゴンティアを後にした僕の足取りは、いつの間にか囚人の枷をつけたように重いものになっていた。
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