第54話 海での戦い

「これが……海ですか」


 結局、結界師も白魔道士も見つからなかったので、昨日聞いた作戦通りにセイレーン退治に向かうことにしたのだが、初めて見る海に僕は心が奪われてしまっていた。いや、知識ではその存在は知ってはいたんだけどね。知ってるのと見るのでは全然違いました。


【おいおい、何だこのでっかい水たまりは!?】


 どうやらレイも海を見るのは初めてみたいで、興奮した声が聞こえてくる。


「大きいでござろう。拙者は島国育ちゆえ見慣れているでござるが、それでも時々海は恐ろしく見えるでござるよ」


 コジローさんが言う恐ろしいとは、決して海には凶暴な魔物が多いということではないだろう。僕もこのあまりに大きな海を見て、改めて自分という人間の小ささを感じていたところだったから。


【随分、年寄りくさいところもあるんだな】


 レイの突っ込みに『そうかもしれないな』と思いながら、僕はコジローさんと並んでしばらく海を眺めていた。




「コジロー様、準備が整いました」


 しばらく海を眺めた後、船の準備が整ったと船長が呼びにきてくれた。今回の移動については、商業ギルドが所有する船で、これまた商業ギルドに登録している船乗り達が協力してくれる手筈になっている。


「結局、結界師や白魔道士は見つからなかったのですね」


「まあ、セイレーン退治となると、少なくともBクラスのスキルはないと役に立たないでござるからな。この規模の街で見つけるのは難しいでござる」


 それらしい人物が見つからなかったので、コジローさんに確認してみたが、やはり結界師も白魔道士も見つけることができなかったようだ。ということは、昨日の作戦通りにコジローさんが小舟で倒しに行くことになるようだ。


「それではみなさん、よろしく頼むでござる!」


「「「おおー!」」」


 コジローさんが、船員達に声をかけると元気のいい返事が返ってきた。おそらく、セイレーンのせいで仕事に影響があったのだろう。それが、Sランク冒険者のおかげで解決するかもしれないという期待から、自然と声が大きくなってるのかもしれない。


【はあ。またこんな男だらけの集団か。あのおっさんと一緒に行動することになってから、女っ気がなくなっちまったな……】


 レイの不満を乗せて、船が沖へ向かってゆっくりと海面を滑るように進んで行く。港では、見送りに来たギルドマスターのコンラッドさんと、何人かの冒険者が手を振っていた。コジローさんは、これからAランクの魔物を退治するというのにちっとも緊張している様子がない。余裕の笑顔で手を振り返していた。




 ▽▽▽




 船に揺られながら一時間ほどで、目的の小島の近くまで来ていた。正直、最初はワクワクした初めての船旅も、ゆらゆら揺れる足元に気持ちが悪くなってしまい、こっそり自分に下級回復リカバリーをかけたのは内緒だ。


 セイレーンの歌声が届く範囲は約一キロメートルと言われている。そのため目撃情報があった岩礁の一五〇〇メートル手前で船を止め、ここからは、セイレーンの歌声の範囲を確かめながらコジローさんが小舟で向かう形になる。その後を追うように僕が二艘目の小舟でコジローさんを追いかけるのだ。


 そしてコジローさんの船と僕の船が、僕の船と大型船がそれぞれ三百メートル程あるロープで繋がれている。


「状態異常が感じられたら、手を挙げるでござる。そして、石化や麻痺ならそのまま動けなくなるでござるから、しばらくしても手を下げなかったらいったん拙者を引き戻してくだされ。状態異常が毒の場合、ロープを切り離してそのままセイレーンを退治してくるでござる」


 小舟を下ろしてからの対応を再確認し、コジローさんが乗った小舟をゆっくりと海面へと下ろしていく。続けて僕が乗った船も下ろしてもらった。


(さて、ここからは自分で漕いで行かなくちゃいけないのか)


 僕は教えてもらった通りにオールを漕いで、コジローさんの後について行くのだった。




 ~sideコジロー~


 拙者は小舟を下ろしてもらってすぐに、セイレーンがいるという岩礁に向かったでござる。船の扱いには慣れているので、スルスルと岩礁へと近づいて行くことができたでござる。


 二百メートルほど進んだ時に、少々違和感を感じたでござる。後々考えると、この違和感をもっと大切にするべきだったでござる。


「おかしいでござるな? もうとっくに歌声の範囲に入っているはずだが、全く歌が聞こえないでござる」


 セイレーンは岩礁に座っている時は、必ず歌っていると言われているでござる。初めは、セイレーンが海に潜っていていないのかとも思ったが、遠目に見ても岩礁にセイレーンが座っているのが見えたでござる。


