第48話 ご褒美

 僕が厨房から、直接三人のもとにブループリンを運んだ。


「こちらが、ブルードラゴンの卵で作りました『ブループリン』になります。どうぞお召し上がりください」


 師匠より、百倍落ち着いた雰囲気でデザートを提供する僕を見て、後ろから『何であんなに落ち着いていられるのじゃわい!』という声が聞こえてきた。


「わあ、すごくきれい!」


 今回は王女様の願いだけあって、王女様が最初にいただくようだ。その王女様は、まずはブループリンの見た目の美しさにうっとりしている。


 そして、レイはそのお王女様の美しさにうっとりしている。うん、気持ち悪い。


 蒼く輝くプリンの上に真っ白なクリーム。そしてクリームの横には赤く小さな苺を乗せている。このちょっぴり酸っぱい苺を途中で食べると、ブループリンの味が変化するという二段階で楽しめる工夫をこらしているのだ。


「はっ!? ちょっと見入ってしまいました。それでは早速……あら、冷たい!?」


 カップに手をかけた王女様が放った一言に、周りからざわめきが漏れる。やはり王都であっても、冷たくするという技術は一般的ではないようだ。


「いただきますね」


 王女様がプリンをひとすくいし、小さな口の中に運び込む。


「あっ……」


 その口から小さな声が漏れた。ちょっと、ドキッとするような声だったので、両隣の男性の顔が赤くなっていた。


【おふ……】


 その声を聞いたレイが、気味の悪い声を漏らす。


 それから王女様は無言で、ただただブループリンの味を噛みしめるように食べ続ける。いや、口に入れた瞬間にとろけるように作ったから、噛みしめることはできないんだけどね。

 さらに王女様は途中で思い出したように苺を口に放り込み、次に食べだブループリンの味の変化に目を見張り、再び無言で食べ続けた。


 その様子に我慢できなくなったのか、王様もお妃様もお婿さんもスプーンを手に取り夢中になって食べ始めた。周りの貴族達は、だらしなく口を開けてその様子を見つめている。中には、盛大によだれを垂らしている人もいるようだ。


(これまた、さらにお店が繁盛しそうな予感)


 僕はそんな予想をしながら、厨房へと下がっていくのだった。




 ▽▽▽




 結婚の儀の昼食は無事終了し、後片付けを終えた僕らは、国王陛下から呼び出されホルスさんの案内の下、ものすごい高そうな調度品が並ぶ貴賓室へと通された。


 そこにマクシミリアン国王、ローレッタ王女、騎士団長のサイラスさん、宮廷魔術師のイライジャさんがの4人が現れる。


「アルバーニー殿、ライト殿、今日の料理は余の想像以上だった。改めて褒めて遣わす」


 国王からの直々のお礼に、片膝をついて頭を下げる師匠と僕。それを見た国王は――


「よいよい、この場には我々しかおらぬ。かしこまる必要はないぞ」


「それではお言葉に甘えるわい」


 国王の一言に緊張がとけたのか、普段通りの師匠に戻る。


「アルバーニー殿には、余の我がままに見事応えてくれた褒美を授けたいと思う。何か欲しいものはないか?」


 なるほど、満足したお礼に褒美をくれるために呼ばれたのか。


【国王と王女はともかく、後ろ2人は何か思いつめた顔をしているぞ。油断するなよライト】


 レイの忠告でハッとなる僕。確かに言われてみれば後ろの二人の表情は真剣そのものだ。しかも、その意識は師匠というより僕に向いている気がする。


「褒美じゃと? 料理の代金は受け取ってるからのう、それ以上何かもらうつもりは……」


 王様達にとっては褒美に値する料理だったとしても、根っからの料理人である師匠にとっては、よくできたといっても所詮料理は料理。代金に見合ったものを提供したに過ぎないという考えなのだろう。


「それでは余の気がすまんのだ! できれば余の宮廷料理人になって欲しいくらいなのだよ」


 どうやら師匠の新作料理は、国王に相当気に入られてしまったようだ。


「うむう、ありがたいお話じゃが、わしはトルーフェンから出る気はないのじゃわい。それと……褒美なら"包丁"を所望してもよろしいじゃろうか?」


「うむ、余に使えてくれないのは残念だが、褒美はとらそう。ブルードラゴンの鱗でも簡単に切れる包丁を作らせるか。送り先は、そちの店でよかったか?」


「ありがとうございますじゃわい。それでお願いするわい」


「よし、ホルス。早速手配せい」


「はっ!」


 国王と大臣の間で話がどんどん進んでいく。


「それからライト殿には、我が娘から話があるそうだ」


 国王がそう言うと、第三王女のローレッタ王女が一歩前に出た。


「ライト君。あなたの作ったブループリン、私が今まで食べたどのスイーツよりも美味しかったです。私も父上と同じように、あなたを宮廷料理人にお誘いしたいところですが、アルバーニーさんが断ったと言うことは、お願いしても無理そうですね」


【よっしゃぁぁぁ! 引き受けるんだライト!】


(レイよ。今の会話の流れを見ていなかったのか? 師匠が断ったのに、僕がうんと言うわけないだろう……)


【いや、でもマジで美人だぞ? このお姫様】


(もう人妻だよ……)


