第53話 初めての魚料理
「それじゃあ、コジローさん行ってきます!」
「拙者、新しい魚料理楽しみにしているでござるよ!」
コジローさんと宿屋の前で別れた後、僕は料理ギルドへと向かった。宿から歩くこと十数分、フォークとスプーンが交差した看板が掲げられている建物を見つけ中に入る。
「いらっしゃいませ! レシピの登録ですか? それともレシピの閲覧ですか?」
僕が入るとすぐに、ショートカットで元気いっぱいのお姉さんが僕に話しかけてきた。
【おお! ショートカットとは珍しい! ボーイッシュなかわい子ちゃんもこれはまた……ウフフ】
気持ち悪い脳内賢者は無視して、僕は受付のお姉さんに返事をする。
「えーと、とりあえずレシピを閲覧させてください! 特にここのギルドレシピの魚料理を中心に!」
ワールドレシピはどこの料理ギルドでも閲覧できるので、やっぱりここはギルドレシピを見て、地元の魚料理を知っておきたい。
「はい、ではこの水晶をお使いください。閲覧料はレシピひとつにつき銅貨一枚です。閲覧数が水晶に記録されますので、水晶の返却時に見た分だけお支払い下さい」
受付のお姉さんが丁寧に説明してくれた後、平べったい水晶を渡してくれた。この水晶を通してレシピを拝見するのだ。
「えーと、ギルドレシピの……魚料理っと」
微力な魔力を通すことで水晶に映し出された文字を選択して、魚料理の一覧を表示させる。
「おお、こんなにいっぱいあるのか!? というか、ほとんどが魚と言うより海の魔物料理だねこれは」
そこには、僕の想像以上にたくさんのレシピが登録されていた。
一覧には料理の名前、主な材料、登録者名が表示されているのでその中から気になった料理のレシピを見ていく。
「どれどれ……キラーフィッシュのホイル焼きに、ショウルフィッシュの佃煮か。おっ、シーサーペントの甘辛あげ? これは一体どんな料理なんだ?」
僕は大量に登録されたレシピの中からいくつか閲覧し、どのような調理の仕方があるのかを調べた。そして、ここで得た知識とホワイトエプロンで培った知識を融合させ、新しい魚料理を開発してみようと思う。
「単純な塩焼きや煮物もいいけど、他の食材と合わせたり、別の料理と合わせてみてもいいかもしれないな」
僕は平べったい水晶を操作し、ぶつぶつと独り言を呟きながら、小一時間ほどレシピを閲覧させてもらった。
それから、水晶を受付に返却し代金を支払い料理ギルドを後にする。次は、実際に魚を売っているお店を見て回る予定だ。
▽▽▽
料理ギルドから少し歩くと、すぐに目的の店が見つかった。というか、ざっと見た感じ数ここにあるお店の半分以上が、魚と言うか海の魔物を扱っている店のようだ。
「いらっしゃい! 活きのいいのが揃ってるよ!」
水場用の長いエプロンをかけたおじさんが、大きな声を出して客を呼び込んでいる。その声に惹かれ、店の中に入って行くと――
「お、これはさっきレシピで見たショウルフィッシュか。確かEランクの魔物で、小さくて弱いから数百匹の群れで行動してるんだったかな」
掌サイズのショウルフィッシュを三匹ほど買ってみた。代金は三匹で銀貨一枚だ。
それから、細長い蛇のような魔物シースネークや、性格は羊のように大人しいが大きさは人間の子どもほどある魚型の魔物、アクアシープの切り身を買った。
ただ、売っているのはどれもF~Dランクの比較的ランクの低い魔物ばかりで、ランクが高い高級な魔物はそうそう売りに出ていなかった。
【自分で獲った方が早いんじゃねぇか?】
レイの言う通りかもしれない。コジローさんが受けたクエストついでに、チャンスがあったら高級な魔物を狙ってみよう。
とりあえず購入した魔物で魚料理を作ってみようと思うけど、それこそ登録できるような本格的なものは、自分で海の魔物を捕まえてから作ることにしようと思った。
▽▽▽
「すいません。ここの厨房の片隅をお借りすることはできませんでしょうか? もちろんお金は払いますので」
「えっ? 厨房ですか? お貸ししたいのはやまやまですが、ここに料理人以外の人間を入れるわけにはいきませんので……」
宿に戻った僕は食堂にいた男の人に声をかけたのだが、さすがにいきなり厨房を貸してくれと言っても無理があったようだ。でも、この言い方だと料理人なら大丈夫なのかな?
