第56話 ついでに海賊退治

「それじゃあ野郎ども、カルバチアに戻るぞ!」


 船長の号令で、一斉に動き出す船員達。そして船もゆっくりと動き始め、反転すると何事もなかったかのようにカルバチア目指して静かに進み始めた。




 ▽▽▽




 ふと甲板を見ると、コジローさんは海を見ながらボーッとしていた。おそらく、魔族の行方とセイレーンの倒され方に疑問が残っているのだろう。

 雷なんて落ちるような天候じゃなかったし、魔族に至ってはその死体すらないから。でも、僕としてはあまり深く考え過ぎてほしくないので、別の話題を振ってみた。


「そう言えばコジローさん、コンラッドさんが迷っていたもうひとつのクエストって何だったんでしょうね?」


「えっ? ああ、そうでござるな。何だったのかな?」


 急に現実に引き戻されたせいか、曖昧な返事をするコジローさん。


「ああ、それは海賊討伐のクエストじゃないですかね?」


 するとその会話が聞こえたのか、甲板を掃除していた船員が教えてくれた。その船員曰く、セイレーンが現れる一ヶ月くらい前から、商船が海賊船に襲われるという事件が続いているそうなのだ。

 当然、ギルドも対策に乗り出したが、依頼を受けたBランクのパーティー全滅してしまった時点で引き受け手がいなくなってしまったらしい。


 この海賊達とセイレーンが、カルバチアのギルドマスターコンラッドさんを悩ませる二つのクエストだったのだ。


【まさかな……おいライト、向こうから何か近づいてきてるぞ】


(えっ!?)


 まさかそんな都合よく現れるわけないだろうと思いつつ、レイの言葉に慌てて"探知"を発動させると……


「コジローさん、向こうから黒い船が近づいて来ているようですが……」


 来ていた。僕が指差した方向には、もう肉眼で確認できるくらい近くにいかにも怪しい船がいた。段々近づいてくるその船は、もう間違いないくらいわかりやすい海賊船だった。船の真ん中にドクロマークの旗とか立てちゃってるし。


「あれは、海賊船でござるか」


 先ほどまで何やら考え事をしていたコジローさんも、海賊船を見た途端、鋭い目つきに変わる。


「どうしますか?」


 僕はコジローさんに尋ねたが、答えは決まっているのだろう。


「むろん、ここで討伐するでござる。あの船に乗る程度の人数、拙者ひとりでどうとでもなるでござるよ。魔族さえいなければ……」


 やっぱり討伐するに決まってるよね。そして流石はSランク冒険者。たったひとりで海賊船を制圧するとか格好良すぎる。最後の自虐的なセリフは聞かなかったことにするけど。


「僕も一緒に行きましょうか?」


 一応、コジローさんに剣を教えてもらっているから、僕も十分に戦力にはなると思うから言ってみた。それに、ピンチになったら魔法もあるしね。


「そうでござるな。ライト殿の腕前であれば、海賊如きに遅れはとるまい。ただ、さっきは何もしないうちに終わってしまったから、少々不完全燃焼なのでござる。拙者ひとりにやらせてもらえないでござろうか?」


 どうもコジローさんは不完全燃焼みたいです。まあ、海賊船を"探知"&"鑑定"してみたけど、コジローさんが後れを取るような相手はいなかったから、大丈夫かな。


【おっさんにやらせておけって。どうせ海賊なんて、かわいい女の子のひとりもいるはずないんだから】


 レイの言い分だと、かわいい女の子がいれば海賊退治に参加すると聞こえる。


(全くその判断基準は何とかならないのかな……)


【お前が早く女の子とお付き合いすれば……】


 変なことを言いそうになったレイを黙らせてからコジローさんを見ると、先ほど使った小舟を下ろすところだった。


 コジローさんは再び小舟を下ろすと、それに乗ってひとりスルスルと海面を進んで行く。一応、僕も小舟に乗って見学役でとしてついていくことにした。それに気がついた海賊船から矢が飛んでくるが、コジローさんはその全てを刀で斬り捨てている。


(おお、さすがはSランク! 僕も今度やってみたい!)


