第52話 Sランククエスト
「ふー、食った食ったでござる! お主、なかなかの料理の腕でござるな。よし、お主を拙者の一番弟子と認めるでござる!」
食べ終わった途端、何を言い出すんだこの人は? 確かに知らないジョブとはいえ、Aクラスまで育ってるし強そうではあるけど。
【ライトよ。全力で断るのだ。何が悲しくてこんなむさいおっさんと旅をしなければならないのだ……】
案の定、エロ賢者は速攻で否定してくる。
「えーと、別に弟子入りは希望していないですが……」
「なぬ!? 拙者の弟子になりたくないと申すのか!? 拙者の弟子になりたいと申す冒険者は山ほどいるというのに。……まさかお主、拙者のことを知らないわけではあるまいな?」
「す、すいません。存じ上げておりません」
このおじさん、そんなに有名人なんだろうか?
【有名だろうとなかろうと、おっさんには変わりはない】
なぜかレイが言うと世の中の真理のように聞こえるが……ただの女好きなだけだよね。
「なんと!? 拙者のことを知らない者がまだいたとは……ごほん。拙者の名前はコジローと申す。こう見えてもSランクの冒険者でござる。刀の扱いには少々自信があるでござるよ。さあ、思い出したでござるか?」
「すいません。やっぱりわかりません」
「ぐぅ……」
僕が知らなかったのがよっぽどこたえたのか、めっちゃ悲しそうな顔をしているコジローさん。かと思いきや……
「ふむ、拙者のことを知らないのは残念でござるが、お主の料理がとんでもなく美味いのは間違いないでござる。拙者は訳あって放浪の旅の途中でござるが、弟子はともかくとして、しばらく行動を共にしてもらえないでござるか?」
むむむ。勢いで言った冗談かと思ったけど、改めて誘われてしまった。しかし、考えようによってはこれはありかもしれない。僕も剣士になったばかりだし、Sランク冒険者のコジローさんに稽古をつけてもらえれば、上達するのも 早いかもしれない。
なにより、"侍"について詳しく聞くことができれば、僕も侍にジョブチェンジできるかもしれない。
【おいおい、待て待て!? よく見ろよ目の前の生物を! ひげもじゃのおっさんだぞ? こんなおっさんと一緒じゃ、女の子がいたって裸足で逃げ出すレベルだぞ!】
(僕だって女の子が嫌いなわけじゃないけど、別に女の子と一緒に旅をしたいわけじゃないからね。レイだって魔法が効かない魔物がいるって言ってたわけだし。剣を教えてくれるなら、願ったり叶ったりじゃないか)
レイはめっちゃ嫌がってるけど、僕にとってはメリットが大きい気がする。もし、稽古をつけてくれるならしばらく一緒に旅するのもありだと思う。
「僕は色々な料理のレシピを求めて、旅を始めたところです。しかも、道中の危険を考え、"剣士"にジョブチェンジしたばかりだったりします。もし、旅の間稽古をつけていただけるのでしたら、とてもありがたいのですが」
「おお、そうであったか! ならばお互いに協力できそうでござるな! 拙者はある物を探して旅をしているのでござるが、まだ手がかりすら見つかっていないでござる。お主の行きたいところに同行して、情報を集めるでござるよ。無論、稽古については問題ないでござる。その代わり、美味しいご飯を頼むでござる!」
レイの必死の抵抗もむなしく、僕らは、お互いに協力し合いながら一緒に旅をすることになった。
コジローさんとパーティーを組んでからカルバチアまでの道中は、約束通り僕が料理を提供する代わりに、剣術の稽古をつけてもらった。さすがはSランク冒険者だけあって、その強さは今まで戦った魔族以上だ。
特に刀を扱う技術に長けており、それは剣術にも通じるものがたくさんある。ステータスでいえば僕の方が高いのだが、剣での勝負に限れば今のままでは勝てる気がしない。まあ、魔法を使えば別なんだろうけど、今は剣士としての実力を上げたいので魔法を使うことはない。おかげで僕の剣技の習熟度がどんどん上がっていった。
それから、旅の最中にコジローさんの話を少し聞くことができた。何でもコジローさんの出身は極東の島国で、そこにはコジローさんと同じく、黒髪、黒瞳の人物が多く住んでいるそうだ。
また、その島国は独自の文化で発展しているらしく、ジョブも"侍"、"忍者"、"巫女"といったこちらの大陸にはないものが存在するらしい。一説によると、その島国人々の祖先は『別の世界の住人』と呼ばれているようで、その人達が別世界の技術や文化を持ち込んで、この世界に広めたと言われているらしい。実際、その島にはそういう記述がされている本なんかもあるそうだ。
