第63話 ラッキーボーイ
【おおい、マッチョ同士の戦いは終わったか?】
手に汗握る熱戦だったのに、全く興味を示さなかった女好き賢者は放っておくとして、さて対戦相手が両者戦闘不能になってしまい、図らずもコジローさんより一足先に準決勝に進んでしまったので、ここは精一杯応援しよう。
「コジローさん、相手は強そうですが頑張ってください!」
「ライト殿、応援かたじけないでござる。同じSクラス冒険者として、恥ずかしくない試合をしてくるでござるよ」
謙遜してそう言うコジローさんだったが、その顔は自信ありげだ。そして、コジローさんはゆっくりと闘技場の中央へと向かい、同じSランク冒険者のフランセットさんと向き合った。
【おおう、また鞭のねーちゃんの出番か! 俺もあのねーちゃんと戦いたいなぁ!】
そこはコジローさんを応援しようよ。形だけでも……
向かい合った二人が、お互いに声をかわしている。
「あなたの噂は聞いているわ。レアジョブに就き、Sランク冒険者の中でも最強の呼び声が高いそうね。あまり人前に姿を現さないあなたが珍しいわね。でも、私もSランク冒険者の名に恥じないように、全力で戦わせてもらうわ!」
「拙者もお主の噂は聞いているでござるよ。人の身ながら、レッドドラゴンを従えるSランク冒険者だとか。レッドドラゴンを従えていることもすごいでござるが、お主の戦闘力も中々のものでござる。拙者も、全力で相手させてもらうでござる!」
「ふふ、お世辞でも嬉しいわ。アグニも……あ、私の相棒のレッドドラゴンの名前ですが、私はアグニも含めてのSランクなので一対一の対戦はご満足いただけないかもしれませんが、頑張りますわ」
お互い全力で戦うことを宣言したあと、示し合わせたかのように二人が同時に動き出した。
「ハッ!」
まず先制したのは、フランセットの鞭だ。六メートルはある鞭の先端が、音速を超えてコジローさんへと迫る。
「なんの!」
その音速を超える鞭を、居合いの一閃で弾き返すコジローさん。一切無駄のない動きと、そのスピードを見切る目がなければ出来ない芸当だ。この一連の攻防だけで、観客席からどよめきが起こる。
「さすがですね、コジローさん。このスピードを見切りますか。でも、刀を抜いてしまいましたね。その状態で、この攻撃は防げますか?」
自信を持って放ったであろう初撃を防がれたフランセットさんだが、ダメージを与えていなくても刀を抜かせたことで、目的を達成したようでその表情にはまだまだ余裕がある。
そして、フランセットさんは鞭を頭上で竜巻のように回転させ始めた。武器に付与された炎属性のせいか、まるで炎を纏った竜巻のように見える。
「"鞭術・双"!」
その炎の竜巻から連続で繰り出される、高速の鞭。Dクラスの必殺技なので物理的な威力はそれほどでもないが、属性付きなので当たれば魔法ダメージも付いてくる厄介な攻撃だ。
その攻撃をかろうじて刀で捌いていくコジローさん。さすがのSランクだが、攻撃に転じる余裕はなく防戦一方となっている。
「へー、居合いじゃなくても十分捌けているじゃないですか。それでは、これはどうですか? "鞭術・貫"!」
先ほどまでの攻撃が手数勝負だったのに対し、一転、貫通力アップの一撃必殺の技に変えてきたフランセットさん。急な変化に対応が遅れたコジローさんの刀が弾かれ、炎を纏った鞭が右足の太ももをかすめた。
「うっ!?」
攻撃力は補正がかかってないので大したことないのだが、武器の能力が桁違いなのでそれなりにダメージが入ってしまっているようだった。
(頑張れコジローさん!)
