第70話 閑話 ミアの暗殺計画
~side ミア~
師匠がロンディウムに出発してか十日ほどたったある日、私の元に待ち望んではいたけど少々早すぎる一報が届いてしまった。シリルが頭となっている犯罪組織『血塗られた盾』が二週間後に、とある商人のキャラバンを狙うというものだ。
しかも、シリル自身はその計画に参加せず一部の側近達とともにアジトに残るというのだ。"
まだシリルを含めた組織の全容は判明しておらず、ギルドマスターが不在のため仲間達には止められてしまったが、私の頭の中ではすでにシリル暗殺の計画が練り始められていた。
▽▽▽
「情報通りのようね」
私が情報を得てから二週間後、『血塗られた盾』のアジトを見張っていた私の目の前で、商人の一行を襲いに行くであろう野盗達が続々とアジトから姿を現していた。その中にシリルの姿はないが、これだけの人数が参加するのならば、アジトに残っているメンバーはかなり少ないはずだ。
もちろん、暗殺者ギルドの仲間には内緒で来ているので、ここには私一人しかいない。およそ三十名の野盗達が出て行ってからは、入り口にいるのは粗末な革の鎧に短剣を腰に差した見張りが一人。
(これはチャンスだわ)
野盗達が出てくる前は、見張りは二人いた。それが今は一人しかいないということは、それだけ中の人数も少ないということだ。最後の一人が出払ってから十二分に時間が経ったのを確認して、私はそっと入り口へと近づいた。
『血塗られた盾』のアジトは天然の洞窟を利用しているようで、入り口の直ぐ横にはダークグリーンの草が生えている畑が広がっていた。おそらくあれは毒草だと思う。商隊ばかり襲っていたらいずれ騎士団や冒険者達に狙われてしまうのがわかっているから、他に収入源を作ったというわけね。
何てずる賢い。ただ、今はその毒草の畑のおかげで、姿を隠しながら入り口の近くまで近づくことができたのだから、そういった意味では感謝しなきゃね。
さて、今私の前十メートルほどのところに見張りがいる。思ったよりも若い男性で、粗末な革の鎧に身を包み仲間が歩いて行った方を緊張した面持ちで見つめている。
その様子を見るに、まだ『血塗られた盾』に入ったばかりの新人なのかもしれない。仲間達の動向が気になるのでしょう。だけどそれは、私にとっては好都合だった。
私は、意識が仲間の方に向いていて注意力が散漫になっている見張りの元に、暗殺術のスキルを使い忍び寄る。そして、そのまま気づかれることなく首筋に手刀をたたき込んだ。その一撃で見張りの男性はあっけなく気を失い、私はまんまと『血塗られた盾』のアジトへの侵入を成功させたのだった。
アジトの中は、元々洞窟だったとは思えないほど過ごしやすく改良されていた。床も平らに削られており、壁には
どうやらシリルはかなり貨幣を稼いでいるようだ。私は洞窟の内部構造を頭に入れながら、見つからないように慎重に先へと進んでいく。本当は"暗殺術"Aクラスのラーニングスキル"気殺"が使えればよかったんだけど、私はまだCクラスだから無理なのよね。
それでも私は洞窟の内部構造を記憶しながら、"無音"と"無臭"、900を超える敏捷を使い、人に見つからないように慎重に奥へと進んでいった。
何人かの野盗をやり過ごし、奥へ進むこと数十分。私の目の前に、明らかに今までとは大きさも飾り付けも違う立派な扉が現れた。
(ここで間違いなさそうね)
私は扉に耳をつけ、中の様子を確認する。
(大声で笑っている男が1人。おそらくこれがシリルね。さらにその近くに男が1人と女が2人いるわね。これならいけるわ)
さらに私は罠がないことを確認し、静かに扉を開け隙間から中の様子をのぞき見る。
部屋の中には、盗品であろう武器や防具、調度品などが所狭しと並べられていた。その奥に、一際豪華な椅子に座っている男がいる。下品な顔、下品な笑い声を上げるその男だが、革のジャケットから伸びる腕は筋肉質で、決してその男が弱くないことを物語っていた。
(さて、私の攻撃力が届くかしら)
