第60話 武術大会 予選

 武術大会の予選は、最初のAグループから混戦模様だ。剣士五人に、斧術士二人、槍術士二人、拳闘士一人の試合は剣士五人がまるで示し合わせたように、拳闘士、斧術士、槍術士の順で倒していき最後は剣士五人の勝負に持ち込んでいる。

 そこからはお互い牽制しあいながらの泥仕合だったが、最終的にはこの国の騎士団に所属するフーゴという豹の獣人剣士が勝利を収めた。


 続いて行われたBグループの試合は、全選手がコジローさんを最初に狙い一対九の戦いになる。

 しかし、コジローさんは放たれる矢を全て躱しながら、一人一刀で斬り捨てていき、最後に残った弓術士があっさり降参したことで、ものの数分で勝利してしまった。

 これには、観客のみならず他のグループの選手達もうなり声を上げていた。


 その次のCグループは、ワールーン王国の王都ワールーンで冒険者をしているロマーノという槍術士が、時間はかかりつつも危なげなく勝ち上がった。


 そして、本日二人目のSランク冒険者、フランセットさんの登場だ。彼女は、使い魔のレッドドラゴンの色に合わせたであろう深紅の鎧と深紅の鞭を持つ、鋭い目つきの美人さんだった。レイが【鞭で叩いてほしい】とか言っていたのは気のせいだろう。


 彼女を鑑定したところ、レベルは92とかなり高いがステータス自体は体力と攻撃力と防御力が700台、それ以外は全て700未満という数字だ。普通の冒険者としては高い方なのだろうが、同レベルの前衛ジョブとの一対一ではかなり苦しい戦いになるだろう。


 と思っていたのだが、彼女の装備を見て考えを改めた。


【鑑定 ローズウィップ:攻撃力350 魔法攻撃力150 付与:炎属性】

【鑑定 ローズメイル:防御力300 付与:敏捷上昇×1.5】


 いやいや、ローズウィップの攻撃力半端ないでしょ。火属性まで付いてるから、魔法攻撃力まで上がるみたいだし。さらに、この鎧もヤバイね。防御力が300ある上に敏捷が1.5倍って結構反則じゃない?

 この装備があるからSランクなのか、Sランクだからこの装備が手に入ったのか気になるところだが、装備を含めたら彼女の強さは訂正しないといけないね。


 そして試合の始まりが、フランセットさんの一方的な蹂躙劇の始まりだった。


 まずは間合いが違いすぎる。槍だって長くても三メートルほどしかない。平原だけで戦うならもっと長くてもいいのだろうが、森や洞窟など障害物があったり狭い場所で戦わなければならないときは、逆にその長さが邪魔になる。よって、冒険者にとっては三メートルほどが丁度いい長さなのだ。


 それに対して、フランセットさんのローズウィップは優に六メートルを超えている。そんな鞭が高速で振り回されているのだから、誰一人間合いに入れず打ちのめされていく。おまけに火属性が付いているから、単純に防御力だけ高くても魔法防御力が低ければ、その炎でダメージを受けてしまうのだ。


 そして、十分も経たないうちにフランセットさんの周りには九人の選手が倒れていた。コジローさんに次ぐ最短記録だ。


 そして、フランセットさんの鞭に倒された選手の中には、なぜか恍惚の表情を浮かべている人が少なからずいた。鞭で打たれたうっとりしてるなんて、ちょっと気持ち悪いな。それを見て羨ましがっている変態賢者はもっと気持ち悪いけど……


 さらに試合は続いていく。


 Eグループの勝者はイヴァンという短剣使い。フリーの傭兵という紹介だったが、どう見ても暗殺者にしか見えない。


 Fグループはリュドミーラという女性槍術士の圧勝だった。とても珍しい黒い槍で戦っていた上に、その槍は神出鬼没で、戦い終わったと思ったら鑑定する前にいつの間にかどこかに収納されしまった。おそらく魔法の袋マジックバッグの類いを持っているのだろう。それにしても、あの槍どこかで見たことがあるような……


 リュドミーラを見た脳内賢者が、【あの槍で突かれたい】とのたまわっていたのは僕の勘違いだと思いたい。


 Gグループはマッチョな拳闘士イーゴリが、Hグループは細身の剣士フェリクスが、IグループはGグループ勝者のイゴーリに勝るとも劣らない体格の、動ける斧戦士ランメルトがそれぞれ決勝トーナメントへと駒を進めた。


 Aグループの試合開始からここまで、お昼を挟んで五時間は経っている。ようやく僕が所属するJグループの順番が来た。このJグループの勝者が、十人目で最後となる決勝トーナメント進出者になるのだ。


 ちょっとドキドキしながら、一番最後に闘技場へと入っていく。


 


 闘技場は直径約百八十メートル、周囲の長さは五百メートル以上ある巨大な円形となっている。闘技場の壁の高さは五メートル程あり、その上には三百六十度観客席が並んでいるのが見える。およそ、五万人は入れるであろうその観客席は満員御礼だ。流石は一国の首都である。