 少し不安を感じながら進み、いよいよ嫌な予感がして引き返そうと思ったとき、ようやく歌声が聞こえてきた。


「むっ!? これは珍しい!? 歌声を聞いても状態異常が起こらないでござる!」


 歌声を聞いても、何も起こらないことに拙者はまたとないチャンスだと思ってしまったでござる。それが敵の罠だとも知らずに。


 状態異常がないとわかった以上、ロープで繋いでいる必要性がなくなったので、予定通り刀でロープを切り船をこぐ手を早めて急いで岩礁に向かったでござる。

 そして、セイレーンの元まであと少しというところで、初めて拙者は罠にかかったことに気がついたのござる。


 セイレーンの後ろから歌を歌いながら現れたのは、紫色のウェーブがかかった髪を肩まで垂らし、その髪の毛の間から二本の角が生えている赤い目の魔族だったでござる。黒いピタッとした服装に、左右の腰に短剣を差していて、その口からは歌声が聞こえてきた。つまり歌っていたのは彼女で、セイレーンはまだ歌っていなかったのでござる。


「ウフフ、こんにちはコジローさん。私の名前はドリーよ。こんなに簡単に罠に引っかかってくれるなんて、ありがたいわ。まさかSランク冒険者がかかるなんて思ってもいなかったけど。でも心配しないで。お仲間もすぐに同じ場所に送ってあげるわ!」


 ドリーと名乗った魔族が話し終えると同時に、拙者の後ろで大きな水しぶきの音がたので振り向いてみると、Aランクの魔物クラーケンが、拙者を乗せてきてくれた大型船を絡めとり、激しく揺らしているところでござった。


 そして、拙者の異変を感じ取ってくれたのであろうライト殿が、立ち上がった瞬間に大型船と繋いでいたロープのせいで小舟が引っ張られ、海中へと転落してしまったでござる。


「ライト殿!」


 思わず叫んでしまった拙者の背後から、今度は本物のセイレーンの歌声が聞こえてきた。


 その途端に、拙者の足の先から石化が始まってしまったでござる。


「石化!? なんで運が悪いでござる!」


 毒ならなんとかなったかもしれないが、よりによって石化とは。足下から石化していく拙者は、せめて一太刀でもと思い、侍のラーニングスキルAクラス"抜刀術・速"を放ったでござる。鞘にしまった状態から一気に刀を抜き去り、一太刀で相手を斬り捨てる必殺技だが……


 しかし、その一太刀が魔族に届く前に拙者の意識は途絶えてしまったでござる。




~side ライト~


 ザップーン!


 ロープを切ってセイレーンの元へ向かったコジローさんの様子が急におかしくなったので、船の上で立ち上がったら大型船と繋いでいたロープがいきなり引っ張られ、バランスを崩した僕は海に落ちてしまった。


【あはは! 海に落ちてやんの!】


 確かにコジローさんの方に意識を向けすぎていた僕が悪いけど、そんなに笑わなくても……


 しかし、海に落ちて初めて気がついたけど、漁師のユニークスキル"水中呼吸"って結構いいもんだ。水の中でも呼吸ができるし、何より海って景色がきれいだ。

 泳いでいる魚を見ると、心が癒やされる。ってこんなことしている場合じゃなかった。まずは大型船を襲っているクラーケンを何とかしなくては。


 とりあえず、重力を操作して浮上する。海面に浮かぶと、大型船に触手を絡めているクラーケンが目に入った。


「よし、せっかく剣士になったから剣技で倒してみるかな」


 僕はコジローさんとの訓練で、ラーニングスキルBクラスまで獲得している。たった数日でこれほど上達することができたのは、コジローさんの教え方が上手だったからだと思うんだけど、その成果を発揮する時は今をおいてないだろう。


【おい、せっかくだから今夜の晩ご飯はこいつにしようぜ。あんまり傷つけすぎるなよ!】


 お、レイのくせにいいこと言うじゃないか。確か、僕が調べたレシピにもクラーケンを使った料理があったはず。


「よし、いくぞ!」


 まずは、最早晩ご飯の素材にしか見えないクラーケンを大型船から引き剥がす。頑張って触手を絡めていたようだが、そこは力ずくで引き剥がした。船員のみなさんが、クラーケンの威圧で甲板に寝そべっているのが幸いして、僕の実力がバレずに済みそうだ。


 よし、ここは剣術Cランクのスキル"剣術・連"でいこうか!