相手は"剣士"のレベル45。片や私は"
"
不意打ち、油断、必殺技、この三つが合わさったとき、私の攻撃力は剣士の防御力を超える。そして、このナイフで傷をつけたとき、私の復讐は完了するのだ。
私は部屋に置かれている調度品に身を隠しながら、ターゲットへと近づいていく。不意打ちが絶対条件の一つなので、見つかるわけにはいかない。
慎重に且つ素早く、シリルとの距離を詰めていく。もちろんシリルはおろか、側近っぽい男性も、やけに露出の多い衣装を身につけた女性達も私に気がついていない。
シリルと距離にして数メートル。敏捷が900を超えている私にとっては一秒未満で到達できる距離だ。大きな甲冑の陰に身を隠し、シリルの視線が外れるのを息を潜めて待ち続ける。狙うは人体の急所でもある首。ここなら防御力も低くなっているはずだから。
そして、ついに絶好のタイミングが来た。シリルが私の反対側にいた女性に酒をつがせようと杯を差し出したのだ。その杯に全員が注目している。
甲冑の陰から矢のように飛び出し、猛毒を塗った短剣で首筋を払うように切りつける。もちろん、スキルを使うのも忘れない。私は"
(
杯に目を奪われていた四人はまるで気がついていない。必殺のタイミングで放たれた一撃だったのだが……
ギィィィィン!
その一撃は、突如現れた黒い剣に阻まれてしまった。
「なっ!? 何事だ!?」
そこでようやくシリルが私に気がつき、大声で叫ぶ。
私の短剣を止めたのは、胸元を開けた黒いシャツを着たラフな服装の男だった。
「シリルさんよ。アンタあとちょっとで死ぬとこだったゼ!」
私の短剣を止めたその若い男の目は赤かった。
(ま、魔族!? 何でこんなところに!?)
「おおう!? ドルドか? 助かったぜ! それで、お前は誰だ? 見たことない顔だが」
(見つかってしまった!? せっかくのチャンスだったのに。目の前にライトの仇がいる。でも、不意打ちを防がれた私にこいつを殺す力はない)
そう判断した私は、直ぐに身を翻しドアの外へと逃げ出した。
「おいこら! 待ちやがれ!」
背後から聞こえてくる怒声を完全に無視して、私は来た道を必死に戻る。っとその時、嫌な予感がした私は身体を前方に投げ出し、地面を転がった。その瞬間、私が先ほどまでいた場所に黒い影が突き刺さる。
「おや? 躱されちまったカ?」
背後から聞こえてきた声に振り向くと、背中から黒い翼を生やし飛んでいる男の手から、黒い剣の刀身が伸びているのが見えた。
「まさか!? 速すぎる!?」
そこにいたのは、先ほど私の必殺の一撃を防いだ魔族の男だった。
「人間にしては速いが、俺にとってはまだまだだナ」
そう話す男は笑顔だったが、その殺気は私の身体を動けなくするのに十分な量だった。
この男から逃げ切るのは不可能。そう判断した私は、無理矢理身体を動かし、戦闘態勢をとらざるを得なかった。
「俺の殺気を受けて、まだ動けるとハ。中々気の強いお嬢ちゃんだナ」
ドルドと呼ばれた赤い目の魔族は、楽しそうな笑みを浮かべて私を見下ろしている。
私のステータスで一番高いのは敏捷だ。その私の一撃が防がれたのだから、このドルドの敏捷は私と同じかそれ以上だと思われる。加えて、魔族のこの男の一番高いステータスが敏捷だとは思えない。つまり、私はこの男にステータスでは遠く及ばない可能性が高いのだ。
私のこめかみから一筋の冷たい汗が流れ落ちる。まともに勝負しても勝てるわけがない。相手に悟られないように戦いつつ、何とか洞窟の外に逃げ出さなくては。
「ふむ、そっちが動かないならこっちからいかせてもらおうカ」
ドルドはそう言うが早いか、黒い短剣の刀身を伸ばし次々と突きを放ってきた。私はそれを必死に躱し、何とか逃げ出す隙を見つけようとする。
しかし、このドルドは私が思っていた以上に強かった。逃げ出すどころか、手加減されているであろう攻撃を躱すので精一杯だった。
(なぜ手加減しているのかしら? これだけ強いなら簡単に私の事なんて殺せるはずなのに)