「えーと、実はこう見えても料理人でして、まだFランクの駆け出しですがお店で働いていた経験もあります」
そう言って僕は、料理ギルドのギルドカードを見せた。
「へー、お客さんは料理人でしたか。まだ若そうに見えるのに、店で働いた経験まで……って!? ライトさん!? あのホワイトエプロンの!?」
おおっと、さすがに隣町だけあって知っている人がいたみたいだ。
「一応、そのライトだと思われます」
ここでは特に正体を隠す必要もないだろう。
「まさか、こんなところにいらっしゃるなんて!? あっ、厨房でしたら空いているところをお使い下さい!」
「ありがとうございます!」
よかった。どうやら厨房を貸してもらえるようだ、丁度、昼食が終わったくらいの時間なので、お片付けの邪魔にならないように使わせてもらおう。
まずはアクアシープの切り身を一口大に切り、両面にバターを塗り色がつくまで焼く。同時に、
それから、手のひらサイズのショウルフィッシュは内臓を取り除き、塩で味付けをした後串に刺して丸焼きにした。
ちなみに、初めて魚を捌くので調理師のスキル、"調理最適化"で最適な裁き方を解析した。いざ使ってみると、有害な部分とかもわかるようになっていた。あまり使わないつもりだったけど、初めて見る食材には使ってみた方がいいかもしれない。
最後にシースネークは薄くスライスして、オリーブオイルやニンニク、唐辛子で炒めてパスタと絡めてみた。
「すごい! ライトさんは魚料理も作れるんですね!」
「いえ、魚は初めて捌いてみました。上手くできているといいんですが」
僕に厨房を貸してくれた店員さんが驚いていたけど、調理最適化のスキルを知らない人が見たら当然そう見えるよね。
【俺も魚料理とやらは食べたことがない。こんなところでこんな味を知ることができるとは……転生してよかった】
何気なく放ったレイの一言が僕の胸に刺さる。肉体を持たない精神だけの存在。僕は自分のことばかりで、そのつらさを考えたことなどなかった。僕は、もう少しレイに優しくしようと心に決めたのだが……
【後はライトの初体験を楽しみに……】
前言撤回! こんな変態賢者に優しくしようと思った僕がバカだった……
「よし、あとはコジローさんが帰ってくるのを待つだけだな」
僕がテーブルに料理を並べていると、丁度いいタイミングでコジローさんが宿に帰ってきた。
「うぉぉぉ、これはすごいでござるな! ライト殿は魚料理も完璧だったでござるか!」
僕の料理を見て、コジローさんは随分と喜んでくれた。何でも、コジローさんの故郷は島国なので魚料理もよく食卓に上がっていたらしい。僕が作った料理は、コジローさんに故郷の料理を思い出させたみたいだ。
「うん、おいしい!」
自分で作っておいてなんだけど、うまい! 低ランク素材でこんなに美味しく作れるなら、高ランクの素材を使ったらどれだけ美味しい物ができるのだろう? 胸が高鳴る!
「おいしいでござる! 拙者の故郷を思い出すでござる……」
コジローさんも、初めて作った魚料理に満足してくれたみたいだ。さらには、あまりにおいしいからと自分のふるさとに伝わる料理の話をしてくれた。
「拙者の故郷『東の島国』は以前にもお話ししたとおり、『別世界の住人』が祖先と言われているでござる。なぜそのようなことがわかるのかというと、その『別世界の住人』が残した文献が島には残っているからでござる。その中に、料理に関する記述もあったでござるよ」
コジローさんが教えてくれた、古代文献に記述があったというものは三つ。『味噌』『醤油』『米』だ。どうもこの住人達が住んでいた別世界というのは、こちらとは決定的に違うところがひとつあるらしい。
それは、『魔力』と呼ばれるものがないというのだ。その魔力が存在しない世界だからこそ起こる、こちらでは現れづらい現象があるそうだ。それが『腐敗』と呼ばれる現象だ。
「ライト殿、例えばこの料理をずーっと放っておいたらどうなると思うでござるか?」
「うん? ずーっと放っておいたら? ……誰かに食べられる?」
「いや、そういうことではなくてでござる……誰も食べないで放っておいたらでござる」
一体、コジローさんは何を言いたいんだろう?
