第49話 出発前夜
無事、ワールーン第三王女の結婚の儀が終了し、僕らは馬車で四日間の旅を終えホワイトエプロンに戻って来た。その後すぐに僕はエイダさんにも旅に出る話をして、ここ数日、料理を提供しながら準備を進めてきたのだ。
そして、ついに包丁と剣がワールーン王国から届いた。師匠の包丁は純ミスリル製の"
「これ、もらっていいものなのでしょうか?」
ミスリルでできた剣身が青く輝いている。その理由はこの剣に、"
師匠と一緒に、たっぷりとその贈り物を眺めた後、師匠とエイダさんに僕の最後のお願いを聞いてもらった。
「長らく、お世話になりました。明日、お礼の意味も込めてお世話になった人々を招待して、感謝の宴を開きたいと思っています。そして、明後日の朝出発したいと思います!」
「何だかんだでお主には世話になったわい。お主がいなくなって、料理のレパートリーが減ってしまうのが恐ろしいが、こればっかりは仕方ないわい」
「あたしは、いつかこんな日が来ると思っていただわさ。あなたはあなたのやりたいことをやるだわさ!」
師匠とエイダさんから後押しをもらって、僕は今夜のための料理を準備するのだった。
~side フリック~
「フリック、あなた宛の手紙が来ているわよ」
俺の名前はフリック。ジョブは槍術士。ここトルーフェンで門を守る衛兵を務めている。そして今、僕に話しかけてきたのが僕の彼女でイブだ。
「俺に手紙? 誰だろう?」
「うーんと、差出人はライトだって。あんたの知り合い? ……ってライト!? もしかして、あのライト様!? ホワイトエプロンの新鋭料理人のライト様じゃないの!?」
ライトという名前は俺も知っている。数ヶ月前に突然現れ、あのアルバーニー氏に弟子入りした料理人だ。一説によると、アルバーニー氏だけではなく、スイーツ王ルーシャン氏の弟子でもあるという噂まである。さらについこの間、ワールーン王国の第三王女ローレッタ様の結婚の儀の料理を任されたという話だ。
「ライトは知ってるけど、なんで俺なんかに手紙を? ってか本当にそのライトなのか?」
「ねえねえ、早く開けてみてよ! 何が書いてあるの?」
半信半疑の俺だったが、イブに急かされ手紙を開くとそこには――
『招待状 フリック様 明日の夜、ホワイトエプロンにてライト主催のパーティーが行われます。この街に来てお世話になった方々に、感謝の気持ちを伝えたいと思っております。ご都合がよろしければ、ぜひご参加ください』
と書かれていた。
「何!? あんた、あのライト様と知り合いだったの!? ホワイトエプロンって言ったら、もう予約が何ヶ月も先まで埋まってるほどの超人気店だよ!? そのホワイトエプロンのパーティーに誘われるなんて……もちろん、あたしも連れて行ってくれるんでしょうね!!」
「あ、ああ。もちろんだよ! あ、明日の夜、一緒に行こうじゃないか!」
未だに、なぜ僕にこんな招待状が届いたのかよくわからないが、僕の名前も書いてあるし間違いということはないよね? 彼女もあんなに喜んでるし、とりあえず招待状を持って行ってみよう。
「そうだ! 衛兵仲間のブルーノさんも誘ってみよう。あの人はいっつも俺のことをバカにしてくるから……あぁぁぁ! 思い出した! 数ヶ月前に『料理人の弟子になりたい』ってこの街に来た子どもがいた! 俺が『一人前になったらご馳走してくれ』って言ったら、『いいよ』って言ってくれたんだ。あいつの名前が確か……ライトだったはず! まさかあの時のことを覚えてくれていたのか!?」
そして俺は、すぐにブルーノさんの家に行き、一緒にパーティーに行かないか誘ってみた。案の定、ブルーノさんも驚いていたが、後ろで聞いていた奥さんと子ども達が大喜びしていた。何せ、数ヶ月先まで予約が埋まってる人気店だからな。なんだかんだで、お世話になってるブルーノさんの株が上がったみたいでよかったよ。
~side ライト~
