第55話 ついでに魔族討伐
僕らが戦うには、セイレーンが座っていた岩礁は小さすぎたので、特に示し合わせることもなくお互いに宙に浮かんでいたのだが――
「ちょっといいかしら? 私は翼があるからいいとして、なぜあなたが宙に浮いていられるのかしら?」
さっきからこのドリーという魔族は、僕のジョブがどうだとかこうだとか、なぜ宙に浮いていられるのかとか質問ばかりで、一向に戦おうという気配がない。
とは言え、相手は魔族だしわざわざ答えを教えてあげる義理はないよね? みんなの状態異常も早く治してあげたいし。
「気合です」
「気合で空を飛べる訳ないでしょ!」
怒られた。間髪入れず怒られた。
【おい、こいつバカっぽいから、カマかけたら色々しゃべってくれるんじゃねぇか?】
確かにレイの言うように、このお姉さんちょっと頭が悪そうに見える。ダメ元で試してみるか。
「それよりいいんですか? ここで失敗したらあの方に殺されてしまいますよ?」
「な、なぜそれを!? ですが、あの方が直接手を下すことはないわ。なぜなら私達の様な下っ端の粛正は、六魔将の仕事だからよ」
作戦成功。動揺して平常心を失っているところに、いきなり核心を突かれたから面白いように自分からバラしてくれた。
しかし、その中身は決して喜ばしいものではなかった。この魔族、魔族ネームがEとはいえステータスはかなり高い。これでまだ下っ端ということは、上位の魔族はどれだけの強さなのか見当もつかない。さらに、その上に六魔将なんてものまでいるようだ。
おそらく元凶であろうあの方とやらを倒す前に、なかなかハードルの高い敵がたくさんいるようだ。いや、まあ別に僕があの方を倒す必要なんてないと思うんだけどね。
っと、とりあえずそのあたりは帰ってから考えるとして、まずはこのドリーだね。僕の方がステータスは高いけど、油断しないようにしないと。
「貴重な情報をありがとうございます。では、行きますよ!」
一応、お礼を言ってから僕はアクアソードを正眼に構え、重力と風を操作してドリーへと斬りかかった。
「は、速い!?」
どうやらドリーは背中に生えている翼では、それほど速くは動けないようだ。僕が狙った頭部への斬撃は躱されたが、剣身が左肩を斬り裂き黒い血が流れている。
「ハッ!」
さらに僕は短い掛け声とともに、切っ先を切り返し下からすくい上げるように今度はドリーの心臓を狙う。
「闇の檻よ、全てを閉じ込めよ
おそらく、僕を閉じ込めるために用意していた魔法だろう。しかし、闇の牢獄はドリー自身を覆い僕の剣先を鈍らせる。僕の剣が闇の牢獄を切り裂くその隙を突いて、ドリーは上空へと逃げ出した。
「今度はこっちからいくわよ!」
急降下しながら左右の腰の短剣を抜いたドリーが、目にもとまらぬ連撃を繰り出す。いや、ごめんなさい。僕にとっては目にもとまる連撃でした。
「なかなか速い!」
僕はその連撃を時には剣で弾き、時には身を引いて躱していく。海を背に落ちながら連撃を裁いていくことで、どんどん海面が近づいてくる。
「ここだ!」
海面につくギリギリで
「なっ!?」
急に目標を見失ったドリーは咄嗟に振り向き、短剣をクロスさせ僕の剣をかろうじて防いだが、その衝撃で海へとたたき落とされる。
「
すかさず撃ち込む強力な雷撃。ボヒュという音をたてて一瞬海面が金色に光り、続けてたくさんの魚が海面に浮かんできた。
ザッパーン!
