第64話 コジロー vs リュドミーラ

「フフフ、あなたが有名なSランク冒険者のコジローね。とってもお強そうだから、戦うのが楽しみだわ。お手柔らかに」


 闘技場の真ん中で待ち構えていたリュドミーラは、妖艶な笑みを浮かべてコジローさんにそう話しかけた。魔族だとバレていないと思っているのだろう、堂々とした口ぶりだ。まあ、実際、僕以外の人にはバレていないのだろう、観客の人達もその美しさに見とれているみたいだし。


【魔族とはいえ……ありだな】


 魔族とわかっていても見とれている駄目な男がここにいた……


「お主こそ、この決勝トーナメントを無傷で勝ち上がるとはかなりの使い手と見える。最初から全力でいかせてもらうでござるよ」


 そう答えたコジローさんは、左足引き、腰を落として右手で刀の柄を握りしている。おそらく、リュドミーラの戦いぶりを見て、その脅威のスピードに対抗するために一瞬たりとも気が抜けないのだろう。特に開始直後は最も警戒すべきタイミングだから。


 その構えを見たリュドミーラは一瞬ニヤリと笑った。あの顔は絶対開幕直後の奇襲を狙っていたな。自分の狙いが読まれても、余裕を崩さないということはそれだけ自分に自信があるのだろう。魔族のステータスならそれも当然か。実際に攻撃力以外は1.5倍以上の差があるし、魔力関係に至っては8倍もリュドミーラの方が上だ。いざとなれば、魔法でカタを付けるつもりなのかもしれない。


「それでは準決勝2試合目、コジロー対リュドミーラ! 始め!」


 審判の男性の声が会場に響いた。


 意外にも挑発的だったリュドミーラは、開始早々コジローさんと距離を取り慎重に攻める素振りを見せる。コジローさんの周りを素早く回り、その隙を探している。


 それに対してコジローさんは、その場から一歩も動かず、それどころかリュドミーラの動きすら追っていないように見えた。一見すると隙だらけに見えるその構えも、あえて隙を見せることでそこに誘い込む作戦かもしれない。リュドミーラも同じことを考えているのだろう、コジローさんの周りを回るばかりで攻めあぐねている。


 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないリュドミーラが、コジローさんの背後から仕掛けた。


 ギィン!


 振り向きざまに放ったコジローさんの居合い斬りを、リュドミーラの槍が防ぐ。先に攻撃を仕掛けたのはリュドミーラなのに、そのリュドミーラが防御に回っている。それだけ居合いの速度が速いのだろう。

 そのままだとコジローさんの攻撃力で、槍を弾かれる恐れがあるからか、槍を地面に刺して固定していた。さらにリュドミーラはその槍を支点に逆立ちをして、空中で一回転しながら槍を抜き、そのままコジローさんの頭めがけて叩きつけた。


 ギィィィン!


 その槍を魔法の袋マジックバッグから取り出した、二刀目の居合いで弾き飛ばすコジローさん。早くも二刀目を使わされてしまった恰好だ。


 空中で槍を弾き飛ばされたリュドミーラは、体勢を崩すかと思いきや、弾かれた勢いを利用し、横に一回転しつつ、右手で何かを投げる動作を始めた。その手には、弾かれたはずの槍が握られている。


「ぐはぁ」


 とっさに背後に飛び退いたコジローさんだったが、その勢いを殺しきれず腹には漆黒の槍が深々と突き刺さっていた。


「あら、ごめんなさい。私も槍を2本持ってることは言ってなかったからしら?」


 涼しい顔でそう告げるリュドミーラの眼前で、コジローさんが膝を突いてうずくまっている。その目はまだ死んでいないが、もう戦える状況ではなさそうだ。


「ハァ、ハァ、どうやら拙者もここまでのようでござる。だが、お主を無傷で決勝に進ませることはできぬ!」


 そう叫んだコジローさんは、腹に槍が刺さったままAクラスの必殺技"抜刀術・速"を放つが……


「ふふ、闇の衣よ、集いて堅牢な檻となれ闇の檻ダークプリズン


 それすらも読んでいたリュドミーラは、闇魔法、闇の檻ダークプリズンで自身を覆い尽くした。コジローさん渾身の一撃も、その刃はリュドミーラに届くことはなかった。


「む、無念でござる」


 腹に槍が刺さったまま無理な動きをしたコジローさんは、そのまま地面へと倒れてしまった。


「しょ、勝者、リュドミーラ!」


 審判の宣言に、倒れているコジローさんに背を向け、悠々と歩き去るリュドミーラ。


(コジローさんが一方的にやられるとは、さすが魔族。でも、決勝は負けないよ。コジローさんに、伝説の武器をあげるって約束したからね)


【リュドミーラが魔族だとわかっていれば、槍は何本でも作れると気づいただろうに。観察不足だな】


 戦闘に関しては割とシビアな意見を述べるレイ。この辺りは賢者と呼ばれるだけあるな。


「おい、白魔道士を呼んでこい! 急げよ!」


 闘技場の真ん中で、審判の男性が白魔道士を呼んでいる。コジローさんが腹に受けた傷は致命傷ではないが、そう浅くもなさそうだ。

 呼ばれてやって来た白魔道士はこの大会で救護するために雇われたのだろう、彼が今コジローさんにかけているのは、Cクラスの中級回復ミドルリカバリーだな。

 あの魔力の感じだとちょっと足りないかもしれないから、僕の中級回復ミドルリカバリーを重ねてかけておこう。僕がかけていることがバレないように、遠距離からタイミングを合わせてっと。


 ほどなくして、回復したコジローさんが立ち上がり、控え室目指して歩き始めた。観客達は健闘したコジローさんに惜しみない拍手を送っているが、その口からは『コジローが敗れたんじゃ、もう優勝は決まったな』とか『さすがのラッキーボーイも、リュドミーラ相手に運じゃかてねえだろう!』なんて声が漏れている。

 中には『やってみなけりゃ、わかんねぇだろう!』と言ってくれてる剛の人もいたけど、極々少数派だね。


「すまないライト殿。負けてしまっただけでなく、一太刀も入れることができなかったでござる」


 控え室に戻ってきたコジローさんは、お腹の傷は治ったみたいだけど、鎧に穴が空いているし、結構な量の血を失ったことで顔色が悪い。だがその顔は悔しそうに歪んでいる。


「いえ、あれはコジローさんがどうこうと言うより、リュドミーラさんが強かったんですよ。それより、傷は大丈夫ですか?」


「ああ、白魔道士殿のおかげで傷は塞がっているでござるよ。それより、決勝戦は棄権した方がよいのでは? あのリュドミーラ殿は、あれで本気ではなかったと感じたでござる」


 コジローさんの言う通り、リュドミーラにはまだ余裕があったように見えた。ただそれは、いざとなれば魔法を使えるという余裕であって、身体的な余裕ではなかったようにも思える。どちらにせよ、あの程度のステータスなら何の問題もないはずだけどね。


「ご心配ありがとうございます。戦ってみて駄目そうだったら棄権しますね。でも、運よく勝てるかもしれませんよ?」


 僕の言葉にコジローさんは、『運では決して勝てない相手でござる』って呟いていたけど、そう言い切った僕を止める気はなさそうだ。


「それではこれより、ラジール武術大会の決勝戦を行う!」


 僕がコジローさんと話をしていると、闘技場の方から決勝戦開始の宣言が聞こえてきた。


「それじゃあ、行ってきます」


「無理は禁物でござるよ」


 コジローさんに見送られながら、僕は様々な声援が飛び交う闘技場の真ん中へと歩いて行った。

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