第75話 冒険者Aランク試験

 ガスティン親方の昔の相棒であるボルディックさんから、弟子のボッザを紹介しもらい専属契約を結ぶことができた次の日、僕は冒険者ギルドの前に来ていた。


 延び延びにしていたAランク試験を受けるためだ。ここでAランク試験を受けることにしたのは理由がある。ゴルゴンティアの採掘師はみんな地下迷宮ダンジョン奈落の門アビスゲートで金属を採掘している。その奈落の門アビスゲートはもちろん採掘に使われているのだが、それ以外にも冒険者のレベル上げやお宝探しの場所としても有名なのだ。

 その名の通り、地下100層を優に超えると言われる超巨大地下迷宮ダンジョンでまだ踏破されていない。その地下迷宮ダンジョンの奥深くに潜るためには、冒険者のランクが必要となってくる。せっかくなので、暇があるときに地下迷宮ダンジョンに潜るために冒険者ランクを上げておこうというわけだ。


 幸い、今後僕の活動の拠点は内の街リンテイラになる。だから、外の街レクストラの冒険者ギルドでランクを上げておけば、僕が"剣士"のジョブを持っていることが広まることもないだろうと考えたのだ。もちろん、顔を隠して受けに行くつもりだけど。


 カラン、コロン


 というわけで、朝一番で冒険者ギルドの扉をくぐる。顔には下半分布を巻いているから僕だとバレないはずだ。すでにジョブチェンジを済ませており、僕は久しぶりに剣士として腰にはローレッタ様から頂いたアクアソードを差している。


【おお、おおお! 久しぶりの冒険者ギルドじゃねぇか! うひょー! やっぱりここの受付はきれいどころが多いなぁ!」


 冒険者ギルドに来ただけで大騒ぎのレイだが、最近はとっても調子が悪そうだったから、久しぶりの元気な声に何だかこっちも嬉しくなってしまう。言ってることは最低だけど……


 レクストラの冒険者ギルドは、多くの冒険者で賑わっていた。さすがは鍛冶の街、武器防具を求めて様々な国から冒険者がやってくるのだろう。新調したであろうピカピカの武器や防具を身につけている人達が多い。試し切りも兼ねてクエストを探しに来ている冒険者達もちらほら見える。


 僕は最近元気のないレイのために、1番綺麗な受付のお姉さんのところでBランクのギルドカードを見せた。


【ライト! ギルドカードを渡すときに間違った振りをして手を握るんだ!】


 うん、レイはやっぱりこれくらいじゃなきゃね。


「Aランクへの昇格試験ですか!? えっ、あなたまだ子どもなのでは!?」


 ギルドカードを受付のお姉さんにギルドカードを渡すと、盛大に驚かれた。どうやら13歳でAランク試験を受けるのは珍しいようだ。


 それでもお姉さんは直ぐに僕が試験を受けることができるか調べてくれた。実績としては、コジローさんと一緒にたくさんクエストを受けたから問題ないはずだ。


「未だに信じられませんが実績は問題ありません。後は実技試験を受けて頂き合格できればAランクへの昇格となります」


 案の定、実績の方は問題なかった。実技試験である模擬戦も、今丁度このギルドにいるAランク冒険者が引き受けてくれることになった。内の街リンテイラで武器を新調した帰りにここに寄ってくれていたらしい。新調した武器で魔物と戦う前に、慣らしておくのも悪くないと引き受けてくれたようだ。


 直ぐに模擬戦ができるとのことなので、僕は冒険者ギルドに併設されている訓練場へと移動した。




 ▽▽▽




「へぇー、聞いてはいたが本当に子どものようだな」


 訓練場の一角で僕と相対しているのは、Aランク冒険者のスティーブさんだ。要所を守る銀の鎧は使い込んでいるようだが、手に持つ銀色の槍は新品のようで光り輝いている。おそらく、あれが新調した武器なのだろう。


「今回は引き受けてくれてありがとうございます」


 お互いに簡単に自己紹介した後に、まずは引き受けてくれたお礼を言った。


「いやー、いいって事よ! 俺も魔物と戦う前に使い心地を確かめたいと思ってたところだったからよ!」


 そう答えてくれたスティーブさんは、笑顔のまま2m程ある槍を自在に振り回している。流石はAランク冒険者といったところか。



 名前 :スティーブ

 性別 :男  

 種族 :人族

 レベル:61

 ジョブ:槍術士

 クラス:B

 職業 :冒険者


 体力 :443

 魔力 :255

 攻撃力:492

 防御力:586

 魔法攻撃力:261

 魔法防御力:245

 敏捷 :517

 運  :248


 ユニークスキル 

 防御力上昇(小)・敏捷上昇(小)