浮かんでいる魚たちを蹴散らしながら、ドリーが海上へと飛び出してくる。それほどダメージは大きくなさそうだが、髪の毛や服の端々が焦げていた。
「やってくれたわね」
海水をポタポタ垂らしながら、僕を睨みつけてくる赤目のクール系美女。まあ、美女とはいえ魔族だけどね。
【うーん、黙っていればいい女なんだがな……】
戦闘中だというのに、どこまでもマイペースなレイ。だけど、今はそれに答えている余裕はない。
「私の短剣をいとも簡単に捌いていること、急に目の前からいなくなったこと、海中でビリッときたこと、突っ込みどころは満載だけど、今はそんな余裕はないわね。私の勘が、あなたをここで始末しないと危険だと告げているわ!」
そう言い終わる間もなく、再び短剣での連撃を繰り出す。先ほどと違うのは、勢いに任せるではなく慎重に僕の動きを見ながら、短剣を振るっているようだ。しかし、水に濡れたのと少しながらダメージが入ったせいか、その動きは先ほどよりも遅い。
「遅くなってますよ!」
僕が徐々に剣速を上げていくと、いつの間にか攻守が逆転し僕が攻めてドリーが受け流す状況となっていた。
「ック!?」
僕の一撃を受けて、バランスを崩すドリー。
「そこだ!」
その隙を突いて、アクアソードを首筋めがけて横一線に振るおうとしたその時。ドリーの口元がにやりとゆがんだ。
「……"暗技・幻"」
ドリーの身体が揺らめいたかと思うと、僕の剣がその揺らめいた身体をすり抜けた。
「"短剣術・伸"」
「
目標を切り損ねたことで流れてしまった僕の身体めがけて振るわれた短剣が、突如その剣身を伸ばし襲いかかって来た。しかし、ドリーの口元がにやりとゆがんだ時点で、その可能性を予想していた僕は慌てず騒がず結界を張り、その攻撃を弾き返す。
「なっ!?」
おそらく、わざとバランスを崩し僕の攻撃を誘ったのだろう。その一連の攻撃を僕が読み切ったことで、余裕をなくしたのか、その頬がピクピクと痙攣している。
「な、なんでわかったのかしら!? なんで
「ふふふ、突っ込む暇はないんじゃなかったですか?」
「きぃぃぃ! 生意気なぁぁぁ!」
元々赤かった目がさらに充血して真っ赤になり、唾を飛ばしながら叫ぶ姿は最早美女の面影はなく、魔族そのものに見えた。
【ここまで来るともうダメだな】
冷静に顔面偏差値を分析する脳内賢者。
相当自信のあった攻撃だったのだろう、それを防がれ余程頭にきたのか闇術、短剣術をなりふり構わず放ってくるドリー。しかし、その全てが僕の
(ここで終わらせる)
「
まずは、動きを封じるために雷魔法を放ちドリーを痺れさせた。
「"剣技・衝"!」
「グガッ!?」
動きが止まったところで、ドリーの首筋に剣技Bクラスの必殺技が炸裂する。"剣技・衝"その名にふさわしく、ドリーの首から上を木っ端みじんに爆発させた。
「よし、討伐完了! 後は、コジローさんを元に戻して船に戻ろうか」
僕は石化したコジローさんを抱きかかえ、ひとまず大型船に戻った。甲板ではまだクラーケンの威圧の効果が切れておらず、たくさんの船員達が倒れていたが怪我をしている人はいないようだった。
「まずはコジローさんをっと、
Aクラスの聖魔法でコジローさんの石化が瞬時に解ける。
「うぅ、拙者は……っ!? 拙者は確か罠にはまり、石になってしまったはずでは……」
石化から回復したコジローさんはすぐに意識を取り戻した。もちろん、石になっている間の記憶はないだろうから、適当に話を作って誤魔化しておこう。
「コジローさん、無事でしたか! 僕も小舟から落ちて大変でしたが、何とか船に戻ってみると魔族はいなくなってて、セイレーンは雷が落ちたのでしょうか、真っ黒焦げになっておりました!」
【ぷぷぷ、お前の言い訳はいつも雷一辺倒だな! 工夫がない!】
うっ!? 確かにレイが言う通り、僕は雷魔法で敵を倒すことが多い。目立たず一瞬で倒せるからよく使っていたのだが……
