第71話 鍛冶師ガスティン
ガラン
鍛冶ギルドの扉を開けると、冒険者ギルドとは少し違った重厚な音がなる。鍛冶ギルドだけあって、鈴が金属製になっているからだろうか。
扉をくぐると、半円状に作られたカウンターの中に数人の受付が座っている。ここも冒険者ギルドとは違い、男性の受付もいるようだ。その半円のカウンターに奥に繋がる扉があり、数人の職員が行ったり来たりしている。行き来が多いせいか、扉は開け放されており暖簾のようなものがさがっていた。
カウンターの横には掲示板があり、依頼書が貼られている。ただ、冒険者ギルドと違って鍛冶ギルドはこの掲示板を管理していないらしい。依頼人が自分で依頼書を貼り、職人達は気に入った依頼があれば自分で依頼人を訪ねるそうだ。まあ、武器や防具の作成以来なんかは直接工房に行くのが普通だから、ここにある依頼は初心者向けの依頼ばかりという話だ。
「すいません。登録をお願いしたいのですが……」
僕は優しそうな男性の受付の前に立ち、鍛冶ギルドへの登録手続きをお願いした。
【なぜ、なぜわざわざ男の受付に話しかけるんだ!?】
(ふふふ、いつも女の人のことばかり考えているからたまにはこういうのもいいだろう?)
「はい、鍛冶ギルドへの登録ですね。それではこちらの用紙に必要事項を記入してください。鍛冶ギルドについて詳しい説明は必要ですか?」
いつも脳内で僕のやる気を削いでくれるレイに、ちょっとした仕返しをして気をよくした僕は、見た目通りに優しかった男性に鍛冶ギルドについて説明してもらった。
それによると……
・鍛冶ギルドのランクはF~Sまで存在する。
・ランクアップの条件は鍛冶ギルドがランク毎に定めている物を作れるかどうかである。つまり、鍛冶ギルドのランクは冒険者ギルドと違い、完全にジョブクラスや習熟度と連動していると言える。
・鍛冶ギルドに登録すると、ギルドにある依頼掲示板を使うことができる。
・定期的に何かを納品したりする義務はなく、一度得たランクは規約に違反しない限り取り消されることはない。
ということらしい。
ちなみに、鍛冶師のラーニングスキル"素材加工術"は、クラスによって扱える素材が変わってくる。例えば、Dクラスの"素材加工術・序"では銅や鉄といった何の変哲もない金属しか扱えない。いや、扱えないというより『素材に上手く魔力を込めることができない』というのが正しい。
形だけを整えるならば、金属を熱しハンマーで叩くことでできるが、鍛錬するときに魔力を込めた物と込めなかった物では、その出来映えが大きく変わってくる。従って、自分が扱えるクラス以上の素材を使っても、魔力の籠もっていないなまくらな物しか作ることができないのだ。まあ、それでも希少な素材を使えばそれなりの物にはなるのだが。
もちろん、いくらジョブクラスが高くても造形の技術がなければ性能が落ちるので、高い習熟度と技術が合わさって初めて国宝と呼ばれるような武器や防具ができあがるのである。
受付で一通りの説明を聞いた僕は、酒場で得た情報についても質問してみた。
「あのー、この国で一番腕のいい鍛冶師といえばどなたになりますか?」
「うーん、そうですね。やはり今一番と言えばザナックスさんでしょうかね。ただ、ここだけの話、確かに彼が作る物はよい出来なのですが、それ以外の評判はあまりよくありませんね。まあ、こんなこと
うーん、せっかく弟子入りするならこの国一番の鍛冶師と思ったけど……評判が悪いのかぁ。ちょっと考えちゃうな。受付の男性が言うにはお金や名声を得るためには、結構あくどいことも平気でするらしい。そんな職場は嫌だなぁ。
(そうだ。もうひとり気になった人についても聞いてみるか)
「あの、ガスティンさんという鍛冶師はいらっしゃいますか?」
僕がその名前を出した途端、受付の男性の笑顔が凍り付いた。さらには、近くにいた職員まで動きを止めてこちらを注視している。
「ガ、ガスティンさん……ですか? 失礼ですがどちらでその名を?」
明らかに引きつった顔で答える受付の男性の声が震えている。それほどまでに出してはいけない名前だったのか?
「いえ、ギルドの酒場の方でちょっと……それで、そのガスティンさんはどのような鍛冶師なのですか?」
「そ、そうでしたか……ガスティンさんについて知りたいのでしたら、もっと相応しい者がいますので少々お待ちを……おい、ノックスさんを呼んできてくれ」
ギルドの職員の反応からもっと危険人物だと思っていたのだが、意外にもちゃんと紹介してくれるようだ。
しばらく待つと、ギルドの奥から一人の優しそうな男性が現れた。
「初めまして、ここのギルドでサブマスターをやっておりますノックスと申します。それで、ガスティンについてでしたね。ちょっとここでは何なのでこちらへ来ていただけますか?」
別室に通された僕はそこでガスティンという人物について話を聞いた。それによると、ガスティンとはAランクの鍛冶師で一昔前までこの国一番の腕前だったらしい。だが一年程前に、
そこで先ほど出てきたザナックスという名前だが、ナンバー2だった彼が現在この国の一番になっているというわけだ。ちなみにザナックスもAランクの鍛冶師だそうだ。
「それで、ガスティンはそれ以来すっかり表舞台から姿を消しちゃってね。まあ、自分の腕もそうだが最愛の奥さんが顔を火傷して寝込んでしまったのが原因なのだが……今じゃ、すっかり酒に溺れてしまって、親友の私としても彼には立ち直ってほしいんだけどね」
最後のセリフを、頬をかきながら寂しそうに呟いていたのが印象的だった。
どうやらこのガスティンという人物は、頑固で融通は利かないが真面目な職人だという話だ。どうせなら、評判の悪い№2より、頑固一徹の№1の弟子になりたい。よし、ここはガスティンさんを訪ねてみよう。
【はあ……ドワーフ族の頑固一徹職人様か…………お前、絶対わざと女の子を避けてるだろう!】
(いやー、そんなことはないよ。たまたまだよ、たーまーたーまー!)
