第57話 多民族国家ロンディウム

 セイレーンと海賊が討伐された次の日に、カルバチアから東に向かう街道を歩く二人組の姿があった。もちろん、僕とコジローさんのことだ。


 カルバチアでクエストを二つこなした僕らは、コジローさんが得た情報を元に多民族国家ロンディウムの首都、ラジールに向かっている。


 馬車でもとも考えたが、せっかくなので僕の冒険者ランクを上げるために、討伐依頼が出ていそうな魔物を倒しながら向かうことにしたのだ。


【あーあ、またおっさん2人旅か……萎えるな】


 どこでそんな言葉を覚えてきたのか知らないが、レイにとって女の子がいない生活は耐え難いらしい。





「コジローさんは武術大会とか、よく参加するんですか?」


 目的地まではたっぷり時間がある。いい機会だからコジローさんに色々話を聞いてみよう。まだまだ、聞きたいことがたくさんあるから、歩きながら尋ねてみた。


「うーん、拙者は基本地下迷宮ダンジョンや秘境やらを探索していることが多いので、武術大会などはあまり経験がないでござる」


 コジローさんが求める最強の刀は、すごく強い魔物が守っているという言い伝えだから、そういった魔物がいそうなところを探し歩いているらしい。そう言えば、コジローさんと出会ったときも森で倒れていたんだっけか……


「それでも、拙者も武芸者の端くれであるから、一応、情報としては持っているでござるよ」


 そう言って、コジローさんが教えてくれた武術大会の概要とは――


1.大会の規模によって異なるが、大きい大会になると『予選』があるらしい。予選は十数人が一斉に戦い、最後まで残った一人が決勝トーナメントに進めるという形式がオーソドックスらしい。


2.決勝トーナメントは一対一で行われることが多く、最後まで勝ち上がった者が優勝となる。


3.武器や防具は自分の物を使うことがほとんどで、そのせいか相手を死なせてしまってもお咎めなしらしい。


 もちろん魔法使いも参加できるらしいが、圧倒的に不利だし、何より優勝賞品が武器だから今回はほとんどいないと思われる。


 その後は、色々な武器を持った相手との戦い方なんかを教えてもらった。それぞれのジョブのラーニングスキルも教えてもらえたので、これからの戦いの参考になると思った。




 その後の旅も順調で、これまで通りコジローさんと訓練をしたり、薬草を採集したり、夜はもちろん野営をしたりと久しぶりにのんびりした時間を過ごすことができた。さらにコジローさんには内緒にしているが、僕の剣技クラスはAでレベルは15まで上がっている。クエスト報告用の魔物の討伐証明部位もたくさんたまっているので、ランクアップも楽しみだ。


 そして予定通り七日後、僕らは無事にラジールに到着した。




 ▽▽▽




 多民族国家ロンディウムの首都ラジール。国の中心となる大都市はワールーン以来だ。ラジールにも防壁はあるが高さはそれほどでもない。しかし、その防壁の外側には幅五メートルほどの堀になっておりまるで大きな川のようになっている。この堀と城壁の二段構えで敵からの侵入を防いでいるのだろう。


 街の入り口には長い列ができていて、僕らもその最後尾に並んだのだが、多民族国家と言われるだけあって、その列の中には人間以外の種族も多くいるようだ。パッと見ただけでも、エルフにドワーフ、そして獣人の姿も多く見られる。そう言えば、このロンディウムの王様は獣人だってコジローさんに教えてもらっていたっけ。


【うひょー!! エルフは美人しかいないって本で読んだが、本当だったのか!? それに獣人も捨てたもんじゃねぇな! 猫耳最高!】


 ここ最近のコジローさんとの二人旅で相当ストレスが溜まっていたのだろう、ラジールについて早々、たくさんの美人さんを見てレイの興奮が爆発したようだ。


 そしてここロンディウムという国は、何よりも強さに重きを置く獣人達の影響が多分にあるそうだ。武術大会が開催されているのもそのためだろう。


 列に並ぶこと小一時間、僕らはようやく街の中に入ることができた。門を守っていた衛兵さんも獣人で、Sランク冒険者のコジローさんに会えてとっても興奮していた。さすが強い者を好む獣人だけあって、冒険者の最高峰であるコジローさんは彼らにとっても憧れの存在らしい。