【あの程度の矢なら、今すぐにでもできるだろう】


(ステータス的にはできると思うけど、まだまだあんなに美しく剣を扱えないんだよ)


【いくらおっさんでも、さすがはAクラスってことか】


 そして、僕らの乗った小舟が海賊船に近づくと、船から跳躍したコジローさんは、刀を船に突き刺し器用に船の外壁を登っていく。そして、あっと言う間に手すりを乗り越え、甲板へと消えていった。


 僕もその真似をする……フリをして重力魔法で船へと上がる。


 僕が甲板に降り立つと、斧や剣を持った海賊達が十数名、コジローさんを睨みつけていた。


「何だ貴様!? 一体どうやって上がってきたんだ!?」


 その中の斧を持った海賊が、口から唾を飛ばしながら大声で叫んでいた。海賊達の中でもひと回り大きいこの男が、海賊達のリーダーなのだろう。斧術Bクラスをマスターしているようだが、そのステータスはコジローさんには遠く及ばない。


「お主達、相手が悪かったでござるな。今日の拙者は虫の居所が悪い。手加減なしでいくでござる!」


 コジローさんは一方的に相手にそう告げると、ダン! と甲板を蹴ると一瞬で間合いを詰め、海賊リーダーに斬りかかった。


「ぐはっ!」


 その動きに反応しきれなかった海賊リーダーは、コジローさんの居合で、右の脇腹から左肩にかけて真っ二つに斬られてしまった。


 その後は、一方的な殺戮が続いた。十数人いた海賊達は、誰もコジローさんを止めることができず、為す術もなく倒されていく。

 僕はただそれを眺めているだけだ。


 全てを倒し終えたコジローさんは、刀を鞘にしまうとおもむろに船首にロープを結びつけ始めた。


「おや、コジローさん何をするんですか?」


「いちいち説明するのが面倒くさいので、この船を引っ張っていくでござるよ」


 どうやら街の警備に、海賊船毎引き渡してしまおうという魂胆らしい。海賊達は全てお亡くなりになっているから、操船に必要な最低限の船員を呼んできて、海賊船を引っ張りながら帰路へとついた。




 ▽▽▽




「お帰りなさいませ、コジロー様! コジロー様を乗せた船が帰ってきたと聞き、慌てて飛んで参りました! 後ろに引っ張ってきているあからさまに怪しいあの船はもしや!?」


 コンラッドさんがニコニコ顔で僕達を出迎えてくれた。その様子から、海賊船もついでに倒してくるという打算の元、セイレーン退治を依頼したことがバレバレである。


「海賊達がこちらに襲いかかって来たので、セイレーン退治のついでにストレスを解消させてもらったでござる」


 そう言うコジローさんは、何だか面白くなさそうだ。


「ほほう、ストレス解消ですか……? セイレーン退治が上手くいかなかったということでしょうか?」


 コンラッドさんが途端に不安げに目を細める。


「いや、結果的にはセイレーンは討伐されたでござる。ただ、それ以上の報告があるので急いでギルドへ戻るでござるよ」


 コジローさんの言葉にホッと胸をなで下ろすコンラッドさん。しかし、その後のコジローさんの真剣な眼差しに緊急性があると感じ取ったのだろう、急いで事後処理をギルド職員に任せ僕達は三人でギルドへと戻った。




 ▽▽▽




「そ、それでセイレーン討伐以上の報告とは……」


 ギルドに着いた僕達は、依頼を受けた部屋で改めてことの顛末を報告した。特に魔族が現れた話をしたときのコンラッドさんは、顔が真っ青になっていた。


「ま、魔族ですか? そう言えば、他の街でも似たような報告があり警戒するようにとお達しがありました。しかし、まさかこんな辺境の港町にまで現れるとは……コジローさんがいなければどうなっていたことやら……」


「ふむ。先ほど報告した通り、拙者の攻撃で魔族が倒れたとは思えない。状況から考えるに、なぜかは理由はわからないが、魔族は石になった拙者を見逃して逃げたとしか思えないでござる」


 コジローさんの説明に、魔族による被害がなくてホッとした反面、魔族の行方がわからないのは不安なのだろう。コンラッドさんは、すぐにこの後の対策についてコジローさんに相談し始めた。


(魔族を倒したこと言った方がいいのかな?)