「本日は、お忙しい中お集まり頂きありがとうございます!」
『日頃の感謝と伝える会 兼 出発を祝う会』の冒頭で僕が挨拶をした。今夜この会に集まってくれたのは、ホワイトエプロンの店の方々、ワンダースイーツの店の方々、トルーフェン自警団のトバイアスさん一家、衛兵のフリックさんとその彼女、ブルーノさん一家だ。総勢、三十名となかなかの大規模なパーティーとなった。場所はホワイトエプロンの庭だが、この人数ではちょっと手狭になるので今回は立食形式のパーティーにしている。
「いやー、ライト君! 今日は誘ってくれてありがとう! 君が俺のことを覚えてくれていたとは……感動だよ!」
開始早々、僕に声をかけてくれたのはフリックさんだ。初めてこの街に来た僕に、料理人の覚悟を説いてくれた人物である。
「いえ、あのフリックさんの言葉で、僕は強い気持ちを持ってアルバーニーさんの店の門を叩くことができたのです。あの時の言葉がなければ、とっくに諦めて田舎に帰っていたかもしれません!」
「うう、そんなこと言ってくれるなんてありがとう! 料理もめっちゃ美味しい、彼女も喜んでくれて俺も嬉しいよ!」
フリックさんとその彼女にまで握手を求められちょっと恥ずかしかったけど、喜んでもらえてたようで何よりだ。
【むぅ、こんなさえない男にもそこそこかわいい彼女がいるのか……ならば俺にも……】
(そこ、『さえない』とか『そこそこ』とか失礼なこと言わない。それから、レイは身体がないからね)
僕の指摘に唸り声を上げて抗議をするレイ。本当に彼の頭の中はお花畑なのではないだろうか。
続いて現れたのは、トバイアスさんだ。隣にはミックさんとパトリスさんもいる。
「こらぁぁぁぁぁー! 旅に出るとは何事じゃぁぁぁ!? お前がいないとドラゴンのパリパリ焼きが食えんじゃろがぁぁぁぁ!!」
「あ、トバイアスさんこんばんは。今日は来て下さってありがとうございます」
「む、いや、こちらこそ招待してくれてありがとう」
物凄いテンションで来たけど、普通に対応したら普通に戻ってくれた、エイダさんの真似をしてみたら上手くいったようだ。段々この人の扱い方がわかってきたぞ。
「うふふ、お父さんったら招待状が届いてから、口にするのはドラゴンのパリパリ焼きのことばっかり。最近は予約が取れなくなったって、怒ってばかりだったし」
娘のパトリスさんが、恥ずかしそうな父親を見て優しく微笑んでいる。
【うーむ、この娘も人妻か……俺は構わないんだがライトがうるさいからな……】
頼むからそこをもっと気にしてほしい……
「僕も旅をしながら、もっと火力が出るコンロがないか探してみるつもりです。もし見つかれば、魔法に頼らなくてもドラゴンのパリパリ焼きを作ることができるようになるはずですから」
レイの対応で気が抜けそうになるが、そこは気を引き締めてちゃんと答える。
「うむ、期待しておるぞ」
その後、ミックさんとパトリスさんから改めてお礼を言われた。何だか、僕が感謝を伝える会のはずなのに、お礼ばかり言われて気恥ずかしい。
「ライトよ、本当に旅に出るのか? 考え直してくれはしないか?」
トバイアスさんとの会話が終わると、泣きそうな顔をしたルーシャンさんに捕まってしまった。
「マスター。マスターには大変お世話になりましたが、僕はまだまだ未熟者です。もっともっと自分の腕を上げるために、旅に出ることをお許し下さい」
「ううう、わかってはいるのだ。わかったはいるのだが……もったいない」
「マスター。僕は旅をしながら、冷却機能がついた
僕が冷却ようの
それと、師匠もマスターも職業は料理人だけど、ジョブは持っていないようだったから、黒魔道士を勧めておいた。火魔法や水魔法を鍛えれば、自分達で火力を上げたり、スイーツを冷やしたりできるようになるから。
それから、ホワイトエプロンの従業員やワンダースイーツの従業員と料理について語り合ったりしていると、子どもの声が聞こえてきた。
