第74話 専属採掘師

 ガスティンさんの弟子となることができた次の日、僕はアドバイス通り内の街リンテイラに行ってみることにした。


 その外の街から内の街へは、北にひとつある門を通らなければならない。もちろんそこには衛兵が詰めていて、許可証のない者は通ることができない。僕は泊まっている宿から北の門を目指し、内の街に入ることにした。


「お、お前はガスティンさんの弟子なのか!? ついにあのガスティンさんが弟子を……あっ、すまない。通っていいぞ!」


 僕が衛兵さんに許可証を見せると、ちょっとした騒ぎになってしまった。僕の許可証にはお師匠であるガスティンさんの名前も書いてあるから、それを見た衛兵さんが大声を出してしまったのが原因だ。


 ガスティンさんの名前が出たことで、彼が作った武器がまた出回るのではと期待した人達が、大声を出した衛兵さんに詰め寄っていた。そんな、光景を横目に僕は何食わぬ顔で内の街リンテイラへと入っていく。




 ▽▽▽




(おお、これが内の街リンテイラか!)


【おほ! 思ったよりも女の子が多いじゃないか!】


 僕とレイは目の付け所が違うが、確かにレイが言う通りパッと見ただけでもかなりきれいどころのお姉さんが道を歩いている。なるほど、考えてもみれば内の街リンテイラに住むためにはある程度の腕が必要だ。

 そして、ある程度の腕があるということは、彼らが作った武器や防具はそれなりの値段で売れるということだ。

 ということは、売る方も買う方もかなりのお金を持っているということになる。そんな人達が暮らす街は色々な需要があるのは当たり前だ。

 綺麗な人が多いというのも、まあそういう需要があるということだろう。


 そこまで思い至ってから気がついた。


(客としてなら僕も内の街にすぐに入れたのか……)


 鍛冶師として入ることにしか頭になかった僕は、ガスティンさんの試験の時に内の街リンテイラには入れないと思ってしまっていた。


(まあ、あの時入れたところでガスティンさんが作った武器が手に入ったとも思えないし、結果的に弟子になれたんだからよしとするか)


 何て、頭の中で考えているのだがレイからの突っ込みはもうなかった。うーん、さっきまで起きてたのにまた寝ているのかな? 最近随分と寝ている時間が多いような……


 レイのことが気になるとはいえ、せっかく内の街リンテイラに来たのだから色々やっておきたいことがある。まず僕は親方に教えてもらった工房を探してみた。


 事前に場所を教えてもらっていたので、その工房は直ぐに見つかった。親方がこの工房を修理すると決めたのはつい昨日のことなのに、もう修理のための工事が始まっている。これが超一流の鍛冶師の影響力というものか。ただ、意外にもそこは奥まった路地の一角に建てられており、大通りに面した華やかな場所を嫌った親方の職人気質を感じることができた。


 これから自分を鍛える場所となる工房の位置を確認した僕は、次に採掘ギルドを目指して街の中心へと向かっていった。




 ▽▽▽




 ガラン、ガラン


 開けると鍛冶ギルドと似たような、いやそれより少し高い音がなる扉をくぐり中に入ると、たくさんのドワーフ達が目に入った。彼らの恰好は一様に汚れており、おそらくそのほとんどが"採掘師"であることが窺えた。


 決してドワーフ以外がいないわけではないが、僕のような依頼人は少ないらしい。そんな状況なので、簡素な鎧を身につけ左腰には刀を差している人間の子どもはどうやら目立つようで、中にいた人達が一斉に僕を見た。


(は、恥ずかしい……でも、魔法使いに見えないだけまだましか)


【いやー、予想はしていたが見事にドワーフのおっさんしかいないな】


(おや、寝てたんじゃなかったのかい?)


 急に返事がなくなったことが気になっていたから、話の中身よりレイの心配が先に来てしまう。


【寝てたというか、何というか……】


 うーん、何だか最近歯切れが悪いな。まさか身体もないのに体調が悪いとかは……ないよね?


 特にそれ以上の説明がなかったので、いったん心配は置いておいてここでの目的を果たすために動き出す。


 僕が物珍しかったの少しの間だけだったようで、そんな会話をレイとしている間に、僕に向けられていた視線はいつの間にかなくなっていた。


 その状況にホッとした僕は、そのまま受付へと歩いて行く。そこで対応してくれたのは、ガスティンさんより一回り大きいドワーフのおじさんだった。


「おう、坊主。こんなところに何の用だ?」


 受付なのにぶっきらぼうな対応に一瞬腰が引けそうになる。


「あの、僕の名前はライトです。鍛冶師になったばかりなので、専属の採掘師さんを紹介してほしくてやってきました」


 僕が若干怯えながら答えると、ドワーフのおじさんは急に笑顔になって語り出した。


「おおう、おめえさんは鍛冶師見習いか! まだ若そうな人間のくせに、思い切ったことをするじゃねぇか!」


 言葉は悪いがニコニコしながらしゃべってるので、一応は認めてくれているのだろうと思うことにする。


 それから受付のドワーフのおじさんは、専属の採掘師について説明してくれた。基本、専属契約を結ぶためには、自分が提示する条件を募集掲示板に貼り、その条件で引き受けてくれる人が来るのを待つか、紹介掲示板に貼られている採掘師の紹介文を見て、気に入った者がいればギルドに紹介を頼むという方法が一般的らしい。

 前者であれば時間はかかるがほぼこちらの希望通りの条件で契約することが可能だ。後者はある程度希望者の条件を呑まなければならないが、直ぐに契約することが可能というメリットがある。