【俺にしてみれば女の子を遠ざける疫病神のおっさんでしかないけどな】


 コジローさんは確かに強いけど、レイにとっては強さはあまり関係ない。男か女か。美人かそうでないか。彼にはそれしか見えていないのだ。




 ラジールの街はそれはもう大きくて人が溢れていた。さすがは一国の首都。ワールーン王国に勝るとも劣らない。


「す、すごい人ですね」


「う、うむ。拙者もあまりの人の多さに具合が悪くなってきたでござる」


 田舎者の僕と人のいないところばかり旅してきたコジローさんは、あまりの人の多さにしばらく圧倒されてしまっていた。


「まずは、宿を探しましょう」


 僕の提案に異存があるわけもなく、二人で人混みから逃げるように宿を探すのであった。




「いやー、すごい人でござったな」


 武道大会の開催時期だから、どこの宿も混んでおり中々空き部屋を見つけることができなかったが、街の中心より少し外れたところでようやく空いている部屋とひとつ見つけることができた。


 部屋に入るなり、疲れたようにドッと腰を下ろすコジローさん。どんなに強い魔物と戦っても疲れた様子ひとつ見せなかったコジローさんにも、弱点はあったようだ。


「少し休憩してから、武道大会の情報を集めに行きましょう」


「ふむ。武道大会の情報は、拙者が集めるでござるよ。ライト殿は、料理ギルドに行ってみてはどうでござるか?」


「えっ? いいんですか? そうしてもらえると、とってもありがたいですが」


「情報を集めるくらい、ひとりで十分でござる。ここには色々な種族が集まっているから、各種族の伝統的な料理がたくさん登録されているのではござらんか?」


 これはありがたい申し出だ。この街に来た時から、料理ギルドメニューには興味深々だったから。


 僕はコジローさんのありがたい申し出を受けて、料理ギルドに向かうことにした。




 カラン、コロン


 相変わらず小気味よい音が鳴る扉をくぐり、僕は料理ギルドに足を踏み入れる。この街の大きさに相応しく、料理ギルドもそれは大きな建物だった。おそらく食文化の街ランドベリーの三倍はあるだろう。


 その建物の大きさ、人の多さに戸惑いながら僕は受付カウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ! メニューの閲覧ですか? それとも登録ですか?」


 猫耳のかわいらしいお姉さんが、元気よく応対してくれる。ここではギルドの職員も、様々な種族の人達がいるようだ。


【うひょー! ここにも理想も天使ちゃんがいたのか! ライト、告白だ、こーくーはーくー!】


 いつも通り可愛い子を見ると告白させようとするレイはさておき、僕は必要事項を淡々と伝えていくはずだったのだが……


「まずはメニューの閲覧をお願いします!」


 僕の声も、お姉さんにつられて思いの外大きくなってしまった。


 あまりの元気のいい返事に含み笑いしているお姉さんから閲覧用の水晶を受け取り、僕は早速メニューを映し出す。


「おお、たくさんある!」


 予想通りたくさんのメニューを目の当たりにし、ちょっと興奮してしまった。そこには、エルフ族に伝わる野菜をふんだんに使ったサラダや、お酒好きなドワーフがよく作るという肉や穀物を使ったおつまみの数々、獣人達の料理は、元となっている種族によって好みが違うせいか多岐にわたる。


 あまりのメニューの多さに、僕は時間が経つのも忘れて夢中で調べまくってしまっていた。ふと顔を上げると、天井には魔法道具マジックアイテムの明かりが灯っている。どうやら、気がつかないうちに夕方になってしまっていたようだ。