「パパー! こっちのお肉すごく美味しいよ!」
ブルーノさんのところの子どもだろうか、ドラゴンのパリパリ焼きの前でお肉を片手にお父さんを呼んでいる。
「こ、これはアルバーニーさんの新作、ドラゴンのパリパリ焼き!? 予約をしても食べられるかどうかわからない、幻の一品ではないか!?」
「ねぇ、あなた。これって一体いくら出したら食べられるのかしら……」
ブルーノさん夫妻がそんな会話をしているのが聞こえてきた。しかし、大人はなぜすぐに値段の話をするのだろうか。もっと、純粋に食事を楽しめばいいのに。
「むぉぉぉぉ!? これはブルードラゴンのステーキか!? ドラゴンのパリパリ焼きのさらに上をいくおいしさ!! 週5で食べたいぞ!?」
「食べたいぞ!?」
奥の方ではトバイアスさんとマスターが、師匠の新作を食べていつぞやのような興奮状態に陥っている。
その隣では、フリックさんとその彼女のイブさんが何かを持ったまま立ち尽くしている。
(あれは……ブループリンかな?)
「…………」
「…………」
「フリック、これマジやばいんですけど……」
「う、美味すぎて言葉が出てこない……妹にも食わせてやりたかった」
「あんた、妹なんていたっけ?」
「ああ、俺なんかよりよっぽど強くてな、ビスターナで冒険者やってるんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
そんな会話をしたフリックさんとその彼女さんは、その後無言でプリンを食べ続けていた。どうやら、僕のブループリンを気に入ってくれたようだ。
「イブ、これ家で作れないか?」
「いや、無理無理。そもそもブルードラゴンの卵ってその辺に売ってる物なの?」
「そっか、そうだよな。見たことないよな……」
「売ってたとしても買えるわけないでしょ。どうせ無理だから、せめてここでたくさん食べていきましょう!」
「だな!」
その言葉通り、フリックさんとイブさんはさらに三つずつブループリンを食べていった。
(うーん、ブルードラゴンの卵さえあればそれほど作り方は難しくないんだけどな。とは言え、確かにブルードラゴンの卵を売ってる店は見たことないかぁ)
一通り様子を見ていたが、料理の方も大好評でみんなお腹いっぱい食べてくれたようだ。そして、楽しかったパーティーも終わり、ひとり、またひとりとお礼を言って帰って行った。
そしてみんなが帰った後……
「ライトよ、旅に出るなら料理ギルドに登録して行くといいわい。オリジナルのレシピを登録すれば、その利用料をもらうこともできるじゃろうし、逆に貨幣を払えば他の料理人が考えたレシピを見ることもできる。
お主が、旅の途中で思いついたレシピは登録してくれれば、わしもそれを見てお前さんの無事を確認できるからな。お前さんのレシピが増えるのを楽しみにしているわい……そしてうちのメニューも増えるのだわい」
後片付けをしながら、師匠がぼそっとそんなことを呟いた。僕のことを気にしてくれながらも、最後の言葉は、暗に僕が開発したメニューをホワイトエプロンで使うという宣言だろう。何というか
「何しんみりしてるんだわさ。今生の別れでもあるまいし。ライトが、一回り大きくなって帰ってくるのを楽しみにしておけばいいだわさ!」
ちょっとしんみりとなった雰囲気を、エイダさんが元気よく吹き飛ばしてくれる。
「そうですよ、師匠。僕がどこに行こうとも師匠は師匠ですから!」
「くっ!? 弟子のくせに生意気な!」
僕の一言に悪態をつきながらも、師匠は後ろを向いて背中を震わせている。
「師匠、本当にお世話になりました。ありがとうございました!」
僕はもう一度師匠にお礼を言い、腰を九十度に曲げて感謝の気持ちを伝えたのだった。
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