 レイとの会話でちょっと間が空きそうになったので、慌てて返事をする。


「はい、申し訳ありません」


「いえ、いいのです。それより、私からもあなたに何かお礼を差し上げたいのですが、何か欲しいものはないでしょうか?」


 僕のスイーツは王女様の要望だから、王女様がご褒美をくださるのか。


 僕はチラッと師匠の方を見る。師匠は、僕の視線に気がつき静かに頷いた。


「ありがとうございます。でしたら、"剣"を一振りいただけないでしょうか?」


「剣? 失礼ですが、なぜ料理人のあなたが剣を欲しがるのでしょうか?」


「はい、実は僕、これから色々な料理のレシピを求めて旅に出ようかと考えております。見ての通り、僕は平凡な調理師ですので、身を守るために武器がほしいのです。

 一応護身用に片手剣を持っているのですが、ブルードラゴンのような魔物と戦う場合、並の剣だと折れてしまうのです」


 僕は調理師のクラスがSSになった段階で師匠に相談していたことを、今回の依頼を機に実行に移そうと思っていたのだ。


【そんなものより、今お姫様が履いている……】


(それ以上は言うな!)


 危ない。放っておいたら何てことを言い出すんだこの変態賢者は!?


「そうだったのですか。アルバーニーさんのお店に行っても、あなたのスイーツが食べられなくなるのは残念ですが、決意は固そうですね。よろしいです。なぜ調理師のあなたがブルードラゴンと戦う前提なのかはさておき、あなたには私が用意できる最高の一振りを差し上げましょう」


「ありがとうございます」


 この後、王都で剣を探す予定だったけど、思わぬところでいい剣が手に入りそうだ。師匠の包丁と一緒に届けてくれるらしいので、それが届き次第旅に出るとしよう。


 さて、これで終わりかと思ったら、何やら騎士団長と宮廷魔術師から話があるそうだ。


「お初にお目にかかる、ワールーンの騎士団長を務めるサイラスと申す。ライト殿に聞きたいことがあって、同席を許可願った。ひとつ聞いてもよろしいだろうか?」


 正直、何を聞かれるのか大体予想がついたから聞かないでほしいけど……この雰囲気、そうはいかないよね?


「ええと、気は進みませんが断れる雰囲気ではないですようね?」


「うむ、すまない。こればっかりは答えてもらわないと困るのだ」


 僕は諦めて頷いた。


「君は何の変哲もない包丁で、死んでるとはいえブルードラゴンの鱗をいとも簡単に切り裂くとは、一体どういう技を使ったのだろうか?」


 やはり予想通りの質問か。僕がブルードラゴンを解体したとき、大きな声を出していた人だから。


「えーと、特に技は使っていません。調理師の補正で料理用具の性能は少し上がっていますが、後は力任せです。そのおかげで、包丁2本ダメにしましたから」


「何も技を使ってないだと!? しかも、あの短時間で2本の包丁をダメにするとは……単純にステータスが高いのか?」


「さて、わしゃからもひとつ質問がある。よろしいじゃろうか?」


 サイラスさんが驚いている間に、今度は宮廷魔術師のおじいさんが口を挟んできた。


「そちらはもっとご遠慮したいですが、そうもいかないのでしょうね」


「ふふふ、すまんがそうはいかんのじゃよ。さて、ひとつといったが実は聞きたいことはいくつかあるんじゃ、よいじゃろう? ふわはっはっは」


 これだからおじいさんは……


「改めて、わしの名はイライジャじゃ。ここワールーンで宮廷魔術師を務めさせてもらっとる。お主、実際は調理師ではなく黒魔道士じゃろ? わしゃの目はごまかせんぞ!」


「いえ、調理師です」


「「「…………」」」


 僕が即座に否定したことで、全員が気まずげに沈黙した。あっ、王女様が笑いをこらえている。


「むわっはっはっは。隠さなくてよいのじゃよ! まずひとつ、お主がブルードラゴンのステーキの下焼きに使ったのは、雷魔法じゃろう?」


「いえ、師匠の期待に応えた結果、なぜかビリビリッときたのです」


「「「…………」」」


【クックック、相変わらず無様な言い訳だな!】


 くそ、さっき僕が強引に黙らせた仕返しに来たな!


「じゃあじゃあ、ステーキの本焼きに使った魔法。あれは間違いなく、火の壁フファイアーウォールじゃったはずじゃー!!」


 雷魔法を否定したことで、イライジャさんの何かが切れたようだ。


「あれは、師匠の思いに応えた気合いの炎です!」


「「「…………」」」


【あっはっは! みんな、お前のことを詐欺師を見るかのように目で見ているぞ!】


 うう、言い返せない……


「お主、あくまでも隠し通す気か……しかし、これは言い訳できんぞ! お主、火の壁ファイアーウォールを使うとき、無詠唱じゃったじゃろ! お主、本当は時魔道士じゃなー!!」


「あれは魔法じゃなくて、気合いの炎です」


「「「…………」」」


 気合いの炎だから、無詠唱とか関係ないし。っていうか、黒魔道士から時魔道士に変わってるし……。


 とりあえず、今回はお礼のために呼ばれたので、ここで国王陛下が質問を打ち切って終わりとなった。


(ううん、いい感じで目立ってきてしまったから、この調子だとこの人達がいずれホワイトエプロンに来てしまいそうだ。これは、早めに旅にでるとしようか)


【そうだな。今度は本格的に彼女を探す旅にしたいものだな】


 最早、僕の旅の目的すら忘れてしまった脳内賢者だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る