第84話 嫌な予感
卒業試験ついでに
ここまで来るのに十時間ほどかかっているので、今から帰ってもどうせ朝方になってしまう。
それならば、せっかく野営の道具も持って来てるのだし、鉱石を掘っていこうと言うことになったのだ。
僕はさりげなく親方を誘導し、アダマンタイトなどの希少な鉱石を掘り出していく。
「うほ! 今日は運がいいわい!」
僕が採掘師のスキルを使って、鉱石がある場所を探知しているなんて知らない親方は、次々出てくる希少な鉱石に大興奮だ。
しばらく鉱石を採掘した後、僕らは少し開けた場所で夕食の準備を始めた。もちろん、作るのは僕だけど。
土魔法でかまどを作り、
味付けを濃くしたアングリーブルの肉と、シャキシャキの野菜を炒めた、肉野菜炒めだ。これは、料理ギルドのレシピに登録している。
さらに、まだ残っていたクラーケンの足を使ったクラーケンリングも作ってみた。どちらも、親方の好みに合ったようでばくばくと食べてくれた。
一通り食事を終えると、少しお酒の入った親方は昔話をしてくれた。
親方がまだ若かった頃、スキルがなかなか上がらなくて苦労した話。後に相棒となるボルディックさんとの出会い。そして、ローラさんとの結婚。
その頃になるともう親方はゴルゴンティアで一番の鍛治師となっていたそうだ。そして、少し渋い顔をしてザナックスとの因縁の話もしてくれた。
まあ、因縁とは言っても向こうが勝手に敵対視しているだけらしいけど。
そして、最後にローラさんが火傷を負い、自身が右腕を失った火事の話をして、改めてその状況から抜け出すきっかけを与えてくれたと、お礼を言われた。
卒業試験に合格したので、おそらくここを出たら近いうちに僕は親方の元を離れる。そうなる前に二人きりの今、こんな話をしてくれたのだろう。
僕はお礼を言う親方に、逆にここまで育ててくれたお礼を返しながら、頭の中では別のことを考えていた。
親方の家が火事になった時の状況についてだ。
親方の家が火事になった時、親方はボルディックさんと一緒にいたそうだ。大きな仕事を終えたので、二人で遅くまで飲んでいたそうだ。
家にはローラさんが一人でいた。その時に火の手が上がったというのだ。親方は自分の家が燃えていると、友人のひとりが教えてくれて慌てて家に帰ったそうだ。
そして、炎に包まれた自宅に飛び込み、ローラさんを救い出した。自分の右腕と引き換えに。
(それって、今の状況とそっくりでは?)
まもなく深夜になる時間。家にはローラさんがひとり。
(!? そう言えば、この
「親方、ものすごく嫌な予感がします。今すぐ帰りましょう」
もう、僕の予感は確信に近い。親方に説明する時間ももったいない。すぐに野営道具を片付け始める。
「おいおい、どうしたっていうんだ? 今から戻ろうにも10時間はかかるぞ? 今日はここに泊まって、明日ゆっくり戻ると決めたじゃろ?」
僕の突然の言動に混乱した様子を見せる親方。
「親方、今工房にはローラさんひとりしかいません」
「!? まさか!?」
その一言で親方は、僕が何を心配しているのかわかってくれたようだ。荷物もそのままに、すぐに走り出そうとした。
「待ってください、親方。今から慌てて走って帰っても間に合いません」
その親方の腕を掴み引き戻す。
「しかし、一刻も早く帰らなければ! 邪魔するでない!」
親方が僕の腕を振り解こうとふるが、次の僕の一言でおとなしくなってくれた。
「親方、空間転移します。僕にしっかり捕まってください」
「はっ!? お主何を言って……本気なのか?」
「本来は人目を気にして場所を選ぶんですが、今はそうも言ってられません。工房の上に転移します」
僕はそれだけ言い放って、親方と一緒に空間を渡った。
「親方、間一髪でした」
工房の真上に転移した僕達は、重力魔法で浮いたまま工房を見下ろしている。
そして、工房の裏手には辺りをキョロキョロ見回しながら、手に持った木材に火をつけようとしている男がいた。ご丁寧に燃えやすい油まで撒いているようだ。
「親方はローラさんの元へ」
僕は親方を工房の前に降ろし、自分は放火魔の前に降り立った。
「ここで何をしてるんですか?」
湧き上がる怒りをかろうじて抑えながら、静かに男に問いただす。
「なっ!? 何だお前!? どこから現れやがった!?」
もうそれだけで十分だ。
「
僕が唱えたのは水魔法Bクラスの
ぜひ、黒幕を吐いてもらわないといけないからね。
「何だこれ!? 動けな……ゴボゴボ」
少しでもしゃべる気になるように、一度溺れさせておく。
「ぐはっ、ごほっ、おげぇぇぇ」
ギリギリまで溺れさせたせいで、水を飲んでしまったのか、うげうげと吐いている。その水も
「誰がお前にこの家に火をつけるように命じたんだ?」
僕の質問に、なかなか答えようとしなかった放火魔だったが、その後2〜3回溺れさせたら、素直に吐いてくれた。水と一緒に。
「親方、火をつけようとしていた者を捕まえました。やはり、命令したのはザナックスです。すぐに衛兵に突き出しましょう」
僕は男を拘束したまま、家へと戻った。親方は寝ているローラさんの横に座っていた。余計な心配をかけたくなかったのか、親方はローラさんを起こさなかったようだ。
その親方に男が白状した中身を伝えた。
「むうう、やはりザナックスだったか。と言うことは、前回の火事も……」
「親方の予想通りです。この男が前回も火をつけたと白状しました」
親方はひとつ大きなため息をつき、家の外に出た。そこに浮かぶ大きな水の玉と、その中に囚われている男を見た。
「ザナックスのところのギルトか。こりゃ間違いねぇな」
僕と親方はこの男を連れて、衛兵の詰め所へと向かった。
詰め所に着いた時には、水の牢獄に囚われた男を見て、衛兵達が何事かと騒ぎ出したけど、親方が説明することですぐに収まった。
それから、衛兵達は兵士長の指示のもと、ザナックスの工房に突入し、寝ていたザナックスを確保した。
ザナックスは大暴れして抵抗していたが、偶然落ちて来た大岩がザナックスの工房に直撃し、工房が全壊したのを見てようやく大人しくなった。
僕が『捕まってよかったですね。でなければ、あなたの命はなかったですもんね』なんて言った時には、真っ青な顔をしてぶるぶる震えていたから、万が一牢屋から出て来ても二度と親方にはちょっかいを出さないだろう。
こうして、ザナックスの陰謀を阻止することができた僕達は、家に戻ってまた飲み直し、晴々とした気持ちで眠りにつくのであった。
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