レイに聞いてもそんな話は知らなかったらしいが、『別世界の住人』とやらはこの世界の誕生とほぼ同時に現れたとか何とか。この世界の発展には、その別世界の影響が多分にあるのかもしれない。
その後も剣の稽古をつけてもらいつつ、薬草を採集したり、お互いの情報を交換しながら旅を続け、コジローさんと出会ってから三日後、無事、カルバチアに到着した。
▽▽▽
「ここが港町カルバチアですか。まずは宿探しですかね?」
「そうでござるな。日もだいぶ暮れてきたから、ひとまず宿の確保でござるな」
もっと早く着く予定だったが、ちょっと稽古に熱が入ってしまったので、街に着いたときにはすでに夕暮れ時だった。この時間だと、宿も込むかもしれないので、先に宿を確保する。
『海竜の住処』というたいそうな名前の看板が掲げられた宿で部屋を一つ借りて、着替えを済ませた後二人で冒険者ギルドへと向かった。
【くそ、何が悲しくておっさんの着替えを見なきゃならないんだ……】
道中もレイは不満ばかり漏らしていたが、僕の剣技が上達するのは素直に喜んでいたので、やっぱり僕のことが大事なのかと思ってたけど――
【女の子が彼氏にしたいジョブナンバーワンは"剣士"だからな! グヘヘ】
と言ってるのが聞こえてがっかりしたのもいい思い出だ……。
「それでは、拙者は情報を集めてくるでござる」
そう言い残して、コジローさんは酒場の方へと移動していく。僕はコジローさんに言われて冒険者ギルドのランクを上げようと思っているので、受付で剣士として冒険者ギルドに登録した。
結界師と同時登録できるのか心配だったけど、特に審査もなく通ってしまった。おそらく、複数のジョブで登録する人なんていないのだろう。
もしくは、いたとしてもギルドとって何の悪影響もないといったところか。程なくして、ギルドカードが出来上がったので受け取っていると、酒場の方がにわかに騒がしくなり始めていた。
「おい、あの方はSランク冒険者のコジローさんじゃないのか?」
「えっ? まさかこんなところにコジローさんがいるわけないじゃない!?」
「いや、でも見てみろよ。あの変わった鎧と腰に差した武器を。確か、刀と言われる極東の島国の武器だよな?」
「お、俺を弟子にしてくれないかな?」
どうやらあのおじさんは本当に有名人だったようだ。その冒険者達の騒ぎ声を聞いた受付のお姉さんは、急いで奥へと引っ込んでいった。
おそらく、偉い人に伝えに行ったのだろう。案の定、すぐに受付のお姉さんがちょっと小太りの口ひげを生やした、あんまり偉そうに見えないおじさんを連れてきた。ちなみに、髪の毛はいい感じで薄くなってきている。
「これはこれはコジロー様、ようこそお越し下さいました! 私は、ここのギルドマスターのコンラッドと申します。Sランク冒険者様がこんな辺境のギルドに何か御用ですか?」
もみ手をしながら、にこにこ笑顔でコジローさんに近づいていくギルドマスターのコンラッドさん。でも、あの笑顔の裏には、Sランク冒険者を上手く利用してやろうという魂胆が見え隠れしているような気がする。
「ふむ、ここのギルドマスターでござったか。拙者はコジローと申す。ここへは旅の途中で寄ったでござるよ」
「おぉぉ、そうでしたか、そうでしたか。それでこの街にはどのくらい滞在されるおつもりですかな?」
「そうでござるな。拙者は、必要な情報が集まればすぐにでも次に向かいたいでござるが……後は、相方次第でござるな」
【おい、このおっさんもトラブルメーカーなのか?】
(えっ? どういう……)
レイが何を言っているのかわからなかったが、その疑問はすぐに氷解した。
「何!? コジローさんに連れがいるのか!? 今までずっとソロを貫いてきたコジローさんに相方が……」
「おいおい、それなら俺もぜひパーティーに加えてほしい。いや、むしろ俺らのパーティーに入ってほしい!」
コジローさんの相方宣言を聞き、彼に憧れている冒険者達が騒ぎ始めたのだ。
「ほほう。それは、それは。その相方さんとも相談だとは思いますが、ぜひに受けて頂きたいクエストがあるのですが……いやいや、Sランク冒険者様でしたら、ぱぱぱっと解決できるクエストですので、いかがでしょうか?」
その騒ぎの中、しっかりと用件を伝えてくるコンラッドさん。やはり、そう来ましたか。
「そうでござるな……お、ライト殿~ちょっと話があるでござるよ」
コンラッドさんと会話中のコジローさんが、僕を見つけて手を振ってくる。そんなことをしたら!?
