第四章 鍛治師編

第69話 地下王国ゴルゴンティア

 多民族国家ロンディウムを出た僕は、北にある地下王国ゴルゴンティアへと向かった。ゴルゴンティアはドワーフ王が建国した国で、その名の通り地下洞窟を利用して造られている。国の内部から繋がる地下迷宮ダンジョンも存在しており、そこから多様な種類の鉱石が採れるそうだ。

 そんな特殊な環境も相まってか、ゴルゴンティアに住むドワーフのジョブは"鍛冶師"や"採掘師"が圧倒的に多いそうだ。元々、ドワーフは力が強くそれでいて器用な種族なので、鍛冶師や採掘師に適しており、そんな彼らにとっては最高の環境と言えるだろう。


 ロンディウムからゴルゴンティアへは、途中ブロードピーク山脈を迂回するため馬車でおよそ一ヶ月かかる。僕なら空を全力で飛んで行けば、二~三日で着くと思われるが今回はあえて徒歩で移動する。理由は"侍"のジョブクラスを上げるためだ。それに今のステータスなら、馬車と同じくらいかそれよりも早く着くだろう。


 僕がゴルゴンティアへと行く目的は"鍛冶師"になって最高の"刀"を作ることだ。そのためには、実際に刀を使った経験がある方が良い物を作れるのではないかと考えた。というわけで、僕は侍にジョブチェンジし、左腰に武闘大会の優勝賞品でもらった村正を差している。


「さーて、のんびり行こうかな」


【お前、早速"侍"になってるな……】


(いや、道中の時間無駄にしないようにと……)


【飛んで行きゃいいだろう】


(それはそうなんだけど……刀を作るなら、刀を使っておいた方がいいかと思って)


【……間違ってはいないな。俺も錬金術を極めたけど、ポーションなんかは作る前に実際使ってみたしな】


 何やらレイのお墨付きをもらったようなので、自信を持って侍道に励むとしよう。


 まずは街道から少し外れた森の中を、魔物を倒しながら進んで行く。初めて使う刀は、妙にしっくりきた。片手剣や大剣と違い、斬るに特化した作りで細くて軽い。堅さはそれなりにあるが、相手の攻撃を受けるのには向いていない。むしろ、受け流す技術を身につける必要がありそうだ。


 僕は、侍でありSランク冒険者であるコジローさんの動きを間近で見る機会があったので、使い方はわかっているつもりでいた。だが二~三度刀を振ると、その奥が深いことを否が応でも知ることになった。刀を振る角度、速度、タイミング、少しの違いが大きく結果を変えることに繋がる。同じように斬ったつもりでも、その斬れ味が毎回違うのだ。


 ロンディウムを出発してから五日間は、ラーニングスキルDクラスの"抜刀術・初"を使って、同じ切り口になるようにひたすら魔物と戦っていた。この抜刀術は刀を鞘にしまった状態から、刀を抜くと同時に一気に相手を斬りつける技で、攻撃力が二割増す補正が入る。ただ、使用後は敏捷がダウンし再使用に五分ほどクールタイムがある。


 この五日間の特訓で習熟度が上がり、ラーニングスキルCの"峰打ち"も覚えた。峰打ちは刀の峰で相手を強く打ちつける技で、成功すると低確率だが相手を麻痺状態にすることができる。


 さらにそこから十日間ほどで習熟度は11になり、ラーニングスキルBクラス"見切り"を覚えた。相手から攻撃を受ける直前に、その攻撃の軌跡が見えるというものだ。一種の未来予知に近い形だが、習熟度が高いほど見える軌跡が正確になる。


 それから、この何日間かの一人旅おかげかどうか知らないが、レイが睡眠を会得したらしい。なんでも、あまりに暇なので頑張って睡眠を取ろうと努力したところ、生前と同じように睡眠を取ることが可能になったと自慢してきた。時折、静かなときがあると思ったらそういうことだったようだ。


 結局、その後ゴルゴンティアに着くまでに十五日間かかり、刀術の習熟度は16まで上がった。




 ▽▽▽




【おいおい、これはまた随分人が並んでいるな~】


 僕がロンディウムを出発してから丁度、十五日。ようやく僕らは地下王国ゴルゴンティアに到着した。到着したのだが……


(こんなに長い行列初めて見た……)


 レイの言う通り、目の前に広がるのはゴルゴンティアの正門前に並ぶ長い長い行列だった。


 地下王国ゴルゴンティア。現ドワーフ王『グレアム・ドルイット』が収める巨大国家。自然にできた大洞穴の中に作られた内の街『リンテイラ』と洞穴の外側に作られた街『レクストラ』の二つの街からなるこの国は、ドワーフが多く住む国として有名だ。


 元々は、この大洞穴の中にある地下迷宮ダンジョン奈落の門アビスゲート』の入り口付近にドワーフ達が住みだしたのが起源と言われている。この奈落の門アビスゲートは、名前の通り奈落まで繋がるほど深い地下迷宮ダンジョンで、多種多様な魔物が生息する傍ら、数多くの鉱石が採掘されることでもその名が知られている。