 すでに同じのグループの他の選手達は外壁に沿って等間隔に並んでおり、僕が指定の場所に向かおうとしたときに事件は起きた。


「最後の挑戦者は、今大会最年少十三歳の料理人……料理人!? うぉおぉぉぉい、これは合ってるのかぁぁぁ!? 大至急調べ直せぇぇぇ!!……えっ? 合ってる? 間違いない? コホン。今大会最年少十三歳の料理人ライトだぁぁぁ!!」


 しまったぁぁぁ!? 最初にレイが楽しみだと言っていたのはこのことか!? 『料理人がなぜ参加してるんだ』と言わんばかりの観客のみなさんの哀れむ視線が痛い……


「おい、本当に子どもだぞ……」

「しかも、料理人って何しに来たんだ……」

「親は何をしてるんだ。観客ならまだしも、選手として出場させるなんて……」

「嫌だわ、子どもが傷つけられるところなんて見たくありませんわ……」


【プププ、伝説の武器が包丁だとでも思ったのか?】


 観客の声に交じって、嫌みな声まで聞こえてきた。


 ジョブ欄には剣士と書いておいたのだが、職業の料理人が目立ってしまって司会者の男性も、そこを紹介するのを忘れてしまっているようだ。こうなってしまっては、早く開始の合図が来てほしいと願うばかりなのだが、司会の男性も心配してかなかなか始めようとしない。この永遠とも思える地獄の時間から僕を救ってくれたのは、この国の国王ラウル・ド・ダルシアクその人だった。


「その闘技場に立っている者は、子どもだろうが何のジョブだろうが覚悟を決めている者だけだ。何も迷うことはない、さっさと始めるのだ!」


 その一言で、司会の男性も吹っ切れたのだろう。予選グループ最後の試合の開始を宣言した。


「それでは予選最終組、Jグループの試合開始だぁぁぁ!」


 ようやく始まったことにほっとしつつ、まずは他の選手の動きを観察する。


 すると最も警戒していた両隣の選手は、僕とは反対側隣の選手の方に向かっていった。さらには正面では、僕の真っ正面にいた選手に周りの選手が集まり、乱戦となっていた。つまり、僕の正面で五人の選手が戦っており、両隣で一対一の戦いが繰り広げられていた。


(ぼ、ぼっちじゃん……)


 一人取り残された僕は、その様子を見ながら呆然と立ち尽くしていた。


 やがて、両隣の戦いも正面の大きな戦いに吸収され、結果的に正面の戦いは九人の乱戦となっている。どうやらこの九人、実力伯仲といった感じで、誰もが傷を負いながら一人、また一人と倒れていく。そして、最後に残った剣士と槍術士が最後の力を振り絞り、お互いにBクラスの必殺技を放った。


「か、勝ったのか!?」


 剣技のBクラスの必殺技は、斬撃と共に衝撃波をたたき込む"剣技・衝"。一方、槍術のBクラスの必殺技は貫通力に特化した突き技、"槍術・貫”。この必殺技を正面から撃ち合ったときに、剣士は槍の一撃を胸に、槍術士は剣の衝撃波を全身に受け、かろうじて立っていたのはそう呟いた剣士の方だった。


 全身にダメージを受けた槍術士に比べ、剣士が受けた傷は一点のみ、しかも急所が外れていたことで、かろうじて踏みとどまることができたようだ。

 

 全身傷だらけで、鎧の胸の部分には大きな穴が空いている剣士の男性が、足を引きずりながら僕の方へとゆっくり向かってくる。


【さ、さすがにこいつと戦うのはかわいそうじゃねぇか?】


 レイの言うように、ゆっくりと僕の方へと向かってくる剣士は満身創痍で、ちょっと押しただけでも倒れそうな雰囲気だ。


 ようやく僕の目の前にきた剣士の男性は――


「や、やあ、待たせたね。ハァハァ。命までは取りはしないよ。グハァ。怖かったら、降参してくれてもいいんだよ。グボォェェェェ!」


 あ、倒れた。血を吐いて倒れた。


「「「……」」」


 僕も観客も司会の男性ですら、あまりの衝撃の展開に言葉を失っている。


【そりゃ、みんなで子どもを狙ったら印象が悪いから、最後の一人になったときに優しく倒すのがいいと思ったんだろうが……こんなのありか?】


「しょ、勝者、料理人ライトォォォ!?」


 あまりの悲惨な結末に、司会者の勝ち名乗りも疑問形になってしまった。


 しかし、結果的に僕が最後まで立っていたことには変わりないので、無事、無傷で勝利を収めることができてしまった。思っていた勝利とはだいぶかけ離れていたけど……




 会場がざわめく中、全ての予選グループの戦いが終わり、明日の決勝トーナメントの進出者が出そろった。トーナメントの組み合わせは、今夜抽選で決まり、明日の朝発表されるそうだ。


 僕の実力を知っているコジローさんは、僕の勝ち方に大笑いしていた。


「まあ、明日の決勝トーナメントでは否が応でも実力を見せることになるでござるよ。そうすれば、周りの見方もまた変わってくるでござろう」


 コジローさんの一言で、気持ちが楽になった僕は明日の決勝トーナメントで今日の分まで頑張ろうと心に誓って、宿へ帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る