「剣術・連!」


 剣術・連は連続して相手を斬りつける技だ。普通、どのくらい連激できるものなのかわからないけど、僕はこの連撃を百くらい繋げることができる。まあ、今はそれほど必要ないだろうから、とりあえずクラーケンの触手を十連撃で全て切り裂いてみた。


「グ、グォォォー」


 触手が全てお亡くなりになり、胴体だけで蠢くクラーケン。ここで料理人のスキルが発動。このクラーケン美味しい捌き方が頭の中に浮かんできた。


 まずは先ほど切り裂いた触手を魔法の袋マジックバッグに詰め込む。それから、クラーケンの巨大な頭部を一瞬で捌ききり魔法の袋マジックバッグに放り込んだ。


【向こうはヤバそうだな……】


 クラーケンを無事に退治し、大型船の安全を確保した僕は、先ほどから探知にかかっているセイレーンと魔族の元へと飛んで行った。


「あっ!? コジローさんが石化している!?」


 レイの予想通り、コジローさんはピンチに陥っているようだった。


 パッと見た感じ、歌を歌っていたのが魔人の女性で、状態異常が起こらなかったことでコジローさんが近づいたところ、セイレーンの歌で運悪く石化したってところか。


【まああれだな。おっさんが石化してるのはある意味運がよかったかもしれないな】


 確かにコジローさんが石化した今なら、万が一魔法を使ってもばれる心配はないだろう。


【にしても、アレがセイレーンか……がっかりだな。確かに形は人のようだが……肌が緑で鱗だらけじゃねぇか!! 顔だっておっかねぇよ!! むしろ、あっちの魔族の方が色っぽいくらいだぜ】


 魔物や魔族をそんな目で見る変態賢者に驚きつつ、僕は魔族の前に降り立った。


「おや、まだ動ける者がおったのかい? Sランク冒険者のコジローでさえ手も足も出なかったというのに……ん? なぜお前さんには状態異常は効いていないのかな?」


 僕は状態異常を防ぐために精神防御マインドディフェンスをかけておいたので、セイレーンの歌の影響も全く受け付けていなかった。


 そして、僕はまず魔族の方を鑑定する。



 名前 :ドリー・E・アットウェル

 性別 :女  

 種族 :魔族

 レベル:80

 クラス:A 


 体力 :1310

 魔力 :1265

 攻撃力:901

 防御力:848

 魔法攻撃力:1311

 魔法防御力:823

 敏捷 :934

 運  :192


 ユニークスキル:闇属性・気配遮断


 ラーニングスキル

 闇魔法A Lv17・闇耐性・暗技B Lv14 短剣術B Lv14


(Eの魔族か……ステータスもかなり高い。それにユニークスキルの"気配遮断"。初めて見るスキルだけど、名前からするにこのせいで"探知"にかからなかったのか)


 この魔族、結構強そうだ。剣技だけなら、セイレーンと二体同時に相手するのは少々きついかもしれない。まずはセイレーンを倒すとするか。


「ふふ、なるほど。あなた結界を張ってるのね。精神防御マインドディフェンスを使えるなんて、かなり頑張ってクラスを上げたのね。でも、所詮は結界師。攻撃手段のないあなたは、私の相手じゃないわね」


「いえ、料理人で剣士です」


「…………」


 何やら勘違いしているようだから、速攻で訂正してあげたんだけど、完全に疑いの目でこちらを睨んでいる。


「面白い冗談ね。残念ながら剣士は結界を張れないのよ。そして、結界を張らない限りセイレーンの歌を防ぐことはできないの。覚えておきなさい、坊や」


 まあいいや。油断しているうちに、セイレーンを倒しちゃおう。


過放電オーバーディスチャージ!」


 雷魔法Aクラス、過放電オーバーディスチャージ。自身の魔力を電気エネルギーに変えて、周囲に放電する魔法だ。


 ドリーは危険を察知したのか寸でで背後に飛び去り、その高圧電流を躱したが、セイレーンはまともに電撃を受けて黒焦げになってしまった。


「あんたぁぁぁ! 何で雷魔法を使ってるのよぉぉぉ! 結界師じゃなかったのぉぉぉ!?」


 背中に生えた黒い翼で空中に静止しながら、唾を飛ばしながら叫ぶドリー。ワイルド系の美女だと思ったのに台無しだ。っていうか、結界師って言ったのはそっちじゃないか。


【…………】


 あの魔族を色っぽいだなんて言っていたレイも、その様子を見てドン引きしている。


「いえ、先ほども言いましたが料理人で剣士です」


 あ、料理人も剣士も魔法を使わないか。


「うそおっしゃいぃぃぃ! 雷魔法使ったじゃないぃぃぃ!」


 もうジョブは何でもいいや。とりあえずこの魔族を倒さなくちゃ。

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