 僕の場合、まだ鍛冶見習いなのでそれほど希少な金属は必要ない。よって、契約する採掘師も見習いか初心者で事足りるだろうと言われた。

 ちなみに採掘師に支払う給料だが、基本給は採掘師のクラスによってある程度決まっており、Dクラスの見習いだと月に銀貨5枚ほどだそうだ。これがAクラスになると、基本給だけで月に金貨数枚になるというから驚きだ。


 さらにギルドを通しての契約では、依頼した金属を全て相場の半分の値段で買い取ることが義務づけられている。この辺りの駆け引きが微妙で、それほど量が必要ない場合は採掘師の方も基本給で安定した収入を得られるため契約が成立しやすいが、逆に大量の金属が必要な場合は専属契約せずに相場で売った方が儲かるので断られがちだとか。


 一通りの説明を聞いて、僕はまず紹介掲示板の方を見ようと思い受付のおじさんにお礼を言った。


「ありがとうございました。とりあえず、紹介掲示板を見ていい人がいないか探してみたいと思います」


「おう! 鍛冶師を志す若者はどんな種族であれ大歓迎だ。坊主も頑張って立派な鍛冶師になるんだぞ!」


 やっぱり言葉はよくないが、僕のことを応援してくれていることは伝わったので頭を下げてその場を後にしようとした。その時、受付のおじさんが思い出したかのように僕にひとつの質問を投げかけてきた。


「おっと、そういや聞くのを忘れてた。おめえさんは鍛冶師見習いになったって言ってたよな? ってことは師匠がいるんだろう? 誰なんだ? 坊主の師匠ってのは」


「あ、ガスティンさんです」


「なに!? ガスティンだと!?」


 僕が親方の名前を出すと受付のおじさんが大声でその名を叫んだ。途端に大騒ぎになる採掘ギルド。


「何!? ガスティンの弟子だと!? 復帰したのか? あの伝説の鍛冶師が!」

「まさか!? だって傷は治ってないだろう? あ、でも教えることはできるのか?」

「それにしたって、ガスティンの弟子になりたいヤツなんて腐るほどいただろう。その全てを断ってきたってのに、今更どういう心境の変化だ?」

「いやいや、あの坊主の嘘かもしれんぞ?」


 どうやらこの国の元№1鍛冶師の復帰は、採掘ギルドの人達にとっても重大な出来事らしい。僕の周りにはあっと言う間に人だかりができて、親方のことについてあっちこっちから質問が飛んでくる。


 ただ一遍に質問されてもよく聞き取れないし、ここで僕が親方についてあれこれ言うべきではないと思ったので黙っていると、不意に人垣が割れてこちらに一人のドワーフが歩いてくるのが見えた。


 おそらくこのドワーフも採掘師の一人なのだろうが、チェインメイルを着込んだ身体、背中には大きなピッケルを担ぎ、両腰には手斧ハチェットがぶら下がっている。鎧に隠れていない顔や手には多数の傷跡があり鋭い目つきと相まって、まるで歴戦の戦士のようだ。


「おい小僧。ガスティンが弟子を取ったというのは本当か?」


 低い声が広いギルドに響き渡った。先ほどまで大騒ぎしていたドワーフ達が、この人物の登場で嘘のように静まりかえっている。


「は、はい。確かに僕の師匠はガスティンさんですが」


 僕がしどろもどろになって答えると……


「そうか……ついにヤツが復帰したか……」


 ニヤリと笑ったその顔は、暗黒街のボスと言っても過言ではないほど怖かった。


 この歴戦の戦士のようなドワーフは名前をボルディックと言い、何でも親方の元相棒なのだそうだ。それからこのボルディックさんにガスティンさんの弟子になった経緯を根掘り葉掘り聞かれ、僕が答える度に周りも一緒になって唸り声を上げるという時間がしばらく続いた。


「ようやくガスティンが……。しかし、あやつの腕は……よし、昔の相棒のために儂が一肌脱ぐとするか。ボッザこっちゃこい」


 ボルディックさんが大きな声で名前を呼ぶと、小柄なドワーフがこちらに向かってひょっこひょっこと歩いてきた。小柄なドワーフというより子どものドワーフか。


「おい、ボッザ。おめえこのライトの専属採掘師になれ。お互い見習同士、切磋琢磨しながら高みを目指してみろ!」


 ボルディックさんはボッザがこちらにつくなり、突然そんなことを言い出した。


「ええぇ!? 師匠、いきなりに何言ってんすか!?」


 当然、驚きの声を上げるボッザ。両手を振り回し、あたふたしている。


「うるさい。これは決定事項だ。細かな取り決めは二人で話し合って決めるんだな」


 身も蓋もない宣言に黙り込んでしまうボッザ。ボルディックさんは『今度あいつのところに酒持っていくか!』と大声で笑いながら去ってしまった。残された見習い二人。とりあえず自己紹介を済ませ、ギルドの一角を借りて契約の詳細を話し合った。


 基本給は月銀貨5枚。週に3日地下迷宮ダンジョンに潜り、鉄や銅と言った金属を中心に集めてもらう。それから、ボッザがCクラスに上がったらミスリルも採掘してもらうという内容で契約を交わした。

 それと、時々でいいからボッザの採掘について行かせてほしいとお願いしてみた。純粋に採掘に興味があったのと、材料がないときは”採掘師”に転職して熟練度を上げておこうと思ったからだ。

 ゆくゆくは、採掘から鍛冶まで一人でこなせるようになりたいからね。ボッザからは二つ返事で許可をもらった。不思議がっていたけど。


「それじゃあ、来週からお願いします」


「いや、同じくらいの歳なんだし敬語はいいだろう! これからよろしくなライト!」


 予定外の展開ではあったが、上手く条件もまとまり僕は専属の採掘師と契約することができたのだった。

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