「あれがコジローさんの相方だと!? まだ子どもじゃないか!?」
「だが、随分高価そうな剣を持っているぞ! ひょっとして剣士ではないか?」
「ということは、まさかコジローさんの弟子なのか!?」
ぐう……みんなの好奇な視線が痛い……。この場面を乗り切るには……
「コジローさん、後で使った分の食材を買ってきますね。道中の食事はいつも通り任せてください!」
ふふふ。どうだ! これで完璧に誤魔化せたはずだ! その証拠に――
「何だよ、おどかすなよ。弟子じゃなくて、お抱え料理人じゃねえか!」
「だと思ったよ。あのコジローさんが、そう簡単に弟子を取るわけないって!」
彼らのセリフを聞いてると、どうやら上手くごまかせたようだ。代わりにコジローさんが、お抱え料理人と一緒に旅をしている、金持ちの道楽冒険者になってしまっているが問題ないだろう。
それから僕は、コジローさんが余計なことをしゃべりだす前に、依頼については全てコジローさんに任せる旨を伝えた。
それを聞いたコジローさんは、とりあえずコンラッドさんの話を聞くことにしたようだ。そして、僕ら二人は受付の奥にある客間へと案内された。
「えーと、コジローさんにお願いするのはどっちがいいかな? SランクのこっちかAランクのこっちか、どっちもお願いしたいけどさすがにそれは……。あっ! こっちをお願いすればついでにこっちも解決という可能性も!?」
コンラッドさんは部屋に入るなり、あーでもないこーでもないとに二枚の紙とにらめっこをしている。話している中身を聞くと、何やらいい感じはしないのですが……
「よし、こっちに決めた! コジローさん、お待たせしました。このSランクの依頼を受けていただきたいのですが?」
悩んだ末にコンラッドさんが出してきたのは、Sランク冒険者用の依頼だった。
「ふむ、どんな内容でござるかな?」
コンラッドさんが差し出した依頼用紙を、コジローさんと一緒に見ると――
――――――――――――
【討伐依頼】
ランクS
依頼主 カルバチア領主
内容
カルバチアから、南へ30kmほどの沖合にある岩礁に現れたセイレーン1体の討伐。
期限 なし
報酬 金貨30枚
――――――――――――
「セイレーンでござるか。これはまた、やっかいな魔物が現れたでござるな」
「コジローさん、セイレーンってどんな魔物なのですか?」
僕は聞いたことがない魔物の名前だったけど、コジローさんは知っているようだ。
「ふむ。拙者の生まれは島国なので、海の魔物にはそこそこ詳しいのでござるよ。セイレーンとは、見た目は人間の女性のような姿で、岩礁に座り歌を歌っているでござるよ。
その歌には、状態異常を引き起こす性質があるでござるから、討伐には結界師や白魔道士のサポートが不可欠でござる。強さ的にはAランク程度でござるが、海でとなると討伐難易度は上がるのでござるよ」
なるほど、状態異常はやっかいだね。僕にとってはどうってことないけど、今は剣士だからあんまり結界魔法や聖魔法は使いたくないなぁ。
【おい、この依頼を受けさせるんだ。困っている人を放っておけないだろう?】
おや、いつもならこんなことを言うはずがない脳内賢者が、まともなことを言っている? もしかして、改心でもしたのかな? と思ったのだが――
【グフフ、人間の女性型の魔物だと!? 魔物が服を着ているわけもないし……これは楽しみだぞ!】
違った。盛大に違った。最早つける薬がないくらいのおバカさんになってしまっていた。
「それに、ある程度ダメージを与えるとすぐ海に逃げ込んでしまうのでござる。まあ、その辺りは拙者のスキルでどうにでもなるのでござるが」
おっと、レイのせいで危なく聞き逃してしまうところだったけど、Aランクの魔物を拘束できるのか、それとも逃げる前に倒せるスキルがあるってことだろうか? 興味があるな。今度見せてもらおうっと!
「それに関しては、こちらで募集をかけたいと思っていますが、白魔道士はともかく、結界師は人数が少ないのであまり期待しない方がいいかと……」
コンラッドさんもその情報を掴んでいたようで、同時に募集をかけているようだが、確かに冒険者の数に対して結界師の数は少ない。ひとりじゃ何もできないのと、サポート要員としても必須じゃないあたりが不人気の原因なのだろう。
「そうでござるか。まあ、やり方次第では何とかなるでござるから、1日待って協力者が現れなかったら船とその船を操作する人だけ雇って、討伐にはライト殿と2人で向かうでござるよ」
結界師にしても白魔道士にしても、状態異常を対策のためならば、少なくともBクラス以上必要だ。セイレーンの状態異常はランダムらしく、運悪く石化に当たると、聖魔法Aクラスじゃないと治すことができない。
この辺境の港町で、それほど高ランクの冒険者はそうそう見つからないだろう。コジローさんが言うように、他に方法があるならそっち方が早いかもしれない。ま、どうしてもって時には僕が何とかするしかないのかなぁ。
コジローさんは、結局この依頼を受けることにしたようだ。まずは準備と期待薄の協力者を募るために、明日1日待つことになる。ついでに僕は、コジローさんと一緒に倒した魔物の素材を納品することで、すぐにEランクへと昇格した。
後は、協力者を待つ一日を利用して海産物を利用した料理の数々を調べるとしよう。
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