 ドワーフは元来力が強く手先が器用なので、鍛冶が得意な種族である。この地下迷宮ダンジョンが発見されてから、ここから採掘される鉱石を求めて自然とこの周辺にドワーフが集まり、さらにそのドワーフ達が作る武器や防具を求めて多くの人や亜人が集まり街となったのだ。


 王城や軍事施設、名のある鍛冶士達の工房は内の街リンテイラに、それ以外の施設やお店は外の街レクストラに建てられている。つまり、内の街に住むためにはこの国でそれなりに重要な立場に立たなければならないというわけだ。


 僕は長い行列の一番後ろについて、順番を待つことにした。


 レイと話をしたり、前後に並んでいる人と話をしたりしながら過ごすこと三時間ほどで、ようやく僕の順番が回ってきた。


「次は……坊主一人か? ここゴルゴンティアへは何しに来たんだ?」


 僕に声をかけてきて衛兵さんは、鎖帷子チェインメイルに頭だけを隠すヘルム、手には長めの槍を持っている。背丈は子どもの僕と同じくらいなのに、横幅は三倍以上あるこの衛兵さんはドワーフに違いない。


「はい、鍛冶師になりたくて来ました!」


 僕の返事にドワーフのおじさんは大層驚いていた。ここゴルゴンティアは名だたる鍛冶師が数多く住む街だから、当然弟子入りを希望する者も多い。

 だが、余所から来る者は当然ある程度の技術を持っている。一度も鎚を握ったこともない者が来ることはほとんどない。ましてやそれが子どもとなれば、長く門番をやっているドワーフのおじさんの記憶にもないそうだ。


 それでもドワーフのおじさんは、街に入る僕に『頑張れよ!』と声をかけてくれた。




 ▽▽▽




【おお、この街も中々人が多いな。ってか、ドワーフ王国といってもそれほどドワーフは多くないんだな】


(うーん、ここはまだ外の街だからじゃないかな? 有名な鍛冶士達はほとんど内の街にいるって言うし)


【ほー、そうなのか。俺はてっきりドワーフばかりだと思ってたんだが、かわいい子もそれなりにいるみたいでよかったよ!】


 なるほど、何か道中も気乗りしていないような気がしてたけど、そういう訳だったのか。よし、辺りをキョロキョロしているこのエロ賢者は放っておこう。


 さて、まずは腹ごしらえかな。何せ、せっかく早くに着いたというのに何時間も待たされてお腹が空いてしまったのだ。時間的にも丁度お昼ご飯の時間だし。ここはお昼ご飯を食べるついでに、ちょっと情報収集もしておこう。


 僕は冒険者ギルドを探し、そこに併設されている食堂兼酒場でご飯を食べることにした。っと、その前に道中で採集してきた薬草類を納品しておこう。時々、"結界師"でクエストをこなしておかないとギルドカードが剥奪されちゃうからね。


 常時クエストの薬草を納品してから、食堂でお昼ご飯を選ぶ。どれどれ、ここはこの街でよく食べられているものにしてみよう。お勧めは『スパイクサウルスのソテー』のようだ。スパイクサウルスとは、ゴルゴンティアにある地下迷宮ダンジョンの比較的浅い階層でよく見かけるCランクの魔物らしい。


「どれどれ、いただきます!」


 少し厚めのお肉にナイフを入れる。ふむ、少し堅めかな。魔物の肉はランクが上がるほど、美味しくなる傾向にある。その分調理は難しいんだけど。このスパイクサウルスの肉は、ほんの僅かだが独特の臭みがあるようだ。この臭みがなくなればもっと美味しくなりそうなんだけどな……今度、時間があるときに研究してみるか。


 僕はお昼ご飯を食べながら、周囲の会話に耳を傾ける。僕が知りたいのはただ一つ、この国で優秀な鍛冶師は誰かということだ。せっかく弟子入りするなら、一番がいいからね。


 僕がご飯を食べ始めると直ぐに、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。


「おい、お金貯まったか?」


「いやー、まだまだだな」


「だよなー。ザナックスさんが作った剣は高いからな」


「この外の街で売ってる物でさえ最低でも金貨200枚だからな。これで内の街の工房でオーダーメイドの剣を頼んだら、一体いくらするんだか見当もつかないな」


 ふむふむ。早速、一人名前が出てきたな。覚えておこう。


 その後も、色々なテーブルの会話を盗み聞きしていたのだが、出てくる名前の八割がザナックスという鍛冶士の名前だった。これだけ出てくる名前なのだから、この『ザナックス』というドワーフがこの国一番の鍛冶師なのかもしれない。ただ、もう一人気になる名前があった。


 その名は『ガスティン』。


 ある一人の冒険者がその名を出したとき、ギルド全体が凍り付いたかと思ったくらいだ。まるでその名が禁忌タブーだと言わんばかりの視線が、その冒険者に突き刺さっていた。


(一応、覚えておこう)

 

 何となく気になったから、その名前は覚えておくことにする。


 その後は新しい情報もなくご飯を食べ終えた僕は、冒険者ギルドを後にし鍛冶ギルドへと向かった。

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