第61話 決勝トーナメント①
「コジローさんは誰がライバルになると思いますか?」
宿に戻ってきた僕は、今日の試合をコジローさんがどう分析しているのか気になったので聞いてみた。
「そうでござるな。まず警戒すべきはフランセット殿でござろう。調教師とは思えない攻撃力でござった。あれはおそらく装備の上乗せが相当あるのでござろうな」
うんうん、そこは僕も同意見だ。
「もうひとり気になったのは、リュドミーラという槍術士でござるな。強いというよりは、底が見えないといった感じでござった」
おお、コジローさんも気づいていたのか。僕もリュドミーラという女性は気になってはいたんだけど、鑑定はしなかった。黙って女性を鑑定するのは何だか気が引けたから。とは言っても、あれだけ圧倒的な強さを持っていて、武器は真っ黒の槍とくれば……
【バカでもわかるだろう】
うん、レイも僕と同じ意見のようだ。
「僕も同意見です。むしろ、フランセットさんよりリュドミーラさんの方を警戒した方がいいかもしれませんね」
「うむ。それから後一人いるでござるよ。拙者としては、この人物の方がよっぽど恐ろしいでござるよ」
おや、そんな人がいたかな? ラジール騎士団のフーゴさんか、明らかに暗殺者っぽいイヴァンさんかな?
「Jグループの勝者でござるよ」
そう答えたコジローさんは、いたずらっぽい笑顔を浮かべている。
「ぼ、僕ですか!? そ、そんなことないですよ!?」
その答えは考えていなかったから、ちょっと動揺してしまった。
【おっさんの笑顔なんか気持ち悪いだけだろう。何動揺してるんだよ】
きびしい。おじさんに対するレイの突っ込みが厳しすぎる……
「拙者が思うに、ライト殿は何というか……こう……遠慮してるでござるよ。例えていうなら、もうすでに剣技を極めてしまっているのに、それをあえて隠しているといった感じでござる」
ぎくぅぅぅ!? 何かすごいバレてるぅぅぅ!? コジローさんはその辺は気にしてないと思ってたのに、めっちゃしっかり見られてた……
「えっ、えっ、そ、そんなことないですよ? やだなぁ、コジローさんったらそんなこと言うなんて!」
やばい! 思いっきり言葉に詰まった上に、女の子みたいなしゃべり方になってしまった……。何かコジローさんが仏のような柔らかな笑みを浮かべて僕を見つめている。
【お前もそっちの方に目覚めたのか? 確かに男にしてはかわいい顔してるから、女装すれば案外いけるかもよ? ハァハァ】
(えぇぇ!? 最後の『ハァハァ』はどういう意味ですか!? あなたが悪く言うおっさんよりも、よっぽど気持ち悪いよ!?)
動揺に動揺が重なって、最早自分でも何を言っているのかよくわからない。
「まあ、もし明日ライト殿と当たれば全てがわかるでござるよ。くれぐれも、手を抜かないようにするでござるよ」
僕の動揺を知ってか知らずか、コジローさんにはしっかりと釘を刺されてしまった。これは、明日の組み合わせ次第では、コジローさんと当たる前にさっさと負けてしまった方がいいのかもしれない。
その後も、苦しい言い訳を重ねながら何とか会話を切り上げて、そそくさと部屋に戻ってベットへと潜り込むのだった。
▽▽▽
今朝はさすがのコジローさんも少し緊張していたようで、口数少なめの中で朝食を食べて二人で闘技場へとやって来た。
「えーと、組み合わせは……」
僕らが闘技場に着いたときには、すでに入り口に組み合わせが貼ってあり、たくさんの人が見に来ていた。
「おい、コジローさんが来たぞ! 道を空けろ!」
あまりに人が多いので、空くまで少し待っていようかと思ったけど、コジローさんを見た観客の一人が道を空けるように、大きな声をかけてくれた。コジローさんは元々有名だったのと、昨日の圧倒的な戦いぶりで人気急上昇らしく、人混みが割れ組み合わせ表までの真っ直ぐな道ができあがる。
「すまないでござるな」
コジローさんは、最初に道を空けるように声をかけてくれた男性にお礼を言い、人が割れてできた道を通って組み合わせの前に向かった。僕もちゃっかり後ろについていったのだが――
「おい、あれはラッキーボーイのライトじゃないか?」
「おお、あの最年で少料理人の!」
「あら、近くで見るとかわいい顔してるのね! 私、応援しちゃおうかな!」
【おい、そこのお姉さんがかわいい顔だってよ! この大会が終わったら、観客達の興奮が収まる前にだな……】
(ストップ! それ以上は言わないで!)