 そろそろ料理ギルドを出ようと思って、閲覧用の水晶を返しに行くと受付のお姉さんが、僕の料理ギルドランクが上がっていることを教えてくれた。なんでも、僕がお姫様のために料理を作ったのがクエストとしてカウントされていたのと、ブループリンの閲覧回数がとても多かったのが理由らしい。


「それと、ライト様が登録したブループリンにコメントがたくさんついております。このコメントをつけるのにも銅貨1枚かかりますので、そのうちの7割がライト様の報酬になります。もちろんこのコメントの数もランクアップの査定対象になっています」


「へー、それは知りませんでした。ちなみにそのコメントというのはここでも見れるのでしょうか?」


 僕が受付のお姉さんに尋ねると――


「はい、ご自分のレシピを表示して頂いて、コメント欄を選択し、ギルドカードをその水晶にかざして頂けるとご覧になることができます。ちなみにそのコメントに返信することもできますよ。銅貨1枚で!」


 色々なところで利益を上げようとする努力に感心しながら、僕はブループリンに寄せられたコメントを見ることにした。


 ギルドカードを水晶にかざし実際コメント欄を開いてみると、かなりの数のコメントがついていたが、そのほとんどが同じ内容だった。それの内容というのが――


『ブループリンに使われている、"クリーム"のレシピを公開してください!』


 なるほど。言われてみれば、僕がブループリンを作るために作ったクリームはオリジナル商品だった。プリンに合うように試行錯誤を重ね、十分な甘みの中にもしつこくないさっぱりさを兼ね備える自慢の一品なのだ。


 確かにこのクリームは他のスイーツに合わせることもできるから、登録しておけば需要があるかもしれないね。

 そう思った僕は、ついでにクリームのレシピを登録しておいた。


 それから僕は冒険者ギルドに寄って、クエストをいくつか受けて来た。もちろん、すでに討伐証明部位が揃っている魔物の討伐クエストだ。ちょっとずるいかもしれないが、明日、その証明部位を持ってクエストを達成させるつもりなのだ。


 僕が宿に戻ったときには、コジローさんはもう戻って来ており、部屋で刀の手入れをしていた。その邪魔をするのも悪いと思ったので、僕も一緒にアクアソードの手入れをする。しばらく無言で武器の手入れをした僕らは、一段落したところで食堂に移動し夕食をいただくことにした。


「武道大会は10日後に行われるでござる。申し込みの締め切りは明日だったので、明日一緒に申し込みをしにいくでござるよ」


 夕食を食べながら、お互いに状況を報告し合った。武道大会は十日後に、この街の闘技場で行われるそうだ。すでに百名以上の登録があるそうで、予選が行われることも確定している。武道大会開催の三日前に、予選の組み合わせが発表されるようなので、それまではいつも通りコジローさんと訓練をしつつ、組み合わせがわかり次第、相手に合わせた対策を考えることにした。


 僕の方は、今日調べた料理について特に興味深かったものをコジローさんに教えてあげた。コジローさんは意外にも魚料理以外にも、ドワーフ御用達のおつまみに興味を示したので、今度作ってあげることにしよう。

 おつまみと言えば、お酒のメニューもいくつかあったんだけど、やっぱり発酵を利用した物はほとんどなく、偶然できたものが物凄い高値でお店に出ているだけだった。


(武道大会の後にでも挑戦してみようかな)


【お酒は俺も興味があるな】


(へー、そんな風には見えなかったけど、レイもお酒を飲むんだ)


 僕はレイが賢者だと言っていたから、お酒なんて飲まないと勝手に思ってたけど、それは偏見だったのかな?


【いや、俺は飲まないがお酒を飲んだ女の子は積極的になるらしいぞ】


 僕の偏見の方がまだマシだった……僕の中で賢者のイメージがどんどん崩壊していく。


 それから僕達は夕食を食べた後、明日以降の詳細な計画について話し合った。

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