【くそう、このままでは俺の壮大な計画に影響が……】
ろくでもなさそうな計画については絶対に聞かないでおこう……
僕がガスティンさんの家を訪ねたいとノックスさんに言ったら、『自分も用事があるからついでに』と案内を買って出てくれた。
僕らはギルドを後にし、ノックスさんの案内でガスティンさんの家に向かった。
▽▽▽
「ここです」
ギルドを出てから歩くこと十数分、ノックスさんは一軒の小さな家の前で立ち止まった。
ノックスさんが扉を叩くと、しばらくしてゆっくりとその扉が開いた。中から出てきたのは、左手に酒瓶を持ったがっしりとした体格のドワーフだった。右腕は肘から先がなく、酔っ払っているのか顔は赤らんでいるが、目つきは鋭くいかにも職人といった気難しそうな顔をしている。
「ああ、ノックスか……何だ、何か用か?」
元ナンバー1鍛冶師は一言そう発すると、左手の酒瓶に口をつけた。
「酒はほどほどにと言ったはずですが……まあいいでしょう、これは今月分の金貨ですよ」
そう言ってノックスさんは金貨を一枚ガスティンに渡す。
「む、すまない」
左手に持っていた酒瓶を脇に抱え、金貨を受け取る隻腕の鍛冶師。
「ガスティン、もうあなたの蓄えも底を尽きそうだよ。そろそろ復帰してはどうかな?」
「…………そうは言ってもこの腕ではな……」
ノックスさんの提案に寂しそうな顔で答えるガスティンさん。しかし、僕を置いて会話がどんどん進んでいってしまう。何となく居心地の悪さを感じていると、ようやく僕の存在に気がついてくれたガスティンさんと目が合った。
「それで、そっちのちっこいのは?」
「おっと、紹介が遅れてしまいましたね。こちらはライト君。あなたへのお客さんですよ」
ノックスさんに紹介してもらい、頭を下げる僕。その僕を訝しげに見るガスティンさん。
「まさか、おめえは……」
「僕の名前はライトです。鍛冶師になって最高の一振りを作りたいです。弟子にしていただけないでしょうか?」
「かー、やっぱりか。ここ最近は少なくなってきたと思ったが、まだおったか。残念ながらワシ見ての通りもう鎚は持てんようになっちまったからな……鍛冶を学びたいならザナックスのところにでも行くんだな。ヤツを満足させる腕か金がありゃ使って貰えるだろうさ」
むむむ。やっぱり一筋縄ではいかなかったか。ってか、ザナックスの弟子になるのに金が必要って……意地でもガスティンさんの弟子にならねば。
【こんなおっさんのどこがいいんだか……】
ガスティンさんが出てきてから、完全に興味をなくしていた脳内賢者が呆れたように感想を漏らす。しかし、鍛冶師のジョブクラスを上げるのが目的だって言ってるのに、全く理解してくれないんだなこのお方は。
僕がどうすればいいか悩んでいると、ノックスさんが助け船を出してくれた。
「ガスティン。鎚を握れなくても教えることはできるでしょうに。いい加減前に進んでほしいものです。ローラのためにもね」
「っち。嫌なところを突きやがる。あー、わかったよ。そこの小僧に一つチャンスをやろう。ライトと言ったな。今日の夜までにワシが作った武器を探して持ってきたら弟子にしてやろう。どうだ? 挑戦してみるか?」
「はい! ぜひやらせてください!」
おお、ノックスさんのおかげで弟子になるチャンスが貰えた! しかも、割と簡単な条件で! って思っていたら、ノックスさんの表情が渋くなっているのが見えた。もしかして、これって結構難しいことなの!?
とりあえず、弟子になるチャンスを与えられたのでこの試験に合格するために、今から早速ガスティンさんの作った武器を探しに行くとしよう。
助け船を出してくれたノックスさんにお礼を言い、僕は駆け足でこの国にある武器屋を目指すのだった。
~side ???~
「はぁ、ガスティン。お前さんはどうやっても弟子を取るつもりがないんですね。あなたが作った武器なんて、
「あん? まあ、あれだ。ローラのこともあるしな……」
「そのローラだって、この現状を望んでいるわけじゃないでしょうに」
「むう、だが、しかし……」
ライトが去った後、ガスティン家の前ではそんな会話がなされていた。
その会話を玄関の陰からそっと聞いている人物がいることに気がつかずに。
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