 ラーニングスキル 

 槍術B Lv13


 早速、スティーブさんを鑑定してみる。何だか人を鑑定するのも久しぶりだ。防御力と敏捷はユニークスキルの恩恵で1.3倍になるから、実際は700前後になるな。さすがにSランク冒険者のコジローさんには遠く及ばないけど、強さとしては武術大会に出場していた槍術士、ロマーノさんと同じくらいかな。


 スティーブさんは準備万端みたいなので、僕も腰に差してあるアクアソードを抜いた。すると直ぐに、スティーブさんの目が鋭くなった。


「坊主、ただもんじゃねぇな……」


 一応、コジローさんから修行をつけてもらったし、ステータス的には僕の方が上だからいい勝負にはなると思うけど……警戒されるほどではないよ?


 Aランクへの昇格試験ということで、先ほどの受付のお姉さんの他、黒い上質な革で作られた貴族のような服を着た、ダンディなおじさんが見に来ている。それ以外にも、いつの間にか試験のことを聞きつけた冒険者達に周りを取り囲まれていた。


(ちょっと、緊張するな)


【おい、さっきの美人お姉さんが見てるんだからな! 格好いいところ見せるんだぞ!】


 うん、緊張がほぐれた。


 お互いに武器を抜いたところで、昇格試験が始まった。


 まずは小手調べとばかりに、僕の顔めがけて連続突きが飛んできた。その連続突きを顔を左右に振ることで躱す。っと、次の3本目の突きは躱しづらい胴を狙ってきた。速度も先ほどより段違いに速くなっている。なかなかいやらしい攻撃をしてくるね。


 ただ、速いと言っても僕の敏捷はスキル込みで1500を超えている。このくらいの攻撃は問題ない。


 僕は片手剣で槍を横からいなし、突きの軌道を逸らす。そのせいで勢い余ったスティーブさんの体勢が少し崩れた。


(これ、攻撃していいのかな?)


 試験の合格基準を聞いていなかった僕は、あっさり倒してしまっていいのか迷ったせいで、その隙を見逃すことになってしまった。


「危ない危ない。まさか俺の突きがいなされるとはな」


 僅かな間に体勢を立て直したスティーブさんがバックステップで再び距離を取る。


 ちょっと間が開いたので僕はスティーブさんに質問してみた。


「あの、どうなれば合格なのでしょうか?」


「ん? 受付で聞いてないのか? 例え負けたとしても、Aランクである俺といい勝負ができれば合格だな。ああ、もちろん、俺に勝てたら即合格だがな!」


 よかった。倒してしまっていいらしい。あんまり早く倒しすぎるとダメなのかと思ったけど、そんなことはなかったようだ。


 スティーブさんは言葉の終わりと重ねるように一気に間合いを詰めて来て、槍を大上段から振り下ろしてきた。僕がそれを剣で受け流すと、スティーブさんはその勢いを利用し円を描くように槍を動かし、何度も振り下ろし攻撃を繰り出してきた。あわよくば、僕の剣をたたき折るつもりなのだろう。


 段々と回転数が上がっていくスティーブさんの槍を、だが僕は余裕を持って受け流していく。しばらく受け流していると、逆にスティーブさんの余裕がなくなってきたのかその表情が険しくなってきた。


「足下がお留守ですよ」


 何度目かの振り下ろしを受け流したところで、僕はスティーブさんに足払いをかけた。


「うぉ!?」


 攻撃に集中していたスティーブさんは、その足払いをまともに受け尻餅をつく。倒していいとわかった今、この隙は見逃す必要がない。


 僕は尻餅をついたスティーブさんに剣を振り下ろす。もちろん寸止めするつもりだけど。


「クッ!? "槍術・貫"!」


 慌てたスティーブさんは、尻餅をついた状態で槍術Bクラスのスキルを繰り出してきた。ここまでスキルを使ってなかったからスキルはなしかと思ってたけど、そんなことはなかったらしい。


「それは!?」


 キン!


