第73話 弟子登録

「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」


 朝一番にガスティンさんの家に着いた僕は、眠たそうに出てきたこの国一番の鍛冶師に大きな声で挨拶をした。


【いやいや、脳内にいる俺にまで響いてくる声ってどんだけだよ……】


 昨日の晩は聞けなかったレイのぼやきを聞いて安心した僕は、『全く、来るのが早すぎるんだよ……』と呟くガスティンさんの後を追って、家の中へと入っていく。


 僕は今日からガスティンさんの弟子となるが、実際に鍛冶のイロハを教えてもらえるのはもう少し後になるそうだ。

 何でも、ガスティンさんの工房は内の街リンテイラにある上に、火事で燃えた後そのままに引っ越してきたから、まずはその工房を直すところから始めないとならないのだ。


 そこで今日はガスティンさんと一緒に鍛冶ギルドに行き、僕をガスティンさんの弟子と認めてもらい、リンテイラに入るための許可証を発行してもらうようだ。その後、ガスティンさんの家に戻り鍛冶に関する知識を先に学ぶことになっているらしい。




 ▽▽▽




 ガラン、ガラン


 相変わらず重厚な音を響かせる扉を開けて、ガスティンさんが鍛冶ギルドへと入っていく。僕がその背中を追って中に入ると、ギルド内でざわめきが起こっていた。


「おい、ガスティンさんじゃねぇか!?」

「まさか!? あの人は火事で片腕を失ってから人前には姿を現さないって……ってほんとかよ!」

「うお!? ガスティンさん、1年ぶりにじゃねえか!? 何しに鍛冶ギルドに?」


 流石は元№1鍛冶師。姿を現しただけで大騒ぎだ。しかし、そんな喧噪を気にする風もなく、ガスティンさんは受付へと一直線に歩いてく。


「なあ、ノックスはいるかい?」


 ガスティンさんが低い声で聞くと、今度は一転、先ほどまでの騒ぎが嘘のように収まり、誰もがガスティンさんの一挙手一投足に注目している。


「あ、はいぃぃぃ。今、お呼びしますぅぅぅ!」


 明らかにテンパった様子で受付の男性が奥へと引っ込んでいく。これが№1鍛冶師の実力か。格好いい!


 受付の男性が奥に姿を消してから直ぐに、ノックスさんが現れた。こちらは先ほどの男性と違い、落ち着いた足取りでゆっくりとガスティンさんの前までやってきた。


「やあ、ガスティン。後ろにライト君の姿があるってことはそういうことなんだね」


「ああ、そういうことなんでさっさと手続きを頼む」


 渋い顔のガスティンさんとは対照的に、ノックスさんは嬉しそうにそう言った後、僕の方をチラッと見てニコッと笑いかけてくれた。その意図に気がついた僕はお礼の意味も込めて頭を下げる。


【チッ! 野郎の笑顔ほど気持ち悪い物はないな……】


 ガスティンさんを紹介してくれたノックスさんに、何てことを言うんだこの腐れ賢者は!


「それにしても、君の作った武器なんてもう外の街レクストラには残っていないだろうに。彼はどんな裏技を使ったんだい?」


 なるほど、ノックスさんはこの外の街にガスティンさんが作った武器が残っていないことを知っていたのか。それだけに、僕がガスティンさんとここを訪れたことが意外だったようだ。


「あー、それはだな……その……ローラがな……」


 その一言で全てを察したのだろう、ノックスさんの目が驚きでめいいっぱい広がっている。


「いや、確かに彼女は君が作った短剣を持っていたが……あのローラが人前に!?」


 ノックスさんがこれほどまでに驚くとは。余程、ローラさんは人前に出るのを嫌がっていたのだろうか。確かにあれほどの火傷が顔にあったら人前には出たくないだろうが……それ以外にも何か嫌なことでもあったのかな?


 盛大に驚きつつもノックスさんの手は止まっていない。流石はサブマスターといったところか。ノックスさんとガスティンさんはさらに二言、三言会話をした後、僕の弟子登録が終わったようでノックスさんから一枚のカードを渡された。


「それが内の街リンテイラに入るための許可証になりますので、なくさないように気をつけてください」


 僕はノックスさんにお礼を言い、許可証を魔法の袋マジックバッグにしまった。


 それを見たガスティンさんは、無言でノックスさんに背を向け歩き出す。


「ふぅ、ようやく肩の荷が下りた気がします。ガスティンをよろしくお願いしますね」


 去り際に小声で僕にそう告げたノックスさんに頭を下げ、僕はガスティンさんについてギルドの外へと出た。




 ▽▽▽




 許可証をもらった僕らは、ガスティンさんの家に戻りこれからのこと、そして鍛冶についての基礎知識を学んだ。


 これからについては……


・ガスティンさんのことは『親方』と呼ぶこと。

・この家は引き払い、修理が終わり次第ローラさんとともに工房兼自宅に住むこと。

・住み込みさせてもらう代わりに、工房の掃除や道具の手入れなどの雑用をすること。

・ガスティンさんに鍛冶の技術を教えてもらう代わりに、月に大銀貨一枚を支払うこと。ただし、僕の作った作品が月に大銀貨一枚以上で売れるようになれば、差額は給料としてもらえること。

・ローラさんにちょっかいをかけてはいけないこと。


 以上を守るように言われた。最後のひとつはいらない気がするけど、ガスティンさんが一番こだわったのはそこだった。うん、愛妻家って事だね。


 続いて鍛冶については……


・練習用の素材については自力で用意すること。この自力というのは、専属の採掘師を雇って集めることも含む。

・鍛冶師のラーニングスキル"金属加工"は、序、初、中、上、特、超と上がっていき、ランクによって扱える金属が変わってくること。

・ガスティンさんは利き腕がないので、見本を見せることができない。その分、上達が遅くなる可能性があること。

・くれぐれもザナックスには関わらないようにすること。


 こういったことに加え、鍛冶で使う道具や心構えなどについて教えてもらった。


 それから、内の街リンテイラにある工房の修理には一週間ほどかかるらしいので、その間に内の街リンテイラに行って専属の採掘師を探してくるといいとアドバイスをもらった。内の街リンテイラには興味があったので、早速明日行ってみることにしよう。


内の街リンテイラか、楽しみだな!)


【あーあ、いったいいつになったらかわいこちゃんに会えるんだか……】


 内の街リンテイラはここ外の街レクストラよりも職人達が多いそうだ。つまり、レイが言うかわいこちゃんに会える確率も格段に減ってしまうと思われるわけで……


(僕が一人前の鍛冶職人になるまで我慢してくれるかな?)


【まあ、いくら職人の街といっても女の子が全くいないという訳じゃあないだろうさ。中には強さと美貌を兼ね備えた冒険者がいて、お前の作った武器を買いに来る日が来るかもしれない。それを期待して気長に待つとするよ】


 もっと文句を言うのかと思ったら、意外とあっさり許してくれた。これが俗に言うツンデレというものか。


 レイが思ったより僕のことを考えてくれていて嬉しくなった。そんないい気分のままベッドに潜り込んだ僕は、グッスリと眠ることができたのだった。

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