どうやら昨日の予選のおかげで、僕も多少有名人になってしまったようだ。そこにつけ込もうとする性悪賢者がいるみたいだが、口先だけで害はないので放っておこう。
僕としてはあんまり目立ちたくはなかったんだけど、まあそれは仕方がないとして、肝心の組み合わせはと言うと――
トーナメントの左端、一回戦目不戦勝がフランセットさん。その隣の小山がコジローさんとフーゴさんで、この二人の勝者がフランセットさんと二回戦で当たる。さらにその隣がリュドミーラさんとフェリクスさんで、この勝者が準決勝で隣の二回戦目の勝者と当たることになる。
トーナメントの右側は、右端の一回戦不戦勝が僕でその隣の小山がイーゴリさんとランメルトさんだ。つまり、この二人のうちの勝った方が僕の最初の対戦相手になるわけだ。さらにその隣の山がロマーノさんとイヴァンさんで、もし僕が最初の試合に勝てたとしたら、この二人の勝者が準決勝で当たる。
そして、左側のトーナメントの勝者と右側のトーナメントの勝者が決勝で当たるのだ。
どうもコジローさんがいる左側に強者が固まっているような気がする。もちろん、コジローさんには頑張って決勝まで上がってほしい。だけど、もしかしたら決勝まで上がれたとしても激戦を勝ち抜けばそれなりに傷ついているかもしれない。だとすれば、多少目立ってしまうが僕が頑張って決勝まで上がって棄権するという方法もあるのか。
【おいおい、全力で戦えって昨日おっさんに言われてなかったか?】
僕はレイに考えを読まれてドキッとする。
(確かにそうだけど、僕は別に優勝したいわけじゃないから。伝説の武器をほしがっているのもコジローさんだし)
【お前が勝って、その後おっさんにあげりゃいいだろうが?】
(いや、それはなんか違うような……)
横にいるコジローさんをチラッと見てみると、難しい顔をして組み合わせ表を見つめていた。もう頭の中で、決勝までの戦い方を考えているのかもしれない。
僕らは組み合わせを見た後、控え室へと入り決勝トーナメントの開始を待つ。昨日の予選の時とは違って、控え室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「それじゃあ、行ってくるでござるよ」
そうこうするうちに、一回戦の開始時間となった。コジローさんは特に気負った様子もなく、いつも通り落ち着いている。
「はい、頑張ってきてください!」
月並みの応援しかできなかった僕に、笑顔を見せて闘技場へと向かうコジローさん。一回戦の相手は、ラジール騎士団の剣士で豹の獣人フーゴさんだ。獣人の身体能力は人よりも高く、剣技Bクラスとはいえ油断できない相手だと思う。だけど、逆に言えば油断さえしなければ勝てる相手のはずだ。僕はコジローさんの背中を、見ながらそんなことを考えていた。
「それではこれより決勝トーナメントを始める! 一回戦、東の国より来た侍コジロー対ラジール騎士団団長フーゴ、両者前へ!」
異国の侍と獣人の剣士。二人が静かに向かい合う。激戦を予感してか、観客も静まりかえっている。
コジローさんは刀を抜かず、鞘に収めた静かに佇んでいる。訓練の時に教えてもらったが、ジョブ"侍"のスキル"抜刀術"は、刀を鞘から抜く動作から強力な一撃を加えるものだ。
Aクラスの"抜刀術・速"は、攻撃力が3割増しになるという効果がある。素の攻撃力だけで900を超えるコジローさんが使えば、それだけで攻撃力が1000を超えるのだ。さらに刀の攻撃力を上乗せすれば、その一撃は攻撃力1500近くまで上がるのではないだろうか。ただし、使った後に一定時間敏捷が下がるというデメリットもあるので、使いどころが難しそうだ。
もちろんフーゴさんも、その辺りの情報は調査済みだろう。いつでも回避できるように、油断なく身構えている。これは、開始早々激しい戦いになりそうだ。
「それでは、始め!」
審判の男性の開始の合図と共に、コジローさんが動いた。
「抜刀術・速!」
ある意味予想通りの攻撃を、開始早々繰り出した。当然、それを警戒していただろうフーゴさんはすでに後方に飛び退いている。
(さすがに分かりやす過ぎでは?)