【いやあ、言わなくていいんじゃね? その方が真面目に対策を取るだろうし】


(うん、そうだよね)


 しかし相談と言っても、魔族を相手にするとなるとそれこそSランク冒険者に常駐してもらうか、数に頼って軍に依頼するくらいしか思いつかないようだ。

 どちらも現実的ではないため、まずは冒険者達に協力してもらって、今まで以上に警戒する範囲を広げ、連絡を密にするくらいしか対策の施しようがないといったところか。


 おそらく、これからワールーン王国に応援を要請するのだろうが、果たしてこの辺境の街まで一個軍隊を派遣してもらえるかどうか。そこは、領主の手腕にかかっているのだろう。


「それじゃあ、拙者はセイレーンの素材を換金してくるでござる。いくでござるよ、ライト殿」


 相談が終わったコジローさんと、受付カウンターへ向かうとあっと言う間に冒険者達に囲まれてしまった。


「コジローさん、俺を弟子にして下さい!」

「コジロー様、何卒うちのパーティーにお入り下さい!」


 今までソロでやって来たコジローさんが、相棒を連れてきたのだ。ここぞとばかりに、弟子入り志願者やパーティーへの勧誘が殺到する。

 僕にとっては気のいいござるのおじさんだけど、他の冒険者にとっては憧れの的なのだろう。改めてコジローさんの偉大さを肌に感じた。

 しかし、いつまでも囲まれているわけにもいかないので、コジローさんは勧誘の全てを丁寧に断り受付カウンターへと向かった。


「セイレーンの竪琴ですね。確かに受け取りました!」


 セイレーンの竪琴を提出することで、今回のクエスト達成となる。報酬を受け取り、続いて買い取りカウンターへ。受付のお姉さんに、セイレーンから手に入れた魔核石を渡すと……


「こ、これは!? こんなに大きな魔核石は初めて見ました!」


 どうやら、Aランクの魔核石などそうそう手に入るものではないらしい。周りの冒険者達も『スゲー!?』とか『初めて見た!』とか、大騒ぎしている。


 それから、図らずとも解決してしまった海賊退治のクエストの報酬も後からもらうことができた。

 結局、セイレーンの討伐報酬が金貨三十枚、海賊討伐の報酬が金貨二十枚、セイレーンの魔核石と竪琴が金貨五十枚で売れた。ひとりあたり金貨五十枚って物凄い大金だと思う。あの貧乏だった頃が、馬鹿らしくなるくらいの稼ぎだ。

 さらに僕はコジローさんの付き添いとはいえ、SランクとAランクのクエストを達成したことで冒険者ランクがEからDにあがった。


(そうだ! この金貨五十枚はお母さんのお店に持って行こう。夜になったら空間転移テレポーテーションを使って、こっそりポストに入れれば姿を見られることもないよね?)


【ああ、いいんじゃね? 元々お前の目的のひとつは『お母さんに楽をさせてやる』なんだろう? 手紙のひとつでも一緒に書いてやればいいんじゃね?】


(おお、レイもたまにはいいこと言うじゃないか! そうだ、手紙を書こう!)


 精算を終えた僕らは、いったん宿に戻り今後の動きについて確認することにした。




 ▽▽▽




「ところで、コジローさんの旅の目的って何なのですか?」


 宿で夕食を取って部屋に戻った僕は、以前から気になっていた疑問をコジローさんにぶつけてみた。


「そういえば、ライト殿には話してなかったござるな。実は拙者、最強の刀を求めて旅をしているでござる。どこにあるかはわからないでござるが、恐ろしく強い魔物が守っているという噂でござる」


「へー、そうなのですか。どこにあるかわからないのはつらいですね……」


 コジローさんが持っている刀は"虎徹"と呼ばれ、風魔法Bクラスの大気の刃エアリアルブレードが付与されている切れ味が半端ない代物らしい。確かアルバーニー師匠の包丁にも付与されていたはずだ。もちろん、この"虎徹"も名刀だが、コジローさんが求める最強の刀は三つの付与がついているという噂なのだそうだ。何でも、コジローさんの故郷の伝承の中にその存在が出てくるらしい。


 そしてコジローさんはすでにこの街の船乗りから、有力な情報を手に入れていた。それは、ここから東に馬車で七日ほどの場所にある、多民族国家ロンディウムの首都ラジールで武術大会が行われるというものだ。その優勝賞品が、なんと伝説の武器だというのだ。


 伝説の武器がコジローさんが求める刀かどうかはわからないが、少なくとも腕に覚えのあるものが武器を求めて集まるはずだ。となれば、例え賞品の武器が目的の刀でなくとも、そこで得られる情報だって十分期待できるのではないか。


 僕としても、魚料理のレシピはあらかた見ることができたので、ここにとどまる理由は何もなくなった。だからここは、一緒について行って色々な種族の伝統料理のレシピでも見てみることにしよう。


【なるほど。今度はケモミミちゃんを狙うということだな! 大賛成だぞ俺は!】


 ひとり目的を勘違いしている男はさておき、僕らの次の目的が決まったのだった。

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