「ここは……大型船の上でござるか。この雲ひとつない空で雷が落ちるとは信じられないでござるが、それよりも魔族の女はどこにいったでござるか? まさか最後の一太刀が……届いたでござるか?」
コジローさんにとっての脅威は、セイレーンよりもあの魔族の方が上なのだろう。やはり、セイレーンに雷が落ちたことを疑ってはいるものの、そこには触れず先に魔族の行方を確認したいようだ。それにしても最後の一太刀か。これを上手く利用してみよう。
「すいません……僕が海から出て来たときには、すでに魔族はいませんでした。もしかしたら、コジローさんが倒してしまったのでは?」
その僕の作り話にコジローさんは……
「確かに拙者は最後の力を振り絞って、"抜刀術・速"を放ちはしたが……。あの一太刀で魔族が死ぬとは思えぬでござる……」
最後は言いよどみながら、コジローさんは僕をチラ見する。そんな目で見られても、正直には話せないよ。
そんな会話をしていると、大型船の船員達が起き上がってきた。ようやくクラーケンの威圧が切れたようだ。
「我々は……助かったのか?」
船員のひとりが、自分達の無事を確かめるように辺りを見回している。彼らの記憶には、クラーケンの恐怖がすり込まれてしまったのだろう。恐る恐る甲板の縁から下を見ている船員もいた。まあ、そのクラーケンは輪切りになって僕の
「セイレーンが雷に打たれて死んだことで、クラーケンもいなくなったようですね」
僕がしらっとそんな話をすると、船員達はスッキリしない顔をしながらも納得しようとしているようだった。ただし、コジローさんは顎に手を当てながら何かを思案していた。
「と、とりあえず依頼は達成したのだろうか? それならもう戻りたいのだが……」
雇い主のコジローさんが黙っているので、別の船員が若干怯えた様子で申し出てきた。確かに、船員達にしてみれば威圧で気を失っていただろうから、クラーケンが倒されているかどうか確認しようがない。こんな危険な海域からは一刻も早く立ち去りたいはずだ。
「セイレーンが落雷で死んだとして、その証拠となるものを持って行かねばクエスト達成にはならないでござる」
船員達からの申し出を聞いて、自分が雇い主であること思いだしたのか、コジローさんが船員達に説明している。確かにコジローさんの言う通り、クエスト達成には倒した魔物の一部を持って行く必要がある。討伐を証明するためにも、倒した証拠が必要なのだ。
「それでしたら、セイレーンが持っていた竪琴と魔核石を持ってきました。これで討伐の証拠になりませんか?」
セイレーンの竪琴は魔力の源で、この竪琴なしにはセイレーンは状態異常の歌を歌えない。セイレーン達にとって命にも等しい価値があるものなので、討伐証明としても扱われるはずだ。
それにAランクの魔物だけあって、かなり質の高い大きめの魔核石が手に入った。この魔核石は、魔物の体内で生成されるいわば魔物達の心臓に値する。高ランクの魔物ほど、大きくて質の高い魔核石を持っている。
そして魔核石は、
ちなみにクラーケンとドリーの魔核石も手に入れている。特に、ドリーの魔核石はセイレーンやクラーケンのよりさらに質の高いものだった。そういえば、以前倒した魔族のザムスやミッシェルの魔核石も
「おお、それで十分でござる。何が起こったかはっきりとはわからぬが、どうやらライト殿に助けられたようでござるな。かたじけないでござる」
考えても答えが出なかったのだろう、スッキリしない様子のコジローさんが申し訳なさそうに、僕に頭を下げてきた。
「いえ、僕は死んでいるセイレーンから竪琴と魔核石をいただいて、コジローさんを船の上まで運んだだけですから。特にお礼を言われるようなことはしていませんよ」
せっかくバレないように色々誤魔化しているのに、こんなところで僕の手柄にされたら目立ってしかたがない。僕は慌てて助けたことを否定したのだった。
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