【いや、そうとも言えねえぞ】
コジローさん相手が一番警戒しているであろうスキルを放ってきた。僕は予想通り過ぎて最初のチャンスを潰したのではないかと思った。しかし、その結果は見ている観客にとってもフーゴさんにとっても予想外の結果となる。
想像以上に速く鋭い攻撃に、フーゴさんの鎧が真っ二つに切れ、胸には真一文字に決して浅くはない傷がつけられていた。レイにはこの結果が見えていたのか?
敏捷だけならフーゴさんの方が上かもしれないが、武器の速度はまた別のようだ。というか、フーゴさんにあっさり攻撃を当てているあたり、抜刀術には敏捷の補正も入っているっぽい。これは、僕にも内緒にしていたことだと思う。やはり、『冒険者はそう簡単に手の内を明かすものではない』ということを、改めて思い知らされた。
フーゴさんも今の攻防で気がついたはずだ。コジローさんは受けに徹している上に、抜刀術に敏捷補正があるなら、自慢の素早さが通用しないということを。どんなに素早い動きで惑わしても、近づいた瞬間に一刀で斬り捨てられる。
それがわかっていながら、遠距離攻撃がないフーゴさんが勝つためには近づいて攻撃を当てなければならない。フーゴさんの額に汗がにじみ出ている。
「剣技・衝!」
苦し紛れに放ったフーゴさんの必殺技は、コジローさんに届かず遙か手前の闘技場の石畳を破壊するに終わってしまった。その瞬間、誰もがフーゴさんの勝ちはないと思ったのだが――
破壊された石畳の破片がコジローさんへと襲いかかる。コジローさんの防御力ならそれ自体のダメージはないのだろうが、細かく砕けた破片に一瞬視界が遮られたようだ。
その死角を利用してフーゴさんがコジローさんの懐に飛び込んだ。
(上手い!)
フーゴさんの巧みな戦術に、コジローさんのピンチなのにも関わらず思わず感心してしまった。
「剣技・連!」
「抜刀術・速」
明らかにフーゴさんの必殺技が先に決まるかと思われたが……
「グハ……」
口から血を吐きながら、片膝をついたのはフーゴさんだった。
コジローさんの必殺技は、遅れて放ってなおフーゴさんの必殺技より速かったということなのだろう。
「勝負あり! 勝者コジロォォォ!」
手に汗握る戦いだったが、終わってみればコジローさんの無傷の勝利だった。
「ふう、危なかったでござる」
控え室に戻ってきたコジローさんは、開口一番そんなことを口にしたが、その表情にはまだまだ余裕があるように見える。
「お疲れ様でしたコジローさん!」
「かたじけないでござる。ライト殿も頑張るでござるよ」
とりあえず、コジローさんの勝利にホッとしつつ、次は二人で次の対戦を観戦することになった。次の対戦は漆黒の槍を持つリュドミーラさんと、細身の剣士フェリクスさんだ。
「ウフフ、お手柔らかにお願いするわ」
「ふふ、僕は中々手加減が苦手でね。怪我をさせてしまったらすまない。先に謝っておくよ」
「随分、恐ろしいことを言うのですね。でも、この大会は相手を殺してしまっても、特にお咎めはないそうですから、お互い恨みっこなしで頑張りましょう。ウフフ」
何やら開始前に、不穏な空気が漂う会話をしている二人。しかも、フェリクスさんはリュドミーラさんの正体に気づいていないようだ。
【あの女、やっぱり人間じゃねぇな】
もちろんレイの呟きは、周りの誰にも聞こえるわけもなく……
「決勝トーナメント、第2回戦始め!」
審判の男性が開始を宣言して、第二回戦が始まった。闘技場への端へと下がる審判。僕にはそれが、まるでこれから起こる惨劇を予想したかのように見えた……
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