 受付のお姉さんが咄嗟に何かを叫んでいたようだけど、その声が耳に届いたときには僕はスティーブさんの槍を躱し様に横から真っ二つに切り裂いてしまっていた。


「あっ!?」

「あっ……」


 スティーブさんと僕の声が重なる。半分に折れた新品だった槍を呆然と見つめるスティーブさん。


「ザナックスに依頼してから1ヶ月も待って完成した俺のエリーゼが……」


「ご、ごめんなさい……」


 とりあえず謝ってみる僕。折れた槍を握りしめながら涙目になっているスティーブさんは、最早戦闘できる状態ではなさそうだ。


【こいつ槍に女の名前をつけてるのか……】


 レイ。そこは僕も気になったけど、今は言っちゃいけないと思う……


 結局あの後、受付のお姉さんの隣にいた謎のダンディなおじさんが終わりを宣言し、僕の昇格試験は終わった。





 そして今は僕は、ギルドの別室で審査の結果を待っている。別室にしてくれたのはギルドマスターの配慮のおかげらしい。

 スティーブさんの槍を斬ったことで、周りが大騒ぎになってしまったから。あのままだと審査結果を待つどころか、質問攻め&パーティーへの勧誘大会になりそうだったので、ギルドマスターが気を遣ってこの部屋を用意してくれたと受付のお姉さんが言っていた。ってかあのダンディなおじさんがギルドマスターだったとは。


 ガチャリ


 ギルドの奥で少し待っていると扉が開いて、ギルドマスターとスティーブさん、それから受付のお姉さんが部屋に入ってきた。 


「さて、ライト君のAランク昇格試験の結果だが、文句なく合格だ。ってか、ミスリルの槍を剣で切ったヤツなんぞ初めて見たわ。お前さんの剣はいったいどうなってるんだ?」


 部屋に入ってくるなり開口一番ギルドマスターが、僕が腰に差しているアクアソードを見ながらそんなことを質問してきた。


「えーと、これもミスリルでできている剣です」


 それを証明するようにアクアソードを抜いて見せる。


「えっ!? まじか? ミスリルで同じミスリルが切れるもんなのか!?」


 ワールーンのローレッタ王女様からもらったこの剣は、付与は2つついているが素材はミスリルのはずだ。ただミスリルは魔力を通しやすい素材なので、強い魔力を通すと硬度や切れ味が若干上がる。それがミスリルの槍を斬ることができた要因だろう。 


「斬るときに魔力を通したので、若干切れ味と硬度が上がったからだと思います」


「いや、それにしたって斬れるわけが……いや、しかし、実際斬れてるわけで……」


 僕の説明にあまり納得していないようなギルドマスターだったが、受付のお姉さんに促され自分の仕事を思い出したのか、一枚のギルドカードを僕に差し出した。その色は黒でAランク冒険者の証となる。


「ありがとうございます」


 僕はそのカードを受け取って、魔法の袋マジックバッグにしまった。


「Aランクの僕がこんなにあっさり負けたんだ。君ならいずれSランク冒険者になれるかもしれないね」


 新品の槍が真っ二つに斬れたショックを引きずっていそうなスティーブさんが、それでも笑顔で応援してくれた。 

 

「あっ、そうだ。これ新しい槍の代金として使ってください。全然足りないかもしれませんが……」


 僕はそう言って金貨が50枚ほど入った袋を差し出した。


「いや、これは受け取れないよ。槍が斬られたのは俺の腕が未熟だったからだからな。それに、俺はAランク冒険者だ。もう一本買うくらいの金はあるさ」


 以前、魔物の素材を売ったお金と料理ギルドから入ってくるお金があったので、それで弁償しようと思ったんだけど、残念ながらスティーブさんに断られてしまった。やはり、先輩冒険者としては後輩から施しは受けないということか。


 まあ、これからザナックスさんのところに注文を入れるとすると、完成までにまた数ヶ月かかるということだから、その間に僕の鍛治の腕が上がれば作ってあげたいと思った。


 この後、ギルドマスターとスティーブさんからAランク冒険者としての心得を聞き、さらに受付のお姉さんから地下迷宮ダンジョン奈落の門アビスゲートの話を聞いて僕は無事Aランク冒険者となったのだった。

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