「うーん、魔力が完全に抜けた後、しばらくすると粉々になって崩れ落ちる?」
この世界の生き物は動物であれ、植物であれ必ず魔力を持っている。死んでもその魔力はしばらく残り、その間に加工されないと最終的には魔力が完全に抜けて形を保てなくなるのだ。
「その通りでござる。ところがその異世界では魔力がないので、『死んだものは小さな小さな生き物に食べられながら、徐々にその性質や形を変えていき、最終的には自然に還る』だそうでござる。それが『腐敗』と呼ばれている現象なのでござる。その『腐敗』の途中に『発酵』と呼ばれる状態があって、その『発酵』を利用して作るのが『味噌』や『醤油』なのでござるよ」
ふむ。その『味噌』や『醤油』というのは何なのだろう? 料理の名前なのかな?
「そして、その『味噌』や『醤油』とは料理ではなく、調味料なのでござるよ」
なんと!? 調味料でしたか!? しかし、新しい調味料を作ることができれば確かに料理の幅が広がる気がする。
「なんでそんな話を僕に?」
「ふむ。この『味噌』や『醤油』は文献で発見されてから今まで、色々な人物が作ろうとしたみたいでござる。だが、魔力が抜けてから、砕け散ってしまうまでの時間が短いので、丁度いいタイミングで発酵したものを作り出すのが難しいのでござる。
もちろんできないわけではござらんが、おそらく異世界ほどきちんと発酵しないのでござろう。ただ、初めてでこれほどの魚料理を出すライト殿を見て、ふと、お主なら作れるのではと感じたでござる。
そしてこの発酵は、お酒造りにも使えるでござるよ。先ほど教えた米や麦、芋などを発酵させると、おいしいお酒を造ることができるそうなのでござるよ」
そんな話を聞いたからには、ぜひとも挑戦してみたいものだ。
「今すぐにとはいきませんが、いつかは作ってみたいですね!」
確かに『味噌』や『醤油』は魅力的だけど、今は他にやることがあるから余裕ができたらぜひ挑戦してみよう!
【ふーん、『腐敗』に『発酵』ね。そんなもん、あの魔法を使えば……】
コジローさんの話を夢中になって聞いていた僕は、レイの独り言を聞き逃してしまった。レイも腐敗や発酵に興味があるみたいだけど、さすがに古代賢者もその方法は知らないだろうと思って。
「それで、コジローさんの方はどうでしたか?」
食事が終わり、一段落したところでコジローさんの午前中の様子を聞いてみた。
「拙者の方は、結界師や白魔道士のサポートが得られなかった時のための準備をしていたでござる」
コジローさんの作戦は、大きい船に石化や麻痺を治すポーションを積んでセイレーンの歌の範囲外に待機してもらい、コジローさんはそこから小舟に乗ってひとりでセイレーンを倒しに行くというものだった。
小舟にロープをくくりつけておくことで、セイレーンの状態異常効果が石化や麻痺だった場合、小舟を引き戻してポーションで治してもらうのだそうだ。そして、セイレーンの状態異常は一種類しかかからないので、状態異常が"毒"になったときにその毒でHPを削りきられる前に退治するらしい。
「なるほど。でしたら僕の分の小舟も用意してもらっていいですか? 万が一の時のために」
その作戦だと石化や麻痺になったときに、万が一ロープが切れてしまったら大変なので、僕が助けに行けるように小舟をもう一艘用意してもらえるか頼んでみた。
「ライト殿をあまり危険な目に遭わせたくないと思い、拙者ひとりで行くつもりでござったが、あいわかり申した。もう一艘頼んでおくでござるよ。ついでに冒険者ギルドに寄って、結界師か白魔道士が見つかったか確認してくるでござる」
そう言ってコジローさんは、再び準備のために出て行った。
「それじゃあ、僕の方も準備しようかな」
食べ終わった食器をきちんと洗って返却してから、僕も予備の各種ポーションを買いに薬品店を探しに行くのだった。
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