おかしいと気がついたのは、何度目かの突きを躱したときだった。このドルドという魔族はいつでも私を殺せるはずなのに、あえて殺さないようにしているようなのだ。
先ほどのシリルとのやり取りからも、この魔族が「血塗られた盾」の一員であることは間違いない。なぜこの魔族わざわざ自分よりも弱い人間に従っているかはわからないが、こっちを殺す気がないならその考えを利用させてもらおう。
私は右手に持っていた短剣をドルドに投げつけると同時に、背を向けて洞窟の出口めがけて走り出した。
「おっと、こちらの意図がバレちまったカ。だが、殺さないとはいっても傷つけないとは限らないゼ」
そのセリフとともに放たれた一撃が、私の左脚をかすめる。
「ウッ!?」
その痛みに足がもつれ、洞窟の入り口直前で転倒してしまった私。
「さて、殺しはしないが拘束はさせてもらうゾ」
そう言い放ったドルドが私を拘束しようと近づいたとき、入り口から飛んできた短剣が彼の足下に突き刺さった。
「おいおい、俺のかわいい弟子に何してくれてるんだ?」
「し、師匠!? なぜここに!?」
洞窟の入り口から差し込む光を背に現れたのは、私の師匠イヴァンさんだった。
「お前は・・・Aランク冒険者のイヴァンだナ。ふむ、ロンディウムの武術大会に出ていると思ったが、違ったのかナ?」
そう、なぜドルドがそのことを知っているのかは別として、師匠のイヴァンさんは暗殺の依頼ついでに、多民族国家ロンディウムで行われる武術大会に出場しているはずなのだ。確かにもう終わっているはずだが、移動時間を考えるとここにいるはずがない。
「あー、ちょっと嫌な情報が耳に入ってね。武術大会は途中で棄権して急いで戻って来たわけよ。おかげでギリギリ間に合ったようだな」
「!?」
もしかしてその嫌な情報とは・・・私のことだよね。おそらくキール辺りが師匠に伝えたのだろう。私がシリルの居場所を調べていたのを知ってるのも、師匠とキールだけだしね。余計なことを……ってここに来る前の私なら思うけど、今となってはその余計なことに感謝しなければ。
ただこの魔族、強さの底が知れない。師匠が来てくれたのはありがたいが、下手したら私と師匠の二人がかりでも勝てないかもしれない。
そんなことを考えて師匠の方を見てみると、私と同じ気配を感じ取ったのか顔では不敵な笑みを浮かべているが、そのこめかみからは一筋の汗が流れている。
「フフフ、さすがに二人相手ではこちらの分が悪いカ。今回は見逃してやル。さっさとその子を連れて逃げるんだナ」
だが、私の心配をあざ笑うかのようにドルドがそんなセリフを吐いてきた。
「いいのか? お前さんが本気になれば……いや、今はその言葉に甘えさせてもらおう。行くぞ、ミア」
師匠も魔族の言葉に違和感を感じたようだが、今そこを突っ込むべきではないと判断したのだろう。何も聞かずに私をアジトの外へと連れ出した。
「師匠、すいませんでした」
『血塗られた盾』の追っ手が来ないのを確認したところで、私は師匠に謝った。
「ああ、今回の件はお前が軽率な行動をしたことで命を失うところだったからな。今後は気をつけてもらいたいところだが……まあ何だ、お前がそこまであの盗賊団のことを目の敵にしているとは思っていなかった。その思いと覚悟に気がついてやれなくて悪かった」
師匠の言葉に思わず目頭が熱くなる。シリルに責任を取らせることができなかったのが悔しくて、魔族に殺されると思った恐怖で、そして師匠が私のことを大切にしてくれていることに気がついて……私の目からは大粒の涙がこぼれ落ちるのだった。
▽▽▽
「ククク。中々の逸材ではあったが、あんな小娘一人殺したところで大した足しにはならないからナ。今は見逃してやル。精々、強いお仲間をたくさん連れてきてくれヨ」
イヴァンとミアの背中を見送ったドルドは、洞窟へと踵を返しながらそう呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます