第65話 武術大会 決勝

「それでは、これよりラジール武術大会の決勝戦を開始する。両者とも決勝に恥じぬ戦いを期待しているぞ。それでは、始め!」


 決勝戦が始まって早々、リュドミーラが僕に冷たい笑顔を見せながら話しかけてきた。遠くの方からは『クソッ! 始まっちまったか! これで料理人の坊主の勝ちはなくなっちまったか……大穴にかけてたのによ!』なんて、失礼な声がやけにはっきり聞こえてきてるけど。


「ウフフ、あなたはコジローの仲間だったわよね。決勝で、会えればどちらかの優勝が確定だったのに残念だったわね」


 僕が控え室でコジローさんと話していたのを見ていたので、当然そのことは知っているのだろう。しかし、わざわざこんなことを言うなんて、流石は魔族。性格が悪い。


【こいつ、性格は悪いが改めてみると胸が……おっきいな】


 こ、このエロ賢者が!


 僕は力が抜けそうになるのをこらえながら、リュドミーラの口撃に反撃を試みる。


「そうですね。そうなれば楽だったのですが、こればっかりは仕方のないことなので、コジローさんのためにも自力で優勝させてもらいます」


 ということで、こちらも軽く挑発してみた。 


「あはははは、面白い冗談を言う子なのね! あなた、今までの私の試合を見てなかったのかしら? 料理人が運だけで勝てる相手ではなくてよ?」


 確かにこの武術大会については、僕はまだ剣を交えてすらいない。正直、運だけで勝ち上がってきたように見えても仕方ないだろう。実際、先ほどの観客の声を聞いても大半がそう思っているはずだ。だが、そのことと見た目だけで僕の力を判断するとは……甘いよね。


「やってみなければ、わかりませんよ? 案外、僕があなたを上手に料理しちゃうかもしれませんし」


「フフ、それで上手いこと言ったつもりかしら? でも実力が伴わなくては意味がなくてよ!」


 僕の挑発を軽く受け流して……と思いきや、その言葉とは裏腹に結構頭にきていたみたいでした。会話が終わるなり、いきなり右手に黒い槍を出現させ、僕の顔めがけて投げつけてきた。それを最小限の動きで躱すと、リュドミーラが驚きの表情を見せる。


「あなた、なんで今のを躱せるのよ」


「あは、あんなの顔で受けたらあなたを上手に料理できないじゃないですか」


 僕が笑顔で答えると、リュドミーラはさらに頭にきたのか綺麗な顔が台無しになるくらい鬼の形相を見せている。


「ふん! まぐれはそう続かないわよ!」


 僕が初撃を躱したのをまぐれだと決めつけたリュドミーラは、再び右手に黒い槍を出現させ一気に間合いを詰めてきた。


 凄まじいスピードで繰り出される一突き。おそらく槍術のスキルを使っているであろうその神速の突きを、ギリギリのところで身体を捻り躱す。そして、勢い余って体勢が崩れたところを狙おうとしたのだが、突き出された槍はピタリと止まり、リュドミーラは体勢を崩すどころかそのまま槍を横薙ぎに振るってきた。


 僕は攻撃しようと振り上げた剣を無理矢理、黒い槍と身体の間にねじ込む。


 ガキィィィン!


 金属がぶつかり合う鈍い音が闘技場に響き渡った。


 僕はそのまま五メートル程吹き飛ばされたが、空中で体勢を立て直し両の足で着地する。


「ウ、ウォォォォォ! スゲェ!! スゲェ戦いだぞ、これは!!」

「え、えっ!? 何が起こったの? 私には全く見えなかったわ」

「おいおい、あの坊主ラッキーでここまで勝ち上がってきたんじゃなかったのか? メチャクチャ強えじゃねえか!」


 吹き飛ばされて距離が空き、いったん仕切り直しみたいになったせいで、呆気にとられていた観客達が一斉に騒ぎ出した。


「おかしいわ。明らかにおかしいわ。ステータス400前後のあなたが、なぜ私の動きについてこれるのかしら?」


 リュドミーラは先程までの鬼の形相ではなく冷静に、いやむしろ冷酷な視線を僕に向けてくる。


【気をつけろ、レイ。あいつはお前のことを、獲物じゃなくて敵と認識したようだぞ】


 その様子を見たレイから鋭い声が飛んできた。


(何か睨まれてるし……怖いからこっちから攻撃しようっと)


 リュドミーラの鋭い視線に耐えかねた僕は、地を這うように一直線に距離を詰める。


「あまい!」


 その僕の単調な動きに合わせるように、カウンター気味に迫ってくる黒い槍。しかし、槍が身体を捉える寸前、僕は真上に跳躍した。


 それを見たリュドミーラの顔がいやらしく歪む。


「槍術:連!」


 すかさず放たれる槍術のLv2スキル。僕が避けるのを見越して、体勢が崩れないようにあらかじめ連撃を準備していたようだ。さらに、空中に逃げたことで二発目の槍は避けられない。それに気がついたからこその、いやらしい笑みだったのだろうが――


 ダン!


 僕は風魔法で空中に大気を圧縮した足場を作り、さらにその足場を結界で補強し踏みつけることで、空中で方向転換する。さらに同じ足場を二つ作り、あっという間にリュドミーラの背後に降り立った。


「ギャァ!」


 背後に降り立つ際に振り下ろした片手剣がリュドミーラの背中を捉える。ただ、必殺だと思った槍を躱され、危険を察知したのだろう、咄嗟に前方へと身体を投げ出したせいで致命傷には至らなかったようだ。


 女性らしからぬ叫び声を上げ振り向いたリュドミーラの背中は、服が裂け黒い翼が露になっていた。さらに僕を睨みつけるその目は真っ赤に染まっている。


「ま、魔族だ……魔族がいるぞ! 逃げろぉぉぉ!」


 その翼を見た観客の一人が叫ぶと、途端に会場がパニックになる。観客達は出口へと殺到し、ほとんどのものが闘技場から逃げ出した。


 だが、中には逃げ出すのを踏みとどまった者達もいるようだ。魔族に勝てると勘違いしている者、怖さをやせ我慢している者、そもそも魔族の知識を持たない者など、その理由はそれぞれなのだろう。


 その中でも、この国の国王で白虎の獣人であるラウル・ド・ダルシアクは、魔族に対抗できる数少ない存在かもしれない。


 僕がリュドミーラを見つめる背後で、ラウル国王が魔族を見て驚きの表情を浮かべた後、後ろにいた護衛であろう黒豹の獣人に何かを告げるのが見えた。その黒豹の獣人は短く頷くと、周りにいた兵士らしき者達に指示を出しながら、足早に走り去る。おそらく、魔族を逃さないための包囲網を敷くのだろう。


 そんな様子を視界の端に収めながら、翼を露にし真っ赤な目で僕を睨みつけるリュドミーラと再び対峙する。


「とんだ失態だわ。まさかこの段階で私が魔族だとバレるとは思わなかったわ」

 

【ふん、この段階と言うことはどこかでバレても構わない計画だったということか。それはおそらく……優勝の賞品をもらうときだろうな】


 リュドミーラの言葉から直ぐに魔族の計画を推測するレイ。なるほど、魔族の狙いはこの国の獣人王の命ということか。確証はないけど、レイの言う通りで間違いない気がする。こういう時は、さすが賢者だと尊敬できるのに……


「あのお方の指示は……獣人王の命なんだね」


「!? なぜそれを!?」


 チョロい。何てチョロいんだ魔族さん達は。このリュドミーラも僕が引っかけるために囁いた一言に、見事な反応を見せてくれた。そして、あからさまに『しまった!』という顔をする。


「今まで出会った魔族もみんな同じことを言ってたからね」


 僕の一言にみるみる顔色が赤くなるリュドミーラ。


「お、お前が、お前が私達の仲間を倒したのか!?」


 僕は今までに三体の魔族を倒している。もちろんその話は魔族の中にも広まっているはずだ。だけど、目撃者はいないわけだから、誰が倒したまでは突き止められていない。だからこそ、目の前の魔族は驚いているのだろう。


「そうだと言ったら?」


「殺す!!」


 僕の返答に殺気が膨れ上がるリュドミーラ。驚いた。魔族にもこれほどの仲間意識があるとは意外だね。だけど、獣人王の命を狙ってるとわかった今、僕も遠慮はしていられない。先ほどは先手を譲ったが、今度は僕の方から攻めさせてもらおう。


「ハッ!」


 短く息を吐いて、地面を蹴る。僕の足が置かれていた地面は、その衝撃で大きく陥没した。矢のように前方に飛び出した僕は、その勢いを利用してリュドミーラの心臓めがけて突きを放つ。


「速い!?」


 一瞬で間合いを詰めた僕に驚きながら、慌てて空へと飛び上がるリュドミーラ。心臓こそは逃したものの、僕の剣は彼女の左足を捉えた。


 左足からどす黒い血を流し、翼をはためかせながら空中に留まる魔族。その高さなら剣は届かないと油断しているようだが……


「甘いよ!」


 僕は重力魔法と風魔法を操り、空中に留まるリュドミーラへと追撃を開始する。


「なっ!?」


 僕の下からすくい上げるような一撃を、言葉にならない声を出しながら必至に身体をよじって躱すリュドミーラ。体勢が崩れた彼女に、僕はさらに片手剣を振るう。その斬撃をあるいは躱し、時には槍で受けようとするのだが、段々とスピードを上げる僕について来れなくなってきた彼女の身体には、徐々に切り傷が増えていき……


「調子に乗るなぁぁぁぁ!!」


 ついに受け止めきれなくなった刃がリュドミーラの首に迫ったところで、彼女がブチ切れ叫び声を上げた。


 その直後、黒いもやが彼女の身体から噴きだし僕の片手剣を受け止め、弾き返す。


「ハァハァ……まさか、私に魔法を使わせるとはね……ここからは私の一方的な攻撃の時間になるけど、悔しがることはないわ。むしろ、私をここまで追い詰めたこと誇りに思うがいいわ」


 追い詰められたはずのリュドミーラが、黒い闇を纏いながら勝ち誇った顔でしゃべり出す。おそらく、大会である今回の大会で魔法が使えるということは、圧倒的なアドバンテージになると考えているのだろう。実際、僕以外の相手だったらそうだったのかもしれないが、僕の方も魔法が得意なんだよね。


氷の牢獄アイスプリズン


 その結果がこれだ。僕が唱えたBクラスの水魔法、水の牢獄ウォータープリズンの派生系氷の牢獄アイスプリズンがリュドミーラを黒いもやごと完全に閉じ込めた。


 ズゥゥゥンと大きな音を立てて、地面に落ちる氷の塊。


【残念だったな。魔法が得意なのはこちらも同じなんだよ!】


 なぜかエロ賢者が決めゼリフを発して、武術大会の決勝戦は幕を閉じた。

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