コジローさんにダメージを与えたことで勢いづいたのだろう、ここが勝負所とばかりにフランセットさんのたたみかけるような攻撃が続く。ただ、これだけの攻撃を続けるフランセットさんの方も、体力的にかなり余裕がなくなってきているのも間違いないだろう。
観客も同じ闘技者達も息もつかせぬ怒濤の攻撃に、息をするのも忘れて食い入るように見入っている。そんな中、ひとり余裕の表情を崩さず、うっすら微笑さえ浮かべ微笑んでいる人物がいた。この勝者と次に戦うことになっているリュドミーラだ。
(この戦いを見てあの余裕か。やっぱり魔族は油断ならない)
【あー、あの鞭で背中を叩かれたい……】
(ここにも余裕があるヤツがいた……違う意味で油断ならない……)
「クッ!?」
僕がリュドミーラに気を取られている間に、コジローさん達の方に進展があったようだ。僕が戦いに目を戻すと、フランセットさんの鞭をコジローさんが足の裏で押さえつけているところだった。
「もらったでござる!」
そう言って、一歩踏み出そうとしたコジローさんだったが……
「舐めるな!」
フランセットさんが鞭の持ち手を大きく上下に振ると、鞭が波のようにしなりコジローさんの足を弾き飛ばしてしまった。
「ここだ! "鞭術・痺"!」
バランスを崩したコジローさんの隙を突くように、フランセットさんの鞭が一本の槍のように迫る。
「うっ!?」
その鞭の先端がコジローさんの右腕に刺さり、コジローさんは持っていた刀を落としてしまった。おそらく、鞭術の必殺技に付加された麻痺の影響だろう。そうでもなければ、コジローさんが大切な刀を落とすはずがない。
「今度こそもらいましたわ!」
無防備になったコジローさんを見て勝利を確信したフランセットさんは、大きく鞭を振り上げた。それを見たコジローさんがにやりと笑う。
「ようやく隙を見せてくれたでござるな。"抜刀術・速"」
そう言い残したコジローさんの姿がかき消え、次の瞬間コジローさんは左手に持った刀を振り抜いていた。
「な、なぜ刀が……?」
そのセリフが最後となり、鎧の同部分に亀裂が入ったフランセットさんは前のめりに倒れてしまった。
「しょ、勝者コジロォォォ!」
審判の男性も何が起こったのか理解していないようだ。急展開についていけず、コジローさんの勝利を伝えるだけで精一杯になっている。
しかし、僕の目はごまかせない。コジローさんはフランセットさんがトドメを刺そうと鞭を振り上げた瞬間、腰にぶら下げている小さな皮の袋から左手で刀を取りだし、その勢いで抜刀術の必殺技を放ったのだ。
(あれは、
【ああ、鞭のねーちゃんが……】
(…………)
「ふう、何とか勝てたでござるよ」
戦いを終えたコジローさんは、まだ痺れが残っているであろう右手をさすりながら控え室へと戻ってきた。
「その腰の袋、
「あいやー、見られてしまったでござるか。ライト殿だけには見せたくなかったでござるよ」
確かに知らなければ不意打ちに使えたかもしれないけど、知ってしまったら知ってしまったで警戒しなければならいから、戦いづらくなるのは間違いない。
コジローさんも口では見られてしまったといってるけど、それほど悲観している様子は見られない。今度は、左手の抜刀術を上手く牽制に使って戦いを進めていく作戦に変わるだけなのだろう。
「続いては、また順番が変わってしまうが先にフリーの傭兵イヴァンと最年少料理人ライトの準決勝を行う!」
いや、最年少なのはこの大会の参加者の中であって、この紹介じゃあまるで料理人の中で最年少みたいになってる。だが、今行われた名勝負に興奮したお客さん達は、そんなことは気にせず大盛り上がりだ。
僕はコジローさんの応援を背に、闘技場の真ん中へと進んで行く。どうやら、イヴァンさんはまだ現れていなかったようで、僕がイヴァンさんを待ち受ける形になった。
ところが、いくら待ってもイヴァンさんが現れない。そのことに、最初は盛り上がっていた観客もさすがにおかしいことに気がついたのか、段々と歓声が少なくなっていき……
会場が不気味に静まりかえったところで、係のひとりが審判の男性の元へとかけより、耳元で何かを伝えた。
「えーと、イヴァン殿は何でも急な任務が入ったので、トーナメントを棄権するとのことです……」
「暗殺だ」
「絶対暗殺だ」
「暗殺……ですわよね」
審判の説明を聞いた観客達が呟いている。
よかった。彼を
「よって、この準決勝は最年少ラッキーボーイ、ライトの勝利だぁぁぁ!」
微妙な雰囲気になってしまった会場を盛り上げようと、審判の男性も必死だ。呼び名も料理人じゃ無くなっちゃってるし。とは言え、その甲斐あってかはたまた次の試合への期待感からか、会場の雰囲気も戻りつつあるようだった。
「ライト殿は運がよいでござるな!」
「何かすいません……」
何もしていないのに勝ってしまったことが恥ずかしくて、そそくさと控え室に戻ってきた僕に、コジローさんは笑顔で声をかけてくれた。
激闘を重ねているコジローさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、意外にもコジローさんは純粋に僕が決勝に進んだことを喜んでいてくれているようだった。
「運も実力のうちでござるよ! 拙者も決勝に進めるように頑張ってくるでござる!」
「コジローさん、相手は……いや、相手は誰であろうと関係ないですね。絶対勝ってきてください!」
コジローさんの準決勝の相手は魔族のリュドミーラだ。彼女の目的が何なのかはわからないけど、コジローさんならきっと勝ってくれるはず。余計なことは言わないで、信じるのみ!
とは言え、コジローさんはいつものように
【はあ、後であの鞭で叩いてくれないかなぁ】
未だにフランセットさんの鞭に未練たらたらのドM賢者。
(それ叩かれるのは僕だろう……)
彼の一言に物凄い不安を感じながら、コジローさんとリュドミーラの試合が始まろうとしていた。
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